第135話 無人島へ追放された結果です
広い神殿には、数え切れないほどの人が集まっている。
礼拝所に並ぶのは、私たちが招待したお客様だ。家族、友人、それに親交の深い多くの方々。
島やキャロモンテに住む民もまたこのハレの舞台を一目見ようと集まり、神殿の周りは多くの人で賑わっていると聞いた。
純白のシルクとシフォンで誂えられたドレスはシンプルなエンパイアラインだけど、精巧な刺繍やレース、それに小さなクリスタルがふんだんにあしらわれて、決して地味ではない。
ゲルスト夫人が最も気合を入れてデザインしたのがバックスタイルだった。
背中は大きくあいていて、腰元で結ばれた大きなリボンは、天使の羽根のような形をしている。
こちらの世界に天使という概念はないのだけれど、古い伝承の中の精霊は翼を持った幼児……つまり、前世世界でよく知る天使の姿に似ているのだと聞く。
長いトレーンよりもさらに長いベールは、広い礼拝所に敷かれたどこまでも続く真っ赤な絨毯によく映えるだろう。
私やレイモンドにとっては当たり前のようなデザインのウェディングドレスだけど、この世界ではそうじゃない。
そもそも、結婚式というのはお互いの両親の前で契約書に署名するものであって、神に誓う儀式ではなかったのだから、ここに集まる人々にとっては何もかもが初めてのことだ。
一方で、レイモンドは覡の正装になりつつあるローブを、やはり精巧な刺繍を施した純白の生地で誂えている。
ローブの下に着用した上下はグレーで、小さくあいたスタンドカラーの首元に白いスカーフがのぞく。磨き上げられた黒のブーツは軍装にも見えるけれど、留め金に飾られたルビーが、そうではないと主張していた。
これらの衣装は、ゲルスト夫人が私たちの意見を反映させながらデザインした渾身の出来で、彼女が言うには「向こう30年は、これが結婚式の定番になる」のだそう。
そして恐らく、神に誓うというこのスタイルも――。
大きな拍手と共に赤い絨毯の上をゆっくりと進めば、私たちの進行速度に合わせて、ひとつまたひとつと神殿内のランプに柔らかな明かりが灯る。
進んだ先にいるのは、この世のものとは思えない美貌の少年……と見えているのは私たちだけで、他の全ての人々にとっては大きなクリスタルがあるだけなのだけど。
「こんなに仰々しくしなくても、お前たちが生涯支え合うことくらい、儂にはわかっとるんじゃが」
「気持ちの問題だよ、エスト」
意地の悪そうな顔で呟くエストに、レイモンドが笑う。
ああ、この一瞬のシーンですら幸せだと思えるのは、私の頭の中がお花畑になっているからかしら?
頭上のステンドグラスから降り注ぐ色とりどりの光が、クリスタルを鮮やかに輝かせる。
どこからか舞い落ちる花びらのシャワーは、きっとゲノーマスやシルファムのイタズラだ。
笑顔と拍手と光と花と。
こんなにも視界に映る全てが美しいのなら、ずっとお花畑でいたいと思ってしまうくらい。
「レイモンド。汝、これより先いついかなる時もアナトーリアを愛し慈しむことを誓うか」
「誓う」
「アナトーリア?」
「誓います」
「……汝らふたりは、死によって分かたれるか」
神前で誓うスタイルの結婚式をエストに相談した日、私たちは前世世界における誓いの言葉を、参考にといくつか挙げていた。
ほとんどはエストが「面倒だ」と言って省略して、今のような形式に落ち着いたのだけど、「死が二人を分かつまで」という定番の文言を削ったのは、私たちだった。
だって私たちは。
事前の予定になかったこのエストのアドリブに、私たちは目を合わせて微笑みあった。
「いいえ」
「死でさえも僕らを分かつことはできない」
「お主らの結婚を祝福する」
エストの言葉と同時に、神殿内のクリスタルが眩しいほどに輝きだす。
私たちはその大きな光の中でお互いの手を取り合って、キスをした。
誓いの言葉と逆光の中のキスは、これから先、このウェディングドレスと同様に新しい結婚式の定番スタイルとして確立されるようになるだろう。
また、キャロモンテやヤナタからも、神前スタイルの結婚式を求めて島を訪れるカップルが増えるはずだと、ジャンが意気込んでいた。観光はエスピリディオン国の基幹事業になるに違いないと。
それについては、私も否定できない。だって前世でもハワイ挙式に憧れた人は多かったでしょう?
