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3-3 悪夢

「さあ、こっちへおいで。お婆ちゃんのお手伝いをしておくれ」


 お婆ちゃんはそう言ってボクを家にある蔵に入れようとする。


「蔵の中にお婆ちゃんの大事なものがあるんだよ。あきらは優しくていい子だからお婆ちゃんのお手伝いをしてくれるよね?」


 ……この時、ボクははっきり夢を見ているのだとわかった。今日が紗羅ちゃんの家にお泊まりしていることも、紗羅ちゃんのお父さんと紗羅ちゃんに押し切られて、神野くんも一緒に紗羅ちゃんちの道場に布団を三つ並べまで寝ていることもきれいに思い出せる。


 お婆ちゃんは、生前には見せてくれなかったような優しい微笑みを浮かべて、蔵の前で僕を手招きしている。

 その姿にすごく違和感を感じるけど、友人二人がそばにいることがボクの背中を押してくれた。


「わかった。何を取ってくればいい?」


 ボクがそう言うと、お婆ちゃんの姿をした何かは、お婆ちゃんが絶対しないような笑みを浮かべてボクを見て、扉の鍵を開け始めた。


「……いつもと変わらない配置。あ、この壁の傷はこの前見た夢にもあった」


 お婆ちゃんが開けた扉をくぐって、ボクは蔵の中をゆっくりと歩いている。知らないはずの蔵の中なのに何度も見たような気持ちがして不思議だ。


 中には大小様々な箱と、ダンボールが所狭しと並べてある。

 どれもが埃が積もっていて、かなり前からここにあることがわかる。


 置いてある箱の隙間に身体を滑り込ませ奥に進む。奥にある階段を登るためだ。

 木の格子がある窓からさす、月の灯りだけを頼りに進んでいく。夢だというのに長年のこもった空気やカビ、ホコリの匂いまでしてくる気がする。

 ボクの足音や衣ずれ、箱に当たった音を除けば何の音もない静寂だ。


 何度も回り込んでようやく階段のところまで辿り着いた。

 当然ながら木で作ってある階段は、頑丈そうに見えるけど、反面古くなって傷んでいる部分が不安になる。


 そっと足を乗せて体重をかけるとギィという音と共に、少し沈み込む。


「もう……夢なのにそんなリアルにしなくていいのに」


 怖さを紛らわせるためにも、わざと独り言を言いながら一段、また一段と登っていく。

 少し高い位置から、ふと蔵の一階を見渡す。


「…っ!」


 月明かりを背負って入り口に佇むお婆ちゃん。背中から灯りがさして暗く見えないはずなのに、顔だけが浮かび上がりその目が弧を描くのが見えた。


 ゾクッとして、ボクは慌てて目を逸らした。ドキドキと早くなった鼓動と手や背中にかく冷や汗が生々しい……


 ――これは本当に夢なんだろうか?お婆ちゃんはどうして入り口に立ったままで、中に入ってこないんだろうか?

 ……ボクは本当はこの世界の住人なんじゃないか?


 色んなことが頭に浮かび、グルグルと回りだす。


「ううっ……!」


 思わず頭を抱えてうずくまっていると、入り口に立っているはずのお婆ちゃんの声が耳元でで聞こえた。


「さあ、早くアレをとっておいで……」


その瞬間、ボクの思考がプツンと途切れた。


まるで、テレビを消したみたいに……



「はっ!!」


 ボクは飛び起きて周りを見た。広い畳の部屋、並んでいる布団。道場の端の方の照明が一つ常夜灯がわりについている。

 

 すぐ隣にはボクを心配しているように見える紗羅ちゃんがいる。ボクはドキドキとうるさい心臓をなだめすかして声を出した。


「ごめん……もしかして起こしちゃったのかな?」


 なんとか笑顔を作ってそう言うと、紗羅ちゃんはふるふると首を振る。


「んーん。なんか、おーちゃんが変な気配がするって言って起きたから。それで私も目が覚めたら木下くんがうなされてた」


 そう言われると手のひらも背中も、寝汗をかいて寝巻きが肌にくっつく不快な感触がある。


「そうなんだ……。変な気配がって?あ、神野くんは?」


 見ると神野くんの布団は、掛け布団がめくれていて、そこには誰もいない。


「おーちゃんは一応お父さんを呼びに行った。私のお母さんは、霊感が強かったらしいんだけど、お父さんもよく一緒に巻き込まれて、自然とこういうことに詳しくなったらしいの」


 紗羅ちゃんがそう言っているうちに、足音が近づいてきて神野くんと紗羅ちゃんのお父さんが道場に入ってきた。


「あ、木下くん目が覚めたの?大丈夫、すごいうなされてたよ?やめなさい、行っちゃダメだって……私の言うことを聞きなさいとも言ってたけど、誰かどこかに行こうとしてたの?」


