22
ラウレンツたちの報告を受けると、木陰の直家は木に背を預けたまま身動きを止めていた。
一様に顔を見合わせて直家の様子を心配するが、声をかけられるような雰囲気ではない。
ふと視線が注がれていることに気づくと、ようやく破顔して声をあげた。
「じき日が落ちるゆえ、迷っていたのでな。やはり十人ほどでは足りぬ。2の村まで進んで領軍に動きがなければ、そのまま第2砦へ向かう。少しでも領軍の影があれば殿の元まで急ぎ戻る」
ラウレンツら第2砦の兵が少し青ざめている。
「第2砦も空っぽにして兵を連れていくのですか?」
「うむ。殿に味方する者を連れて行く。この砦と同じようにダミアーノに心酔する者たちを除くことになろう」
ラウレンツたちは目に見えて蒼白となった。
どれほど反論があろうが、決死で言い聞かせねばならないと心に誓った。
領軍の司令室は武骨さの欠片もなく、上品な調度品によって飾られ、統一された趣味のようなものが感じられる。
だが、部屋の主人は動物的な卑しさを隠そうともしないダミアーノである。
そんな姿も、仰ぎ見る兵士には精力的な逞しさに映って畏怖されていた。
ダミアーノの前に座る、百人長の二人もそうであった。
「領主が募兵したようですが、お告げに感激した跳ねっ返りが、各村から僅かに参加してるだけのようです」
「そうだろうな。我が軍の士気はどうだ?」
「我ら領軍こそが、8領を守ってきたと声高に高揚しています。度々、9領と戦い自負もあるのでしょう」
眼光をギラつかせて、あごを撫でる。
「徴発して二百以上の兵だ。早朝に進軍して領主を血祭りに上げ、更に3の砦を取り戻す」
百人長たちは感嘆したように頷いている。
剥き出しの貪欲さは、まだ先を欲していた。
「そして3の砦からそのまま雪崩れ込み、蛮族どもを蹴散らして念願の9領を奪う。貴様らも百人の部下が欲しいであろう?」
百人長とは名ばかりの官職で、代を重ねて踏襲することで実が伴わなくなっていた。
準備のため辞去する百人長たちも、その顔に欲望の笑みを浮かべ昂りを感じていた。
4の村では炊き出しが振舞われ、村人と兵士がごった返して祭りのような活気だった。
エルマーの音頭で、村人たちが食材を持ち寄ってくれたのだった。
当然、豊も笑顔かというとそうでもなかった。
「あるじー、諦めた方がええ。これほど勘が悪い者も珍しいわい」
何かせねばと、豊は弓を練習していた。
しかし、持ち手を弓弦で見事に打ちつけ続け、左手には立派なミミズ腫れが何本も出来ていた。
「こんなに難しいとは思わなかったよ」
「剣術、槍術、そして弓も駄目か…。ま、まさかあるじ、馬には乗れるじゃろうな?」
弾正の見開いた目が、豊に注がれる。
涙ぐんで唇を噛む豊を見て、そっと視線を逸らした。
「まあ、あれじゃ大将じゃから床几でどっしり構えとけばええわい」
弾正の大慌ての慰めに、豊は心得を思い出した。
大将とは先を駆けず、臆して退かぬ者ー。
長曾我部元親が家老に教わったものである。
(先を駆けないのは簡単だ。そんな恐ろしいこと出来ない。でも、逃げないってのは…)
遠い目をしている豊に、むむむっと眉を寄せた弾正は手を引っ張って人混みに放り込んだ。
(何も知らぬ、誰も知らぬ、敵は倍する兵じゃ。これで初陣なのじゃから仕方あるまい)
豊が村人や兵士に囲まれて笑う姿に、弾正はようやく目を細め頰を緩めた。
(わしはわしで為さねばならん)
厳しく顔を引き締めた途端に、にやりと顔を大きく歪めて足を運んだ。
足の向いた先には荷車に石が満載してある。
「よくこれだけ集めたな。よくやった!」
荷車を押してきた四人の兵は、褒められて嬉しそうに肩で息して汗を滲ませている。
この満載された石は、弾正が投石の為に集めさせた物である。
彼らから戦争で石を投げないと聞いて、頭から湯気を立てて怒りながら指示したのだった。
満足そうに頷くと大音声を張り上げた。
「皆のもの聞けえい。用が済んだ者から寝ておけ。すぐに具足だけは着られるようにして、未明には起きておけ」
(こちらは小勢じゃ。有利を捨て、夜に攻めて来るほど阿呆ではあるまい。備えに不足ないか、もう一つ、二つ考えたら、わしも寝とかねばなるまい)
それぞれが、明日に想いを馳せながら、いつの間にか浅い眠りに就いていった。




