21
兵を辞めると申し出た四人に向けて、直家が歩みを進めてくる。
すでに蒼白だった四人は、近づいてくる直家の微笑みに生きた心地すらしない。
「さて、次はお前たち日和見者の番だ。郷里に帰るのか、ダミアーノの元へ向かうのかはどうでもよい。ここを発つ前に頼みがある」
四人は食い入るように直家の顔を見つめ、全力で首を縦に振った。
「頼むのは死体の片付けと、矢傷を負った者たちの世話だ。身動き出来る程度まで面倒みてやれ」
腰に留めた革袋を手にすると、それぞれに小粒金を握らせていく。
「これは失念しておった。ここでは金や銀は使えるか?」
目を丸くして命の助かったことを知ると、ぽつりぽつりと話はじめた。
「はい、金も銀も使えます。金貨もございますが、もっぱら銀貨や銅貨くらいしか目にすることはありません」
「ふむ。価値があるのならよい」
ラウレンツやテオベルトたちを呼ぶと、同様に小粒金を与えていく。
そうして、小粒金が半分ほどになると革袋を四人の男に手渡した。
「残りは葬い料と世話賃だ。矢傷が癒えた者にも渡してやれ。それで足りるか?」
四人は革袋を開け、小粒金の数に唖然として目を瞬かせていたが揃ってガクガクと頷いた。
直家も満足そうに頷くと、声を上げてラウレンツたちを呼び戻した。
「ラウレンツとローマンは、それぞれ人数を連れて砦内を確認しろ。見つけたら各々が判じて好きにせよ。テオベルトは私と同行せよ」
ラウレンツたちが散らばるように駆けてゆくと、直家たちは表門前に沿う街道へ足を向ける。
目当ての物は少し離れた場所で、高い塀と立派な門だけがある小さな建物だった。
開かれた門では三人の兵が見えた。
二人の兵が通行人らしき商人と話し、一人は立哨している。
三人の兵は騒然となった。奇妙な衣服を着た男がテオベルトと近づいており、何故か二人とも全身が血塗れなのである。
剣の柄に手を掛けたまま三人は立ち塞がった。
「止まれ! お前は何者だ。村の番号と名前を答えよ。それにテオベルトも血だらけじゃないか」
「第2砦は領主山名さまの支配となった。私はその領主に仕える宇喜多和泉守である」
「カ、カルロさまは…?」
「殿に不逞をなす賊であったので誅した」
「こ、殺したのか?」
穏やかな微笑みのまま感情の見えない直家の横で、こちらも剣に手を掛け、警戒した様子のテオベルトが眼光鋭く頷いた。
「さて、誰に忠義を向けるか、自らの立ち位置を決めてもうおう」
目を泳がせて惑う三人に、金髪を血に染めたテオベルトが獣のように睨みつけ、今にも飛びかからんばかりだ。
テオベルトの手並みを知る三人は勢いに圧されたのか、苦いものを呑んだように膝をつきこうべを垂れた。
「では、ダミアーノに剣を突き立てるのだな?」
「そ、それは…」
三人がうな垂れて口籠るようすに、テオベルトは忽ち反応して剣を抜く。だが、それを制した直家は、その首をゆっくり横に振った。
「まあよい。集めた金があるだろう?」
戸惑う兵士が、のそのそと装飾された小箱を持ってくると、直家は無造作に金を掴み与え、
「その金を持って、何処へ行くなり好きにせよ。
領軍に参加せぬことが条件だ。世の流れを見て、仕えたくなれば私を訪ねてこい。殿に取りなしてやろう」
金を持って逃げるように去る後ろ姿を、テオベルトは不満そうに睨みつけている。
直家は子供でもあやすような苦笑を浮かべ、テオベルトの肩を優しく叩いた。
「どうもダミアーノは領内の兵士には英雄らしい。奴に抗えるか試していては、人がいなくなりそうだ」
何を今更、と内心で驚きの声上げたが、そんなテオベルトに構わず言葉を続ける。
「それより書くものはないか? なるべく大きな字の書けるものだ」
そうして、開け放たれた門扉の前で筆を持つと、刻むように書いてゆく。
(やはり、この世の字を書いている。不思議なものだ)
強欲なる領軍司令は行き交う民を搾取し
領主山名は義憤し民を憂いて無税とする
「これでよかろう。戻るぞ」
「それで此処はどうするのです? ここにも砦にも兵がいないのでは…。不審な者や7領の軍が来たら」
困惑するテオベルトに、認識の違う直家も同じように眉を顰めた。
「どこも小さい村だ。不審な者が入れば分かろう。それに堀も櫓もない、砦とは名ばかりの此処では、まともな軍勢が寄せればひと呑みにされるだろう」
時間が惜しいと、声をかけて砦へと戻った。




