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上屋敷の南東に二棟ある長屋は、ただ畳を長く敷き並べ、台所と湯殿だけが備わった建物である。
三つに襖で仕切られたその一室で、弾正と直家が向かい合っていた。
弾正は壁にもたれかかって座り、直家は背筋をのばして正座している。
たむろしてる兵士たちも、興味深そうに聞き耳を立てていた。
「宇喜多よ、このままか、出るがよいか?」
兵士たちは疑問顔を見合わせて、質問の意味を探している。
「どちらでも宜しかろう。村々に走った者たちが兵を集めておりますし、打って出ても痛手を負った敵は動揺しておりましょう」
「そうさな、五、六十は失っておろう。大敗といってよい。兵が逃散してもよさそうなものだが」
「ふむ、この地で民の上に立って久しい。領軍の終わりが信じられぬのでしょう。まだ盛り返せると考えているのか」
「奴らは地侍とは違うのか?」
「邸宅などを構える者はいますが、ただ金と農作物を吸い上げるだけのよし。領地の自治などはありません」
弾正が眼光をぎらつかせて、僅かに口の端を上げた。
「領軍さえ叩けば終わりじゃな。後々、蜂起されることもなく面倒がなくていいわい。さて…」
二人が思考を沈めるようすに、兵士たちも真剣に聞き入っている。あごを撫でまわす弾正は、決めかねるように、直家に尋ねるように声を絞り出した。
「わしは追って叩くべきだと思う。領軍は国を売り、9領と矛を連ねて迫るやも知れん」
「それは…」
直家の集めた情報では西の7領は動きがない。
北は大河が5領を拒んでいる。
問題は9領で東から頻繁にやって来ては、領内の村で略奪を繰り返していた。
「3の砦を奪って足掛かりとし、虎視眈々とこの領を狙っているそうじゃ。ダミアーノは追い込まれとる。親の仇でも手を握るであろう」
時間をかければ自軍が太るが、敵に策を講じる余裕も与える。集まった者を合わせて百二十名ほど、新しく入った者も古株の指導を受けている。
弾正は機能している五人組と、圧倒的な装備の優勢から攻め時だと判断した。
「よろしいでしょう。では、早々に戦の用意を、日が暮れてのち、殿のもとで詳しい話を」
周りの兵士たちが、微かなどよめきと興奮に包まれた。大半の兵士が激戦を体験し、勝利の美酒に酔った者である。ついに雌雄を決するのだと戦意を高揚させた。
河原から戻る豊は、村のようすで気付いた。
残照のなか忙しなく荷駄が行き交い、張り詰めた雰囲気のなか快活な声が聞こえてくる。
沈む夕陽によるものか、戦いへの決意なのか、頰を紅潮させて佇んでいた。
斥候の報告によれば、領軍は2の村から少し前進していた。小さな川の前に布陣しているという地点を簡素な地図を睨んで確認していた。
「この辺かな。川を挟んで向かい合うの?」
「そうじゃな、矢戦してもよい。あるじのいう通り、前の戦では矢が鎖帷子を射ち抜いておった。矢傷で死んどる者が多かったわい」
「そこまでは半刻ほどですな。迂回するように川を渡り、この山裾に布陣してもよろしいかと」
二人とも窺うような視線を送った。
判断を任されたことに気が付いて、豊は地図とにらめっこを始めた。長く沈めていた視線を上げて、今まで見たこともない景色を眺める。
小さな山々が点在するだけで、緑を敷きつめた大地が限りもなく広がって見える。
「迂回しようと思う。敵はきっと動かない。この山まで行ければ、敵と本拠地の3の村を分断できる」
直家は微笑を湛えて頷いた。弾正はあご髭を摘みながら唸り、暫く目を閉じてから首を縦に振った。
「よかろう。敵の地に踏み込む格好だ。わしも攻勢には出てこんと思うが、気取られたら動くだろう。兵どもにはきついが足を早めるぞ。宇喜多は大物見をして先駆し、敵の斥候がおれば逃さず片付けくれ」
動きを悟られぬよう、俄かに進軍が早まる。重い具足を着込んだ歩兵たちだが、苦にする様子もなく緑の大地を進んで行く。
一人、歩幅と体力が違いすぎる豊が脱落し、馬の引く荷駄に便乗してついて行った。




