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狂騒劇 12

 サルマンと共に、ホールへ戻る。

 エティゴにはシンファさんへ適当に賛辞を贈らせ、潔く引き下がらせた。

 それこそが今は最適だと吹き込んだ。


「サルマン伯、上はまだ?」

「残ってやっている者もおるでしょうな」


 そうですか、と呟いたエティゴがこちらをチラリと見て、思案するような素振りを見せる。

 

「ダイコック伯はおられますかな?」

「む、それは分かりませんな。何用で?」

「いえ。いや、良いのです。また挨拶することにしましょう」


 劇場入り口の外まで、サルマンが見送りに出て来る。

 と思ったが、少し離れてもまだ着いて来る。

 エティゴは広場の階段では無く、劇場の横手へ歩いていく。

 なんだ?

 暗がりになった劇場の壁を背に、エティゴが振り返る。


「ラスター、サルマン伯を紹介しておこう」

「えっ、はい」

「いや、彼のことは知っている」


 そうか、エティゴめ抜け目無くサルマンに既に打診していたのか。

 まあ、言ったのは俺だ。

 しかし、こいつがどういう動きをするか、今となっては邪魔になったな。

 行き当たりばったりじゃこんなもんか。


「ルンカト公の保護を受けているそうだな」


 苦々しい顔でそう言ってくる。

 

「庶民が私に大きな態度を取ってくる訳だ」

「何、ラスター、お前サルマン伯にも噛み付いたのか?」

「いや。申し訳ございません、サルマン伯。どうも跳ねっ返るのが私の悪い癖でして」


 呆れたようなエティゴだったが、相対的に自分が侮られた事実が軽くなったのだろう。

 機嫌の良さそうな調子だ。

 

「お前はそんなことだから見限られるのだ。今までたまたま上手くやってきたようだが、我々がその気になればそれまでだという事、しっかり学ぶ必要があるな」

「申し訳ございません、サルマン伯、エティゴ様」


 サルマンは冷たい目でエティゴを見ている。

 我々、という所が癇に障ったか。

 と、探知の膜に反応があった。

 今いる場所の更に奥。

 そう遠くない。


 粒子を飛ばすと、1人の大柄な人間がこちらへ音も無く歩いてくる。

 今反応したということは、こいつは動かず最初からここにいた?

 

「サルマン伯、あの女は今後――」

「いかほど頂けるかにもよりますな、私の立場としては――」


 バカ共め。

 お前らがどんな脚本を書いても無駄だ。

 そんなことより、後ろに気付けよ。


「お2人共、後ろに誰かいますが」


 何っ、と驚き慌てて振り返ったところに、僅かな光が当たる場所へ出てきたその顔は――ボルグだ。


「ボルグ! お前どこへ行っていた。何故勝手に仕事を放り出したのだ」

「お前はエティゴ殿の用心棒か」


 薄っすら口元に笑みを浮かべたボルグは、俺を見据えたまま首を振る。


「俺はここに居ただけだ。まさか、そっちから来るとは驚いたがよ。ああ、用心棒ならクビでいいぜ」

「何、貴様、どういうつもりだ」

「あんたら帰っていいぜ。俺が用があるのはそこの坊ちゃんだけだ。ん? でも逃げられると面倒だな」


 再び探知を全開にする。

 こいつ、背中に剣を持っている。

 そして探知するまでもなく、明らかな殺気を放っている。

 なんだこりゃ、どういう展開だ。


「ラスター。まさか逃げたりしねえよな? いや、逃げてもいいがよ。あの女も、シンファも、みーんな死体に変わるぜ?」


 ニヤニヤと笑いながらボルグが剣を抜く。

 ちっ。イカレた野郎だ。


「おい、どういうことだ! シンファを殺すだと! あの女は儂のものだぞ!」


 エティゴが叫ぶ。

 サルマンは青い顔で、突然の成り行きに身を竦めている。


「本当におめでたいぜ、てめえはよ。豚野郎が、俺様に散々偉そうにしてくれたよな。やっぱてめえも殺すか。どうせ俺は終わりだ」


 終わり? どういう意味だ?


「気分がいいぜ。ああ、覚悟を決めりゃスッキリするもんだな。なあ、ラスター、勝負しようってつもりはねえんだ。てめえが切り刻まれてくれりゃ、それでいい」

「警備兵! 不審者だ!」


 サルマンの金切り声と共に、ボルグが地を蹴る。

 どうする?

 サルマンとエティゴは逃げれば良いものを、モタモタとこの場に居る。

 計画の事、今後の事。

 こいつらが死のうが生きようが、どちらに転んでも俺は痛くない。


 ネイハム様の意を汲むなら、エティゴを助ける。

 ボルグがエティゴを殺してくれれば、後腐れなく今回の件は俺とシンファさん達にとって終わりにできる。


 幸い、舞台に備えて俺も武装してきている。

 服の下に腕甲やナイフがある。

 ボルグの動きをいなしつつ、踏み込まれないよう距離を取りながら戦えば、やれる。


 シンファさんやルシアさんを殺すと口に出した時点で、俺も逃げようとは思っていないよ、ボルグ。

 俺も、逃がすつもりはないぞ。

 

 腰の後ろに隠して差してあったナイフに手を伸ばしながら、ボルグの動きに対応するため体を低くしてバネを溜める。


 剣が振られてからでは遅い。

 振る前に動かなければ、人間の身体能力では全てに対応しきることはできない。

 だからこそ、構えがあり、受け攻めの技がある。

 

 相手の動きが分かるとはいえ、避けることだけに徹し続けるよりも、相手の動きを制限してしまった方が安全度は高い。

 大上段から落ちてくる剣を、後ろに下がりながら避ける。

 本当ならここで終わりだ。

 ナイフを顔に突きこむなり、投げ込むなりできる。


 だがトチ狂ったエティゴの用心棒を、どう処理するのが一番良いだろうか。

 俺にとって看過できない発言をした以上、危険を考えれば最低でも牢にぶちこむなりしたい。


 俺を追って更に踏み込んだボルグが、斜め下から切り払うように剣を跳ね上げてくる。

 これは牽制に近い。

 更に肉薄すべく踏み込むボルグと同時に、横っ飛びに回りこむ。

 サルマンのいる方へ。


 わざとサルマンともつれ合うようにしながら、服を掴んでわずかに俺の前に出す。


「邪魔だ!」


 叫んだボルグの剣が動き出す瞬間に、ガシッと両手でサルマンを掴む。

 最高に集中しながら、サルマンの押さえ込んだ腕を剣が掠めるように、サルマンの体をコントロールする。


 サルマンを放り捨てながら、右手に持ったままのナイフをしっかり握りなおし、ボルグの剣の腹に先端を押し当て上へと跳ね上げる。

 そのままピッ、とボルグの持ち手にナイフを軽く滑らせ、再びサルマンを引っ掴むと後ろに下がる。


「サルマン様、大丈夫ですか」

「く、くっ、わ、私を……」


 最後まで聞く余裕もない。

 割り込むように再びボルグの前に出る。

 さあ、大義名分我に有り、だ。

 

公、候、伯

 これらの文字にはその一言だけで敬意を表す格がある為「爵」は省略しても構わない。公爵様、などと言う呼び方はむしろ爵位の前の部分を省略しているので失礼に当たり、身内しか用いない愛称に近い。子爵、男爵は二文字合わせて尊い言葉となる為省略は厳禁。

 庶民の間では先の使い方「公爵様」などは教養の浅い者の可愛い過ちとして、ある種の阿りを含み使用されたりする。

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