39
警戒してティモは動かない為、豊が荷を降ろしてせっせと運ぶ。両者の中間点あたりへ、恐るおそる食べ物を置き終えた。
「今回は多めに持ってきた。と、言っても一人だと思ってたから、それなりの量なんだけど」
「感謝する。初めは毒を疑っていたがな」
「そっか、そりゃそうだよね。驚いてたから、そこまで考えなかったよ」
控える二人のオーガも、気に要らない様子ながら感謝の言葉を口をした。
「この者たちの態度は、大目に見てやってくれ。施しを受けるのが、情けなくて我慢ならんのだ」
「分かるよ。でも、施しなんかじゃない、ちゃんと見返りは要求する」
俄かに鋭い目を向け、態度を険しくする二人を手で制して、先頭のオーガが訝しそうに尋ねる。
「我らに何を欲する。愚かな求めでなければ聞いてやろう」
「うわっと、そんな、おっかない顔しなくても大丈夫だよ。話を聞きたいだけだ」
ため息をひとつして、両者に横顔を向けるように食べ物の側へ座り込んで湖を見つめた。
豊が小声で話はじめたのは、この世界へ意思を無視して連れて来られたこと、戦いを強いられてること、望みが叶うなら元の世界へ戻りたいこと…。
「それで、政治や宗教な、文化や技術なんかの人間たちのことは分かってきた。でも、ゴブリンを見て驚いた。そして、オーガ。人の以外の世界のことを教えて欲しい」
話を聞くために、オーガたちは傍にまで近づいていた。警戒するティモも青い顔で、豊に寄り添うように立っている。
「話は我がしよう。一族の者に食事をさせたい。先にそれを運ばせてもよいか」
了承すると、控えた二人が軽々と全ての荷物を抱え、また緑の茂みの中へと姿を消した。
「はー、おれが何往復もしたのに、力持ちなんだね。それに…、なんだか美形なんだね」
同じように、湖を眺めるように座ったオーガは満更でもなさそうに笑った。
隣のオーガを見れば、振り乱した髪からは角が覗き、恐ろしげな牙があるが、赤黒い顔は整っている。
「我ら羅刹の者は、見目佳き者と呼ばれておる。もっとも、阿修羅の者は魅了するような容姿だがな」
「羅刹? それに、阿修羅って?」
「我らは鬼人のなかで羅刹と呼ばれる一族だ。そうだな、どう話したものか。聞いたことがあるかも知れぬが、この地の歴史から話そうか」
思い出すように、少しずつ話はじめた。
遥か古の昔、この地には多様な種族がひしめき合うように暮らしていた。
豚獣人、蜥蜴人、蛇竜人、牛頭鬼、森妖精、岩妖精…、オーガと呼ばれる鬼人。
そして、豚獣人と鬼人という二大勢力が、覇者の座を賭けて争っていた頃…。
オーガの顔が苦々し気に歪んだ。
「突如、弱き者、人間が現れた。武器を手に、我らに蟻のように群がったのだ。次々と湧いて出るように現れ、遂には村を追われ、逃げるしかなかった」
どの種族も、高山や、森の奥深く、人が来ない地に隠れ棲んだ。人間を一人殺せば大挙して押し寄せ、姿を見られただけで、剣や弓を手に集団で捜索に来るのだ。
「どれ程、昔の話なのかは知らぬ。我は幼き頃より、森で襤褸を纏い、隠れ棲んでいたからな」
体に纏う垢じみた毛皮を摘んで、オーガは自嘲気味に笑ってみせた。
「ありがとう、よく分かったよ。それで、他の種族とも言葉は通じるのかな?」
「我の言葉は大地の言葉。人間でなければ話せるであろう」
「そっか、助かったよ。ところで、此処で暮らすのは厳しいんじゃないかな。この森なら、村の人も足を運ぶからね」
オーガは赤黒い体を捻り、先ほど二人が消えた茂みに目を向けた。
「身重の者がおる。我らの棲んでいた森にも人が現れるようになり、北西の大森林を目指すことに決めた。だが、この森を出れば草原が広がっていて、人間に見つからぬよう駆け抜けることは難しい」
「子供が…、うーん、そっかあ」
オーガは湖を眺め、豊は森の木々を見上げ、揃って難しい顔をしていた。ティモは言葉が分からないせいで、あどけない顔に顰めっ面を貼りつけている。
「よし! おれの村に来るといいよ」
立ち上がり、お尻を叩いて砂埃を舞わせた。
オーガは眉間に皺を寄せて見上げている。
「子供が生まれて落ち着いたら、森へ発つといい。おれが客として遇すれば、みんな手を出さない。と、思う、多分…」
「恐れぬ者よ、それは難しい…。人間の村に行くことなど、一族の誰も承諾するまい」
「そりゃあそうか、敵の真っ只中だもんね。でも、考えてみてよ」
長く深い遺恨を感じて、寂しそうに声を掛けることしか出来なかった。オーガも哀しげに見上げ、苦悩の声で答えた。
「そうだな。現れる人間の群れと殺し合うか、この小さき森の鳥獣を狩り尽くすか…。一族の者と話し合ってみよう」




