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ツインズバインド  作者: クダラレイタロウ
第四章・涙
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20/23

寿限無

篠美を切りつけた後、出血に気が動転した篠美は地べたを這うように僕から逃げようとした。

僕はすかさず篠美を捕まえ、首に包丁の刃をつきつけた。

これを思いきり引けば、篠美は死ぬ。殺せる。殺せるのだ。

「よせ、ルイ」

こんなに慌てた様子の保は初めて見た。

背広にコートを羽織ったままの保は、顔面に貼り付いているその表情以外が、あまりにもいつも通りで、脳の混乱を深めていく。

「そこ、どけよ。どかないと、殺す」

保はどかなかった。どうにかできると思っているのかも知れない。

だけど見縊(みくび)らないで欲しい。僕は篠美の首に包丁の刃を喰い込ませてみせる。

所詮は包丁だから、それだけでは首の皮に傷が走ることはない。しかし、僕に躊躇いがないことを察してくれたらしく、篠美はがくがくと信じられないくらいの振動を起こして震えあがった。

「やめろ!!」

悪夢でも見ているかのような。そんな表情を、保はしている。保にも、僕の本気度は伝わってくれているらしい。しかし。

くだらないことで激昂してきてばかりいたくせに、こんな時に浮かぶ表情は、困惑。

怒りではないのだ。

そこに、保がいかに利己的な人間かが解る。

実の息子が、最愛の妻に刃を向けているにも関わらず、この男は怒れないのだ。

困っていると言うことは、損得勘定が生まれていると言うこと。こんな状況なのに。

保は、本当に篠美を愛していたのだろうか。愛してきたのだろうか。ここに来て、それが曖昧になる。

この夫婦を思い浮かべると、保の、尽きることのない無遠慮な言葉を、ただ飲み込む篠美、と言う画ばかりが浮かぶ。

家族と言う型に、神経質に全員を填(は)めようとしていた保、それに盲信するように、隷属する篠美。

仮面夫婦、と言う言葉が脳裏をよぎる。この夫婦は、なるほど最初から壊れていたのかも知れない。

「やめてほしかったら、早くどきなよ!」

騒ぐ篠美を必死で押さえつけながら、保に訴えかける。

「落ちつけ、ルイ。話を、しよう。なあ、何でこうなった」

泣き笑いのような表情を浮かべ、保が窘(たしな)めてくる。

「見ろよ、この血。話してる暇なんて、あると思うか……?」

篠美の脇腹に広がる大きな傷からは、服越しからでも計り知れるほどの勢いで出血が続いている。

早く手当てしないと、たぶん篠美の命が危ない。

仮面夫婦かも知れないと思ったばかりだったので、少し心配だったが、これには保も素直に従った。

僕の様子を窺いながら、ドアから離れる。僕も保に集中しながら、ゆっくりとドアに近づいていく。

「最後に教えてやる。僕がこんなことをしてるのも、エンが出てったのも、全部、お前のせいだ」

こんなことを言ったって、きっと保には到底、理解できない。

言葉を尽くしている暇なんてなかったけど、きっと僕が言葉を尽くしたところで、あいつは到底理解できなかっただろう。

篠美がしてきたことについては、話すのをやめた。かばって消えてやることが、篠美への復讐だった。

保に己の過ちを話すかどうかを、篠美自身に投げつけてやること。

保が帰って来たのに気付いた僕が、とっさに思い及んだ復讐はこれだった。

篠美に手をかけていることを見せることで、保への復讐にもなる。

これだけで、どちらにも重い復讐を遂げることができたのだ。


開いたままのドアまでたどり着くと、僕は保に向かって篠美を突き飛ばした。

包丁も投げ出して、僕は振り向きもせず、全速力で逃げた。

靴を履こうとする時に、保が顔を出したので、保の靴を保に向かって投げ、家を後にした。


僕は石野家のジェンガタワーの、どの辺りのピースを抜くことができただろう。

それは解らないけど、この家族(タワー)が完全に崩れたのは、間違いないはずだった。



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