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23.2人の想い

「助けてくださって、ありがとうございます」


「それは、こちらのセリフだ。ヤーナックを守ってくれたんだろう。北側から来たので、事情はおおよそ聞いている」


 とはいえ、彼らがヤーナックに来るのは、予定よりも早いとミリアは知っている。だからこそ、まったく彼らのことを思い出さずにギスタークに対処したのだし。


「いつもより、早くヤーナックにいらしたのですね」


「ああ。サーレック辺境伯……父上から、ヤーナックに送る人員の確保が出来たと伝えられたので、急ぎでまず5人連れて来たんだ。よかった。本当に……もしそれがなければもうしばらく悠長にしていただろうし、来ていなければ……」


 きっと、ミリアは助けられなかった。だが、冗談でもそれを言葉にしたくないのか、それ以上彼は口にしない。


「君は、本当に無茶をして……」


ヴィルマーは、前に座る彼女の腰をぎゅっと後ろから強く抱きかかえ、彼女の肩に頭をがくんとつけた。ミリアは、背と腰に彼がぴったりとくっついていることに少し緊張をしつつ、鼓動が高鳴るのを必死に抑えようと「鎮まれ……」と念じる。


 しばらく、2人は互いに無言だった。こんな風に彼に抱かれていることが、なんだか嬉しいなんて。そう思いながら、体を彼にゆだねるミリア。やがて、ヴィルマーは顔をあげずに、呻くように言葉を発した。


「無事で本当によかった……君が1人でギスタークの死骸を持って出たと聞いた時、心臓が鷲掴みにされたようだった……」


 ミリアは首筋に当たるヴィルマーの髪をくすぐったいと思ったが、それへ、軽く自分の頭も傾げてそっとくっつけた。すると、彼はわずかにぴくりと反応をしたが、そのままの状態になり、互いの頭をつけて数秒。


(ああ、なんだか、この時間がとても)


 愛しいとミリアが思った時だった。ヴィルマーが、彼女に呟く。


「俺は、今回ヤーナックに行ったら、君に言おうと思っていたことがあるんだ」


「何でしょうか」


 ようやく、ミリアの肩からヴィルマーは頭をあげた。そっとそちらを伺い見れば、彼は静かに彼女を見ている。


 彼の体にもたれながら、体の向きを少しだけ変えて、彼を見上げるミリア。彼女からの視線を受けて、ヴィルマーは一度目を伏せた。それから「ああ」と小さく呟いてから、再び彼女の瞳を見ながら言う。


「俺は、君が好きだ」


 周囲は、わあわあとギスターク狩りで声をあげている。そして、近くにはすでにミリアに倒されたギスタークが何匹も倒れていた。そんな状態での告白。ミリアが答えずにヴィルマーを見上げていると、彼は眉根を潜めながら言葉を続ける。


「君は……俺が、勘違いをしているかもしれないが……俺を好きなんじゃ……ないか?」


ミリアは一瞬目を大きく見開いた。それから、数秒の後「ふふ」と笑って、自分の腰を強く抱く彼の手の甲に触れる。一瞬だけ、彼の手がぴくりと動いたが、そのまま動きを止めた。


「わたしは、好きではない男性にこんなことは許しませんよ」


 好きだと口にすることが怖い。逃げているのはわかっている。だが、これこそ彼への甘えではないか。ミリアは首をわずかに傾げて彼を見上げた。


「そうか……そうか」


 そう言って、ヴィルマーは彼女の腰に回した腕に力を更に入れる。わあわあと人々の声が遠くで聞こえる最中。ミリアはそれを「嬉しい」と思いながら、胸の奥にじんわりと広がる何かを感じ取っていた。


