第98話 悪役の登場です
外に出ると、屋敷はすでに取り囲まれていた。
門の向こう側にズラリとものものしい装備の人だかり。その中心には、馴染みの顔がいくつかある。
恐らく、ガイオが最後に閉じていってくれたのだろう、門には鎖で厳重に錠がしてあった。
「おや、アナトーリア嬢。おひとりか」
「ええ」
「今日は酷い天気だ。それに大地が揺れた。今も地響きがある。ぜんぶ君が?」
「いいえ」
沈黙。
ボナート公爵は……いいえ、その周囲にいる見知った顔の面々も、たいした鎧も身に着けずにそこにいた。
王国騎士団に囲まれて隊列の先頭にいながら、まるでピクニックにでも来たみたいな印象の貴族たちは、どうしても浮いて見える。
「軽装なのがおかしいかね? この島に兵隊がいないことは知っている」
「そうでしょう。それにしては過剰な軍勢に見えるわ」
「いいや、これだけの天変地異を起こす魔女が相手だ。足りないくらいだと後悔しているよ」
ボナート公爵、息子のビアッジョ、フィルディナンド殿下、そしてクララ。腹立たしいくらいに煌びやかな衣装を纏った彼らの前に、ふたりの騎士が進み出た。
「もうひとつ失敗したことがあるとすれば、魔導部隊を連れて来なかったことだ」
「……動かせなかったのでしょう? 貴方は魔導部に顔が効かないから」
「フン。ヤナタのスパイを篭絡するとは、さすが魔女様であらせられるな」
ふたりの騎士は、ガチャガチャと門の鍵をいじっていたけれど、そのうちに腰から黒く光る何かを取り出した。
見覚えのあるそれは、銃だ。
「いつだったか君の周囲で起きた誘拐事件の証拠品をね、借りて来たんだ」
「貴方が盗ませたくせに」
「何を言うのかね」
ボナートがまだ何か言っていたけれど、それは近くに落ちた雷と、門を守る鎖に放たれた銃の発砲音に掻き消された。
「アレンを脅して、盗ませて、殺したでしょう」
じゃらじゃらと鎖が滑り落ちる。
「人聞きの悪い」
キィ、と門が動き始める。
「なぜ、こんなことを」
「決まっているだろう、……そうだな、民を守るためと言えばバウドは喜ぶんだろう?」
開き始めた門は、王国騎士団の手によって大きく開かれ、多くの騎士たちが敷地内に入り込んできた。
統率のとれた動きで、敷地内に侵入するや迅速に隊列を広げて私を大きく囲む。
「馬鹿にしないで。守るべき民を何人も殺めておいて!」
「魔女の言うことなど誰が信じる。おい、さっさと拘束しろ」
ボナートの言葉に反応して、階級の高そうな騎士が右手を上げた。
そして彼の号令と、振り下ろされる手を合図に、私を取り囲んでいた騎士たちが一斉に動き出す。
「やめて。力任せにしなくたって、逃げないし抵抗しないわ」
私の叫びとともに、腕を掴んでいた騎士たちの動きが柔らかくなる。
ボナート公爵や上官に聞こえないくらいの大きさの声で、口々に謝罪の言葉が掛けられた。
それは私を魔女扱いすることへの謝罪ではなく、今、痛くしたことへの謝罪だ。彼らは、私が魔女か否かの判断をしようと思ってはいないのだと感じる。
与えられた命令と自分の心の声が反したら、自分が苦しいだけだもの。考えないほうが楽だという気持ちはわかる。
だから。
私がさっき精霊たちに告げた言葉は、きっととてもとても辛い思いをさせたはずだ。
もしも生き続けることができたら、みんなにちゃんと謝らなくてはね。
後ろ手に縛られ、屋敷のホールに転がされる。
騎士の一部は、屋敷内に誰かが潜んでいやしないかと探しに出かけたけれど、無事、手ぶらで戻って来た。
「この嵐じゃ、我々は国に帰れん。どうにかしろ」
「だから最初から言ってるでしょう、私は天気を操ることなんてできないと」
屋敷のどこから持ってきたのか、煌びやかな衣装を身に着けた人たちは、ふかふかのソファーに掛けて私を見下ろしていた。
暖炉には薪をたくさんくべて、雨に濡れた体を温めている。ドリスが愛用しているティーポットでお茶まで淹れて、完全にお寛ぎだ。
「レイは、レイモンドは? 貴方たち、彼をどうしたの?」
「地下牢にでも入っているのではないかね。魔女と共謀した罪でいずれ処刑するつもりだが、安心したまえ、君がそれを見ることは決してない」
イフライネもさっき、レイは生きていると言ってた。
それなら、きっと彼は大丈夫。向こうにはお父様もお兄様もいるし、いざとなれば逃げだすくらい容易にやってのけるはずだから、きっと大丈夫。
