第97話 名コンビ
視点をですね、パタパタと切り替えております。
ああくそっ。
錠前には魔導的な処理が施してある。僕は最近の製鉄技術についてそんなに明るくないが、かなり丈夫な類の合金に、さらに魔法防御が重ねられている。
この国の人間は魔法というものを信じてないが、彼らの使う魔導技術と精霊魔法は根源的に同じものだ。
魔導兵器による破壊から守るための防御はすなわち、僕の魔法にも効くというわけで……。
「困ったな。これじゃあ牢屋ごと壊すしかなくなってしまうね」
独り言は呟くというより、誰かに語りかけるような声量で漏れ出てしまった。
まぁ、周囲にも何人か囚われた人物がいるようだから、突然大きな音をたてて驚かせたら申し訳ないからね。
大体、杖もなしで繊細なコントロールなんてできるはずがないんだ。僕から杖を奪ったことを後悔すればいい。いや、最も後悔すべきは僕がいないときにリアにちょっかいをかけたことか。
火と風と地と。
目の前の、石とコンクリートでできた牢壁を最低でもヒトがひとり通れるくらいのサイズで破壊するイメージを。
「ぶっこわれろ」
両手を翳した部分を中心に、壁が大きな音を立てて崩れ落ちる。目の前を塞ぐ新たな強敵である土埃には、軽く水を撒いておこう。
以前、この国の王に精霊魔法を見せたときのことを思い出して、思わずにんまりとしてしまった。
繊細なコントロールをするにはそれだけ自分自身への細かい指示、つまり呪文の詠唱が必要になるわけで、あの時は本当に面倒だったが……壁をぶっ壊すことの爽快感は癖になりそうだ。
さぁ、目の前の障害物はなくなった。お姫様を助けに行かなくては。
「やりすぎだろ、それ……まあおかげでコッチの仕事も楽になったけどよ」
聞きなれた声に安堵したところに、棒状のものが飛んでくる。
「乱暴に扱わないでくれ。このクリスタルひとつで王都に屋敷が建つほどだよ」
「んな貴重なモンをみすみす奪われてんじゃねーよ」
「奪い返してくれたことには感謝しよう」
バルナバは、いくつもの小さな牢屋の並ぶ廊下の先、地下牢の出口にあたる方向を顎で指し示した。
床に並ぶいくつかの兵士の体が見え、僕は大袈裟に身震いしてみせる。
「君が味方でよかった」
「俺のセリフだわ」
バルナバに先導されながら、地下牢から抜ける。
僕が彼ほど身軽に動けないためにダクトを通り道にすることはできず、気配を消しながら移動するしかないのが心苦しい。
「お嬢が危ないらしいぞ」
「ああ、だから無理に出て来たんだ」
「なんで知ってんだよ」
「ピスキーがな」
「さいですか……」
僕が大きな音を立ててしまったせいもあるのだろうが、そもそもこの騎士団という連中は、なんとしても僕を外に出したくないらしく、続々と集まってくる。
王城内は緊急警備網が敷かれているようで、誰に見咎められることもなく移動するのはほぼ不可能だろう。
「君は、彼らに姿を見られるのはまずいのじゃないか?」
「お館様から好きにやっていいって許可貰ったんでね。チャームポイントのメガネははずせねぇけど」
できるだけ、衆目の中で大きな魔法を使いたくない。だから相手の動きを制限するような地味な嫌がらせしかできないので、バルナバが暴れてくれるのは好都合だった。
ここで暴れまわって、島に到着する前に無駄に体力を消耗するのも避けたいしね。
そういったわけで、僕とバルナバは行く先々で騎士団の連中に絡まれたけど、僕が彼らの体を少し重くしたり足を地に縫い付けたりするのを、バルナバが順番に眠らせていくという連携プレーが構築されるのに時間はかからなかった。
「ひっきりなしだ」
「こっちのエリアは騎士団連中の本拠地らしい。ほれ、そこから表に出るぞ」
僕はすっかり方向を見失っていたのだが、どうやら王城の東の端に来ていたらしい。