 だが、それを邪魔するように、ずきん、と左足が強く痛み出す。


「ヴィルマーさん。左足が痛むので、このままヤーナックに一緒に乗せてもらっても良いですか?」


「ああ、勿論だ」


「わたしは、本当は甘えるのが得意ではないんですけど」


 でも。それでも、あなたに甘えてしまうのだ。その言葉は出さずに、ミリアは苦笑いを見せる。すると、ヴィルマーは「はは」と小さく笑った。


「そんな女に甘えられたら、男ってのは馬鹿だから舞い上がっちまう」


「舞い上がってください。是非」


 ヴィルマーは顔をあげ、彼女の腰を抱いていた腕を優しくほどくと、自分の腕に触れていた彼女の手を握りしめた。ミリアが驚いて、更に体をひねって後ろを振り向くと、彼はその彼女の手を自分の口元に導いた。


「好きだ」


 大きな手にいざなわれたミリアの手の甲に、彼は口づけを落とした。それから、そっとその手を離す。ああ、本当に彼は自分を好きだと言ってくれているのだ……すると、彼女は体を後ろにぐいと伸ばして彼を見上げた。


「お、おい、あぶな……」


 ほんの一瞬。軽く、ヴィルマーの下唇を掠めるようなキス。彼女の顔が離れると、ヴィルマーはいささか目を大きく見開き、驚きの表情になっていた。


「……なるほど、君は情熱的な人だったんだな。知らなかった」


「わたしも知りませんでした」

 

 そう言って、ミリアは頬を染めて俯く。ヴィルマーはそんな彼女の顔を横から覗こうとしたが、嫌がられる。「はは」と声を出して笑ってから、再び彼女の腰を強く抱いた。ミリアの背に当たる彼の胸板のたくましさと熱。それを、彼女は俯きながらじんわりと味わい、また、彼に口づけられた自分の片手を、もう片方の手で握る。


「なあ、もう一度……」


 そうヴィルマーが耳元で囁いた時、遠くで声が聞こえた。


「ヴィルマー! こっちはあらかた片付いたぞ!」


「おい、ヴィルマー!」


 傭兵たちの声だ。ヴィルマーは「うう」と呻いて顔をあげる。


「うるせぇな! クラウスはどうした! クラウスに聞け!」


 彼の腕の中にいるミリアは尋ねた。


「そういえば、傭兵団の方々は、全員がサーレック辺境伯の私兵か何かなのですか?」


「いや、違う。俺とクラウス以外は、みな普通に傭兵だ。おかげで、俺の言葉遣いもよろしくなくなったってわけだ」


 そう言ってヴィルマーはミリアを片手で抱き締めながら馬を動かした。見れば、ヤーナックの町の方から、ギスタークの死骸を片付けるために警備隊が向かっている。それへヴィルマーは手をあげ、ミリアも共に手をあげて出迎えた。こうして、ギスタークに関する騒動は終えることとなった。


 ギスタークの後片付けなどをクラウスたちや警備隊、ヘルマに任せ、ヴィルマーはミリアと共にヤーナックの町に向かった。人々にあれこれ言われたが、それを軽く振り切って、彼はミリアの家に彼女を送り届けた。


「足は大丈夫か」


「まだ、力が入りません。少し無理をし過ぎたようです」


「あとでスヴェンが怒るかもしれない。先に連絡をとって言い訳をしておこう」


 ヴィルマーは先に馬から降りる。左足に力が入らないミリアは、慌てて前傾になって馬の首にそっとしがみついた。その手を「大丈夫だ」とヴィルマーはほどき、自分の首に回させる。


「俺に言っただろう。舞い上がってもいいって」


 それは、自分に甘えろ、という意味だ。ミリアは今更ながら、かあっと頬を紅潮させた。どうして先ほどはそんなことを言えたのだろうか、と自分でも驚くぐらいだ。だが、それほどきっと気分が高揚していたのだ。彼女は照れくさそうに呟く。


「少し……言い過ぎましたね」


「あっはは、今頃我に返ったのか。君は可愛い人だな」


 そう言って、彼女の体を馬から下ろし、横抱きの状態で家の扉を開けるヴィルマー。ミリアは何かを言おうと思ったが、言葉を失ったようでおとなしくしている。が、突然左足に激痛が走って、体を縮こまらせた。


