4-4 かつての怨念
僕の視線の先に紗羅がいる。
うっすらと笑って、僕を見ている。頭がおかしくなりそうになっていると、冬弥が突然走り出した。
走り寄ってくる冬弥をチラリと見た紗羅は、微笑みをたたえたまま角の向こうに姿を消す。
冬弥がたどり着いたのはそのすぐ後だった。
「くそ!どこ言った……うそだろ、消えたのか?」
角のところまで行った冬弥は、その周りをキョロキョロと見ている。
少し遅れて来た僕も確かめるけど、紗羅の姿はない。通りがかったおばさんが、僕たちが焦っているからか、チラチラ僕の顔を見て行くけど、そんなこと気にする余裕もなかった。
「マジか……。近くで見ることはできなかったけど、あれは確かに蒲生だった」
少し離れたところまで見に行った冬弥が戻って来ながらそう言う。
「逢介がこの前見たっていうのもさっきの奴か?」
そう聞いてくる冬弥に、僕は「多分」と言いながら頷く。確実に同じだったかはわからないけど、紗羅と瓜二つの人がそう何人もいるはずない。
それに、僕は前回見た時に感じていた違和感がなんだったのか、今回で分かった。
「冬弥、前に見た時もそうだったけど、ニセモノの紗羅は目に包帯をしてない。普通に目を開けてこっちを見てた」
「あっ!確かに……」
僕が言うと、冬弥もハッとした顔になる。
紗羅は片思いの姿見の件で視力を奪われてる。目には包帯を巻いているし、仮に包帯を取っていたとしても霊的に視力を奪われてる紗羅は、目を開けることができないらしい。
「つまり……どういうことだ?」
さすがの冬弥も考えがまとまらないのか、ばりばりと頭をかきながら戸惑っている。
「とりあえず、逢介。蒲生にメッセージで気をつけるように伝えとけ。さっきのが何かはわかんないけどさ、ドッペルゲンガーなら本人が見るとまずいって話は聞くし……。俺は一度帰ってから調べてみるよ」
そう言うと冬弥は、僕に手を上げて「じゃあな、なんか分かったら連絡するよ」と言い残して帰って行った。
「伝えろって言われても……何て言えばいいのさ」
一人残された僕の問いに答えてくれる人はいなかった。
◆◆ ◆◆
「お待たせ!」
紗羅達は住宅地からは少し離れたところにあるショッピングセンターに来ていた。通路に置いてあるベンチで待っていた紗羅に、目的のものが買えて、ニコニコしながらあきらがそう声をかけた。
「んーん、待ってない。買うものはそれだけ?」
紗羅がベンチから立ち上がりながら聞くと、あきらは頷く。
「うん!ボク、サイズのこともよくわかんなくてさ。店員さんに測ってもらって、合うものを買えてよかったよ。通販って手もあったけど、サイズわかんないと買えないしね」
両手で抱き抱えるように小さい紙袋を持ったあきらは、そう言うと立ち止まって紗羅に頭を下げた。
「あきら?」
「紗羅ちゃん。今日は付き合ってくれてありがと!ボク一人じゃ恥ずかしくて来れなかったし、サイズを測ってもらうなんて無理だった。一緒に来てくれてホントに助かったよ。……そのせいで神野くんに内緒にさせちゃったのが気になるけど……」
そう言って眉を下げるあきら。買いに行くまでは緊張してて気にしてなかったけど、紗羅は逢介にも行き先を内緒にして来ている。
下着を買うのが目的だったために、言うことができなかったのだ。
「だいじょーぶ。おーちゃんもあきらのブラ買いに行くからって言われても困っただろうし」
そう言う紗羅にあきらは苦笑いを返すしかない。確かにそれは逢介だけではなく、あきらも困ったと思うけど、何が言いようはあったと思うのだ。
あきらは別れ際に逢介が動揺していた顔を思い出す。それを思い出すととても複雑な気持ちになる。
