パイオエー
「でも」
電話で話しているだけだから、望みは薄いけど、もし僕が涙の原因を拭えるのなら、と思った。
泣いているエンを慰めるのは、昔から僕の仕事だったから。何が彼女に涙させているのかをまず、知りたかった。
『違うの。ごめん、るんの声が、懐かしかっただけなの。……家を出ておいて勝手かも知れないけど、私、るんだけは唯一の家族だと思ってるから』
拍子抜けした。呆れかえってしまう程に。心配して損したと、そう思うのに、今度は僕が泣きそうだった。
こんな言葉をかけてくれる人が、家族が、僕にもまだいたんだ。
今まさに、家族をかなぐり棄てようとしている僕には、あまりにも勿体無い言葉だった。
エンが何かに悲しんでいる訳ではなかったことに安堵しながら、僕は言う。
「元気なんだね」
言いながら、落ちていく涙の熱さを地肌で感じていた。
エンに倣い、僕も泣いている事実を隠さずに、声を漏らす。
僕の唯一の家族に対する、唯一の素直さ。涙が何に由来するかまでは、勇気が出せず、語れなかった。
このままの調子で、電話を切りたい。最後の最後、僕はエンに甘えてしまった。
涙の粒は、道筋を作りながらも、顎から落下し、薄い胸を経由して、軽く突き出していた膝にまで落ちていった。
シャワーから上がり、一糸纏わぬままに電話を受けていた僕の身体は、いよいよ冷え始めていた。