「っつぅ……!」


「痛むか。炎症でも起こしているのかな」


「少し熱いです。でも、しばらくすれば収まりますので……ヴィルマーさん、後はお任せしても良いでしょうか」


「ああ、任せろ。寝室はどこだ? ああ、ここか?」


 そう言うと、ヴィルマーはずかずかと家の中を歩き、彼女の部屋に入った。それから椅子に彼女を静かに下す。左足の痛みに僅かに顔をしかめながら腰かける彼女の前で、彼は膝をついた。


「すまないな。さすがに土でそれだけ汚れていても、着替えやそのあたりは手伝ってやれない。ヘルマが戻るまで、なんとか着替えて、少しでも休んでいてくれ」


「はい。ありがとうございます」


「うん」


 彼はミリアの手を取った。先ほど彼が口づけた方と逆の手を持って、再びそっとその甲に口づける。まるで時間が止まったようだ。ミリアは呼吸を止めて、じっとその様子を見守る。こんな風に、男性が自分に口づけてくれるなんて。それをまじまじと見ると、鼓動が早くなって泣きそうな気持ちになる。


「正式なプロポーズは、また後でな」


「……はい……」


 彼女の返事に彼は嬉しそうに笑う。すっと立ち上がって「じゃあ」と部屋から出て行こうとした。ミリアはなんと声をかけていいのか困ったように、唇を半開きにして「あ……」と小さな声をあげた。


 すると、その声に反応したようにヴィルマーはくるりと振り返った。


(え? ヴィルマーさん……)


 少し早足で彼はミリアの元に戻り、手を伸ばす。突然のことでミリアはそれに反応が出来ず、彼を見上げるのが精一杯だった。


「っ!」


 頭を軽く押えられ、彼から与えられたのはあっさりとした口づけ。ミリアは驚いたが、その瞬間なんとか瞳を閉じた。まるで、ついばむようなキスを2回。そして、唇から離れ、頬に1回。彼はミリアを覗き込むように小さく笑って


「悪い。これぐらい許せ。我慢が出来なかった。じゃあ、本当に行ってくる」


と、ようやく部屋を出て行った。バタン、と閉じられた扉を見ながら、ミリアは椅子の背に体をもたれかけ、ずるずると尻を前にずらして体を低く沈める。左足がずきずきと痛んだが、そんなことは彼女にはもうどうでもよかった。


「甘えているのは、ヴィルマーさんの方じゃないですか……もう……」


 そう呟いてから、彼に口づけられた自分の甲に、軽くミリアもキスを落とした。


――俺は、君が好きだ――


 思い出す彼の言葉。なんてシンプルで、そしてなんて愛しい言葉なのかとミリアは思う。なんとなく。そう、なんとなく互いの気持ちにはわかっていたけれど、自分が口にするには恐ろしく、かといって彼から聞きたいのかと言われれば、それも少し恐ろしかった、その感情。やはり、その扉を開けたのは彼の方だった。


 やはり、自分は彼に甘えてしまっている。そして、それを彼はよくわかっていないのだろう。


――なるほど、君は情熱的な人だったんだな。知らなかった――


 それは、自分も知らなかった自分の一面だ。命の危機から彼が救ってくれた。そして、そんな彼が自分を好きだと言ってくれた。きっと、自分が高揚をしていたことを、彼は気づいていないだろう。いや、軽いキスをしてしまったことで、わかってくれたのだろうか。


(わかってくれたのか、だなんて。わかって欲しいと思っているのかしら……)


 なんだか、自分が欲深い人間になったような気がしてならない。だが、きっとそれを彼に言えば、別に問題ないだろう、とでも言ってくれるに違いない。そんなことを言う彼を想像して「ふふ」とミリアは小さく笑って、指でそっと自分の唇に触れる。


 心の底から湧き上がってくる、喜びの感情。それを邪魔するように左足の痛みは強くなっていく。「やれやれ」と言いながら、左足をさすった彼女の口元は、珍しく少し緩んでいた。


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