私は、自身の状況をどうにかすることに専念しましょう。
「貴方が魔女なんて信じてるとは思えない」
「ああ、もちろん。だが魔女というのは便利な言葉だ」
身をよじって、芋虫みたいに情けない動きで体を起こした。
そうでないと真っ直ぐに彼の目を見られない。目は言葉よりもはるかに多くの情報を含んでることがあるし、話をするときには目を見ないと落ち着かない。
「信じていないなら、なぜここへ? 亡命するつもりの人がこんな小さな島になんの用で?」
私の言葉に、人形のようにただそこにいただけのフィルが、ついに眉を動かしてボナート公爵へ視線を向けた。
もしかしたら彼はボナート公爵の亡命予定は知らされていないのかもしれない。
「君は……あとやるべきことは、その命を絶つことだけだ。だから最後に少しだけ話をしてやってもいい」
「……」
暖炉の火がパチパチと静かに爆ぜる。なんの温かみも感じない、ただの炎だ。
イフライネの気配なんてどこにもない炎を、随分久しぶりに見たなとぼーっとした頭の片隅で気づく。
まとわりつく空気もそうだ。雨の日だっていつもさらっとして心地が良くて、気を付けて換気をしなくたって常に綺麗な空気があった。
「理由は大きくふたつある。ひとつは君も察している通り、私は他国の人間に少しばかり国内の情報を提供した。対価として小さくない領土を……それこそキャロモンテの大部分を貰える約束でね。
そんな大判振る舞いをしてもらえるんだから、私が一時的に差し出すキャロモンテの領土は広いほうが喜んでもらえるだろう。そうは思わないかね」
私に問いかけるように僅かに首を傾げながら、カップを口元へ運ぶ。
隠れて見えないその唇の端が、持ち上がっているように感じた。
「王国の軍事情報と引き換えにバルテロトでの地位を、そして侵略を終えた暁にはその土地の領有権を貰うということ?」
「その通り。私はこの土地を愛しているし、イルデフォンソよりうまく治められる」
陛下とボナート公爵は血縁上は従兄弟にあたるはず。先代のラングデル様の弟君がオネスト・ボナート卿のお父様だわ。
だからフィルとエミリアーノ殿下に次いで、継承権を保持している。キャロモンテを治めたいというなら、亡命よりもライバルを謀殺したほうが早くて楽な気がするのに。
私はボナート卿の瞳の奥の真意を探る。恐らく、ふたつある理由のうちのもう一つが謀殺を選ばなかった理由にも通じるんだと思う。
「私はチリッロがどうにも好きになれなくてね。奴が困った顔をするのを見るのはとても楽しい。つまり、わかるだろう。第一の目的は、奴が絶望する顔を見たい」
「は……?」
「馬鹿の一つ覚えみたいに、民が民がとうるさくてかなわん。そのくせ、民の生活をさらに豊かにするためにこの島の資源を調査すべきだと言っても、奴は首を縦には振らん。危険だなどとなんの根拠もないことを」
私の前に島流しが行われたのは20年近く前のことだと、お父様から聞いたことがある。
お父様はそれについて詳しく話してくれたことはないけれど、当時お父様は左丞相の書記官で、島流しの決定の場に顔を連ねることもあったせいで、ずいぶんと悩んでいたとお母様が言っていた。
あのとき流された罪人はもちろん生きてないし、お父様がそれにウンと言うはずがないのも理解できる。
だから、お父様が絶望する顔を見たくて島流しを決行した……?
「今までの事件は全て、お父様の苦しむ様が見たくてやったと言うの?」
「ビアッジョに島流しを提案されたときは目から鱗が落ちる思いだった。罪人ひとり、または下級役人ひとりの命を惜しんだ結果、愛娘が島へ行くんだ。滑稽じゃないか」
瞬間、外では今まででいちばん大きな雷が落ちたのだと思う。
すべての窓が真っ白になるくらいの光がホールを照らして消えた。光を受けて半分見えなくなったボナート公爵の表情は、昔見たアニメの悪魔そっくりだ。
追って耳を叩くような轟音。
エストの怒りが大きくなったような気がする。
悪役はオネスト・ボナートさんでした!(知ってた
さて、これから少しずつ謎だった部分が知らされるかもしれません!
今までにばら撒きまくった悪役さん用の旗と風呂敷をどこまで拾えるのか。私、不安です!
応援してください!正しい祈りは作者を強くします(精霊並感