重い扉を開けると、馬車からチラリと見たことのある庭に出た。……が、そこではずいぶんと怖い顔をした騎士たちが武器を構えて扉を包囲していた。
冷たい雨の中にあって、鎧の隙間から蒸気がたって見えるのは、先ほどまで訓練でもしていたのかもしれない。
「これはこれは」
「やるしかねーのは確かだが、レイモンド、お前先に行けよ」
「ふたりでやったほうが早いと思うが」
広範囲に風を走らせ、障害物や温度から気配を察知する。
王城の庭の作りを良く知らないから精度は高くないが、それでも思った通り、目の前の集団で全てではないらしい。
庭園内のそこかしこに伏兵がいるのがわかる。
「そうだな、俺もそろそろ疲れてきたし、かっこつけねぇで手伝ってもらうことにするわ」
「たまにはまともな思考もできるらしい」
「抜かせ」
今までと同じように、近づく者から順番に動きを止めていく。正確には、足場を浅い沼のようにしたり、局所的に強い向かい風をあてていると言うべきか。
気づかなかった深いぬかるみに足を取られてバランスを崩す者、柔らかな壁が突如目の前に出現したみたいに、振り抜くべき腕が押し留められて剣を抜けずにいる者。
彼らが、あれ? と思ったときにはもう遅い。
バルナバは彼らの一瞬の隙を見逃さず、鉄拳をはめた拳で制裁を加えていった。
確かに本人の言うとおり、疲労のためかバルナバの動きも少しずつ緩慢になっているし、集中力が削れているようにも見える。
衣服が雨に濡れて動きづらくなっているせいもあるだろう。吹きすさぶ雨風が霞んで視界だってかなり悪い。
この際、突風でも爆発でも火災でもなんでもいいから彼らを圧倒して、さっさと逃げるほうが良いのかもしれない。
ただ、やはり気になるのは伏兵。
彼らの足元を泥で固めて動けないようにはしておいたが、飛び道具を持っていたならそれはたいした邪魔にならないだろう。
飛び道具じゃないにしても、足元を固めたところで、ブーツを脱ぐ余裕が彼らにはあるのだし。
「あと、もうちょいっ! 一気にカタつけてやんよ!」
僕より数メートル先に立って肩で息をしている男が、後ろで纏めた紺青の髪を揺らしながら一歩を踏み出す。
「おい!」
カタをつけるだって?
目に見えてるのが全てじゃないのに。
バルナバの言葉に焦ったのか、伏兵たちが一斉に動き出したようだ。宙を舞いながら輝く数多の矢じり。
暗雲垂れこめる空を背景にしても、周囲の光を取り込んで輝いたそれがバルナバに向かって雨のように降り注ぐ。
さすが王国騎士だ。こんなにも風が吹き荒れる中で目標を外さない。
が、今この瞬間だけ彼らの予測よりも大きな風が吹いてしまうのだ、すまないね。
杖を地に打ち付けて、横薙ぎの風に矢の全てを攫わせる。今日が嵐であったことを呪えばいい。
「──くそっ!!」
なんだあの一手遅い矢は!
戦況を見極めるプロの業か? それとも流れに乗り切れなかったオットリさんの仕業か!?
飛んで来た多くの矢を根こそぎ無効化するのに、そこそこの強風を生み出した結果、バルナバもまた瞬間的に態勢を崩していた。
彼に相対する騎士たちもまた、その絶好の迎撃タイミングを逃すほど素人ではない。
バランスを崩していようが、少々剣を振り回しづらかろうが、やれることはやる。やらねばやられる世界で生きているのだから。
だから僕は、再度バルナバの目前に迫る騎士を弾かなければならなかったし、一手遅れて飛んで来た矢から彼を守るには、自らの体を投げ出さなければならなかった。
バルくんとレイくんはそこそこ仲良くなれるんじゃないかなって思ったんですよねぇ。
レイくんの魔法はちょっとしたプログラミング的な発想の詠唱してるとでも思ってください。
発生地点や規模、内容を指定して実行するような。浮かぶとか海を割るとか爆発させるとか単純な動作ならイメージを膨らませるのみで実行できる、みたいなご都合のアレ。