元来た道を戻って神殿を出ると、前庭の噴水からひときわ高く水が立ち昇った。
ウティーネのはからいによってキラキラと舞い落ちた水しぶきが、私とレイモンドの頬を優しく叩いたとき、高い高い空の上ではイフライネが大きな花火をいくつも咲かせていた。
それは島中に歓声を起こさせ、木々が震えて、花が咲き乱れた。
前庭の至る所で、ピスキーが輪になって踊っている。それは緑も赤も水色も入り乱れての鮮やかなダンスパーティーだ。
「ねぇレイモンド、なんだか島全体で祝われている気がしない?」
「気がするんじゃなくて、事実その通りだよ」
この島に集う人々は、誰も精霊の存在を疑っていない。
私たちの幸せを願ってくれる祈りが、この小さな島国の平和を願う祈りが、大きな波のように感じられるのだ。
ある日、島に流れ着いた私に、祈りを取り戻してほしいと神は言った。
私は、神の依頼を達成できたかしら?
まだ足りないなら、もっともっと、頑張らなくては。
『レイ! リア! おめでとう!』
「ありがとう、みんな」
だけど、ほんの少しだけゆったりとした時間を過ごさせてほしい。
だって目の前には、猫、ウサギ、大きな狼に小さなエナガ。
ふわふわもふもふの真ん中で微笑むのは、白く美しい少年の神様。
そして横には、最愛の――。
「さぁ、島中を練り歩こうか、女王様」
「主役が徒歩でパレードするなんて前代未聞ね」
「今日はぜんぶが前代未聞だ」
差し出された手を握って、一歩を踏み出す。
これからの生活は悠々自適とは言えないかもしれない。けれどもきっと、幸せに違いないのだ。
【作者ひとこと】
全135話となりました。最後までお読みいただきありがとうございます。
書き始めたきっかけは「追放・婚約破棄・悪役令嬢・モフモフ・ショタ・スローライフ・サバイバルライフ」という、なろうでよく見かける単語がテンコ盛りになった「あらすじ」を戴いて、自分が書いたらどんな物語になるのか興味を持ったからでした。
当初想定通り、必ずしもいただいた「あらすじ」に添う内容にはなりませんでしたが、たくさんのキャラクターが入り乱れつつも、それなりのカタチになったのではないかと思っています。
最後まで書き上げることができたのは、偏に読んでくださる皆さまのおかげでございます。
ブクマ、評価、感想、レビュー、誤字報告、それにFAやFSSとあらゆるカタチで応援していただき、たくさんの方に愛された作品でした。ありがとうございました。
【今後のモフモフ生活について】
今までの後書き等でもたまにアナウンスしておりましたが、本編中に書き切れなかったこぼれ話を「小話集」として不定期で連載しております。
しばらくは、不定期のままこちらを更新していくかと思いますので、ご興味をお持ちいただけましたら「無人島モフモフ生活」シリーズからご覧ください。
また、クララのその後やヤナタのその後について、いつか書くこともあろうかと思います。
この物語は当初、アニー編とクララ編の二部構成の予定だったのですが、予想以上にアナトーリア編が楽しくて、気が付けば135話。一旦完結してエネルギーを充填してからこの世界に戻って来たいと。
クララは私が書いていない以上、今のところは死ぬまで幽閉される未来しかありません。たぶんヤナタでもピスキーにいじめられると思います。
ヤナタ編を書く日が来ましたらまた可愛がっていただけると嬉しいです。
【今後の作者について】
上記の通り、しばらくは小話を不定期更新しているつもりです。
また、なんとなく書きたくなったお話を現在未公開のまま書き進めています。これは全て書き終えてから投稿する予定ですので、少し先のことになるかと思いますが、ご縁がありましたらまたよろしくお願いいたします。
あらためまして、皆様本当にありがとうございました!