 眉を下げて心配そうにボクを見てくる神野くん。ボクのいる方を不安げな表情で見ている。

 本気で心配してくれる友人たちを見て、胸が暖かくなるのとは別に、ボクは気になったことを聞いた。


「ね、ねぇ神野くん……。ボクは行くなって言ってたの?」


 そう聞き返すと、神野くんはちゃんと思い出そうとしているのか、少しだけ考えて頷く。


「うん、確かに行っちゃダメって言ってたよ?でも……」


「でも?」


「んー……なんとなくだけど、普段の木下くんとはちょっと違う話し方っぽく聞こえたんだよなぁ。まぁ、寝言なんだから少し違ってもおかしくないんだろうけど、ちょっと違和感」


 そう言うと神野くんは考えだした。


 ボクも震え出した手を握りしめる。すると、その手の上に暖かいものが降りてきた。


「紗羅ちゃん……」


「木下くん、怖いのはわかる。でも負けちゃダメ」


 震える手を優しく覆ってくれる暖かさと同時に、言葉ではそう言って元気づけようとしてくれる紗羅ちゃんに、ボクは一人じゃないことを強く感じさせられた。


「うん、正直言って怖い……。めちゃくちゃリアルな夢に気持ち悪いお婆ちゃん……。でもそうだね、負けないためにボクはここに来てるんだもんね!」


ボクがそう言うと、神野くんも遠慮がちに紗羅ちゃんの手の上に自分の手を乗せた。


「何もできないかもしれないけどさ、僕も紗羅もそばにいるから。木下くんを見守っているから」


 神野くんまでそう言ってくれて、ボクは目の奥がツンとなる。


「おーちゃんは見守っちゃだめ。女の子の寝顔をジロジロ見るもんじゃない。えっち」


「そっ!そんなつもりじゃ……僕は力になりたいと思って……」


「見守るのは私だけでいい。おーちゃんは私の寝顔でも見てて」


 プクッと頬を膨らませて、ツンと神野くんから顔を逸らした紗羅ちゃんがそう言うと、神野くんが慌てて弁解をしている。


 そんな光景を見ていると、さっきまでボクをまとわりつくようにあった恐怖感が、すうっと消えていった。


「ふふっ、そうだね。ボクは戸籍上は女子だからね。見守り担当は紗羅ちゃんにお願いしようかな?神野くんは紗羅ちゃんの寝顔の見守り担当ってことで」


 思わず笑いながらボクがそう言うと神野くんは「ええっ?」って感じで、ボクと紗羅ちゃんを交互に見ている。


「いや、紗羅を見ててどーすんのさ!」


 叫ぶようにそう言った神野くんを紗羅ちゃんが頬を膨らましたままパンチする姿がとても可愛らしくて……でもとても暖かくて、ボクの心にあった不安さえも消し飛ばしてくれた。


「やはり逢介くんは何かを持ってるのかなぁ?木下くん、逢介くんはね、紗羅が産まれるときにも助けてくれてるんだよ。逢介くんの他にも、また別の暖かさがあるような気もするが……雪乃が生きていれば、逢介くんのことも……そして君のことも原因を見抜いて解決してくれたんだろうけどねぇ」


 そう言うと紗羅ちゃんのお父さんは、懐かしいようなそれでいて寂しいような顔をした。

 でも、それはほんの一瞬だけで、優しい顔になるとボクの枕元に一つの人形を置いた。


「これは?」


 そう聞くと、紗羅ちゃんのお父さんはとても優しい目で人形を見ながら教えてくれた。


「これはね、雪乃が大事にしていた人形だよ。なんでも雪乃のお婆さんのその前からずっと代々譲られてきた人形らしくてね。破水をして慌てて病院に向かうって時にもこれは掴んで病室まで持っていったくらいだからね」


 紗羅ちゃんのお父さんは、そう言うと人形の頭をさらりと撫でた。

 日本人形なんだけど、特有の無表情感がなくて、すごく柔らかい表情をしている。着ている和服は多分手作りに見えるし、それだけ古くからある人形にしては全然古臭さを感じない。


「あの……、そんな大事な人形、こんなところに置いたら……その、ボクは寝相悪いってことはないですけど、さっきみたいにうなされてた暴れちゃったりしたら……」


 由来を聞いたボクがそう言うと、紗羅ちゃんのお父さんは優しい笑顔をボクに向けて言った。


「大丈夫。これはね強い娘だから。それこそ捨てようと山の中に持っていって谷に投げ落としても帰ってくるような、そんな人形だから」


 そう言った紗羅ちゃんのお父さんの言葉に、ボクは少しわからなくなる。


「……え?それって、呪いの人形……」

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