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軍の編成を終え、豊の軍は五十名ほど。
それを分ける形となり、直家は三十に満たない人数で3の村へ発って行った。
「半分以下になってしもうた。元々が、領軍への敵意で集まった兵じゃからな。徴兵せねば厳しいかも知れぬぞ」
「そうかもしれないけど、領軍兵だった者も来るだろうし、もう少し様子を見よう」
槍を突いて訓練する二十名ほどの兵を、二人は渋い顔で眺めていた。
「7領からは寄せて来ないようじゃ、あるじがそう言うなら待ってみよう」
「その7領のことも調べないとね」
「少しは聞いとる、女領主だそうだ。滅多に攻勢には出ぬようじゃが、他領から攻められて、負けたことは無いらしい」
練武する兵たちを眺め、のんびりと会話していた豊が慌てて向き直った。
「負けたことが無い…?!」
「十基余りの弩砲があるらしい。敵兵がでかい木製のをガラガラ押してくると、突如として弩砲に槍が現れ、怖ろしい勢いで飛んでくるそうじゃ」
「それって、宝玉の…」
兵士の練武から目線を外さず、弾正は面白くなさそうに頷いた。
(やっぱり、敵にもあるのか。槍を射出する巨大な弓の化物、バリスタだ)
地面を見つめて、歯を噛みしめる。
その様子を困ったように見つめ、弾正はわざとらしく気楽な声をあげた。
「出来るだけは調べてみるが、実際に相手取らんと分からぬ。あるじも馬の稽古でもせよ。わしも狩に行って、猪か鹿でも狙ってみる」
「そうだね。出来ることをやるよ」
弾正は兵士に休息を命じ、何人か同行者を募り、北西の森へと狩りに向かう。
豊の騎乗の稽古には、ティモだけを同行者とした。
練武で疲れている他の者を断ったのだ。
「裸馬にも乗れるなんて、ティモは凄いよね。おれなんか、こうして乗ってるだけで怖いよ」
並足でゆっくり進んでいるというのに、馬上で揺られる豊は青ざめている。先導するティモは振り向き、朗らかな笑顔で答えた。
「高いから初めは怖くても、すぐに慣れますよ。あの森まで行って休憩しましょう。少し入ると、とても綺麗な湖があるんです」
ティモの指差す方を見れば、広々として何もないような緑に、濃い緑の集まりが膨らんでいる。
落ち着いて眺めれば、草原には遥かな丘陵と、緑に溶けそうな細い小川、羊を放牧している点景。
素晴らしい景色に緊張を忘れ、吹け抜ける乾いた風を心地よく感じる。
穏やかに馬上で揺られ続け、遠景だった森へと近づき進んでゆく。
「ね、綺麗な湖でしょ。さあ、食事しましょう。トノさまの好きな物を包んでもらいましたから」
鬱蒼とした森にあって、少し拓けた場所にある湖には光が注いでいる。上手く馬を降りられたことに満足しながら見れば、風に薙がれた湖面は揺れて、透きとおった水が満ちていた。
「ティモの話の通り、景色のいい所だね」
後ろ手をついて、土と草の絨毯に座った。
ティモが準備をしていると、茂みからガサガサと生き物の通る気配がする。
口に指を立ながら、豊に目配せした。
足音を忍ばせて歩み寄ると、豊に耳打ちするように囁いた。
「鹿が水を飲みに来たのかも。トノさま、鉄砲の用意を」
火縄銃を音のする茂みに向け、息を殺して待つ。
草木を掻き分けて、ぬっと赤黒い手が出た。
息を呑んで固まっていると、二メートル近い化物が姿を見せた。
「オ、オーガ!!」
襤褸のような毛皮を纏い、赤黒い体は鋼のような筋肉に覆われている。乱れた髪の下、鬼のような形相から、豊たちに鋭い眼光が向けられていた。
「こんな所に、弱き者が……」
恐ろしげな顔を歪めて、苦しそうに牙を上下させた。ティモは青ざめ、構えた火縄銃が激しく震えている。
「え? し、喋れるんだね」
目を大きく見開いた豊は、会話が出来ることに、恐ろしげな容姿以上に驚いていた。
オーガも黄味がかった目を見開き、人より細い虹彩を向ける。
「なっ!? 信じられん。弱き者よ、我の言葉が分かるようだな」
「ああ、通じてるよ。なら、大人しくして欲しい。この鉄砲という武器は簡単に人を殺せる。あんたも、無傷じゃ済まない」
豊の構える火縄銃を訝しげに眺め、腕を組むと、吐き捨てるように声をあげた。
「もとより、殺すつもりはない。弱き者よ、お前は怯えておらぬ。我の言葉が届くだろう」
「いや、充分怖いよ。ゴブリンを見て、予想はしてただけで」
オーガの言葉通り、豊の顔は蒼白だが、構えた火縄銃は震えていない。
「弱き者とは関わらぬ。我と会ったことは忘れ、その馬を置いて、お前たちは去るがよい」
「う、馬を? 何で? それは困る」
「何故? 食うに決まっておろう」
困惑顔の豊は、足もとの食事を指し示す。
「これを置いてゆく。食べ物ならいいんだろ」
「その程度では足りぬ」
苦しげに呻くオーガと、渋面の豊が見つめ合う。
暫く気まずい沈黙が流れると、豊は手を突き出して激しく横に降り、怒ったように叫んだ。
「とにかく、馬は駄目だ! また明日、何か持ってくるから、それでいいね。行こう、ティモ」
青ざめたティモの目は恐怖に染まり、ただ体を激しく震わせていた。
「ティモ! 帰るよ!」
びくっと体を跳ねさせ、震える銃口をオーガに向けたまま、ようやく動き始めた。