あきらが女性としての自分を受け入れることができたのは、逢介と一緒に、夢の中で蔵を探索した時だった。
あの時、逢介はあきらを庇うように、そして怖がるあきらを勇気づけるようにずっと手を握ってきた。
その手の大きさに男性を感じる、その手に包まれて心地よく思っている自分に女性を感じてしまっていた。
常に女性であることに違和感を感じていたあきらは、それを自分が普通に受け入れていることに驚きさえしたものだ。
この時から、あきらのなかで逢介の存在は大きくなっていった。
ただ、あきらは逢介と紗羅の間を邪魔するつもりはない。それは途中からやって来た紗羅が、あきらと手を繋ぐ逢介を見た時に見せた表情を見たからだ。
確かに逢介の存在は無視できないくらい大きくなっているが、これまで同性からも異性からも距離を置かれていたあきらに、初めてできた友人である紗羅を悲しませるようなことはできない。
だからその気持ちも封じ込めてしまうことにした。
夢の中で手を繋ぐあきらと逢介を見た時の紗羅。さっき出かける時に、普段と違う紗羅の様子に戸惑った顔をした逢介。
それを見てしまったから、あきらはずっと気になっているのだ。
「ねえ、紗羅ちゃん。神野くんには別にボクのことは隠さなくていいから。神野くんは変に言いふらしたりしないだろうし……。それよりも紗羅ちゃんと神野くんが……」
気まずい思いをするのが嫌だ。そう言おうとしたが、途中で遮られた。紗羅の強めの口調に……。
「どうして、おーちゃんなら平気なの?」
足を止めた紗羅が俯いたまま言った、強い調子の言葉にあきらは言葉を失った。
「おーちゃんには……女の子として見られるほうが、いいの?」
ちょっとだけ顔を上げて、寂しそうな様子で言う紗羅に、あきらは慌ててその両手を取った。
手を握った瞬間、ビクッとする紗羅に、あきらは申し訳なくて泣きそうになっていた。
実際少し滲ませていたが、「ボクが泣いててどうーすんのさ!」と自分に言い聞かせて、乱暴に目をこすって紗羅に言った。
「そうじゃないんだ、紗羅ちゃん。ごめん……。ボクのせいで不安にさせて……。多分神野くんも不安にさせたと思う。けど、ボクは一番に紗羅ちゃんが大切だから……。誤解するような言い方をしたのはごめん。でもボクは、神野くんと紗羅ちゃんがボクの秘密のせいでギクシャクしたりするのは嫌なんだ。だから神野くんにはホントのことを言って、不安を取り払って欲しいんだよ」
あきらがそう言うと、もう少し顔を上げた紗羅があきらの顔を見た。
「え?」
何か違和感を感じると同時に、背筋にゾワリとした冷たいものを感じた。
それが何かわかる前に、目の前の紗羅が話し出す。
「嘘だ!あきらはおーちゃんの前でなら女の子でいてもいいと思ってる。そして、それを受け入れてくれるおーちゃんのことを……気になってる」
「……っ!」
心の奥底に閉じ込めたはずの思いを、しかも紗羅の口から言われて、あきらは激しく動揺した。
なんで、どうして?、違うんだ。
色んな言葉が頭に入って浮かんでくるものの、そのどれも口から出てこようのはしない。
ただ、口をパクパクと動かすばかりで肝心の喉が詰まってしまったかのように、言葉にして言うことができない。
そうしているうちに、紗羅は完全に顔を上げた。悲しそうな視線の中に、隠しようがない敵意を感じてあきらは気が遠くなっていった。
だんだんぼやけていく視界で、紗羅がニヤッと笑った気がする。……気のせいだ。紗羅ちゃんは裏切られたような形になって、悲しんで……いる、はず。
呆然としたあきらが、意識を手放そうとした瞬間だった。
目の前を黒い物と白いスカートから見えた白い足が横切って行った。




