狂騒劇 11
ソル・オ・デンサ公演2日目。
前回噂になったのか、貴族の中でも愛好家達がこぞって足を運ぶようです、とリオスさんが教えてくれた。
今回俺は裏方として登録をすませ、控え室にいる。
王都に来た俺に舞台を見て貰う、という名目でハリーが一座に説明してくれた。
チケットなど購入できないからだ。
レーベントのあれから間もない。
すんなり受け入れて貰えたのは、シンファさんやルシアさんが即座に賛成してくれたせいもあるだろう。
「良い舞台になるよう、今は集中して下さいね」
「勿論よ。舞台で他の事なんか考えられないわ」
シンファさんはこの舞台の後、エティゴと接触する為に動いて貰うよう打ち合わせ済みだ。
エティゴにも伝えてある。
ハリーが劇場に掛け合ってエティゴの席を押さえてくれた。
金は俺持ちだ。
エティゴよ、せいぜいシンファさんの舞う姿を見て昂ぶらせるがいい。
「じゃあ、行ってくるわね」
「頑張って下さい」
係のスタンバイを告げる声で、一座が控え室から出て行く。
ハリーとルシアさんも、軽く俺に手を上げる。
俺も控え室を出て、歩く。
首から下げた登録プレートを揺らし、通路奥の階段を一番上まで登る。
貴族席の斜め前方、更に高い位置で、舞台はやや見にくいものの、暗くなった劇場関係者用の小さなバルコニーに出ると、手すりにもたれて様子を眺める。
貴族達は2階サロンで、舞台終了後のパーティーに興じているだろうか。
明りが落ちた1階通路を、エティゴと共に歩く。
エティゴは支配人のサルマンから、あっさりと許可を取っていた。
劇場に残ったシンファさんが、エティゴへの謝罪として舞台で待っている。
「ラスター、何を企んでいる」
「エティゴ様への奉仕です」
「何だ? わからんぞ」
「言葉で謝罪させても、体を無理矢理屈服させても、それだけのことです。心を服従させてこそ。女をモノにするとはそういう事だと思われませんか」
エティゴが眉を顰める。
「お前は儂が思っていたより随分と悪党のようだ。だが、儂はお前程女に執着などせん」
「シンファなど舞台を降りればただの庶民です。そこらの女と何も変わりませんよ? 言いなりになる娼婦を抱くのと何が違うというのです?」
エティゴが黙る。
プライドをくすぐってやる。
ちっぽけな肉欲を満たせさえすればいい、などと俺のルシアさんへの掌握ぶりを見れば、こいつは言い出せないはずだ。
俺以上に女を支配できなければ沽券に関わる、そんな部分を引きずり出す。
「エティゴ様に尽くすようにするのです。舞姫のまま」
ピクリ、とエティゴの瞼が動く。
「シンファは気の強い女ですが、今は半分折れかかっています。劇団のために。体を差し出せといえば頷くかもしれませんが、それで終わりです。奴隷のように飼い続けることもできるかもしれません。ただ、それでは死体を抱くのと変わりないでしょうね」
「いいですか。シンファのパトロンとして君臨するのです。エティゴ様に負い目があるシンファを飼いならすチャンスなのです。他の貴族が望んでも、できないことです」
「想像してください。舞台に上がり、喝采を浴びるシンファの姿を。人々が酔いしれる中、シンファが舞姫のままエティゴ様に抱かれにくる姿を」
「いかがですか? 先程ご覧になったでしょう。あの姿のまま、思う様蹂躙できるようになるのです。私とルシアにお任せください」
とにかく、劇場でエティゴを狂わせることだ。
シンファさんに執着すればするほど、エティゴの狂気は増すだろう。
ある程度懐に入り込んだ今、主導権をこちらで握り、何とか誘導していきたい。
エティゴは興奮しているな。
俺も同じ想像したら興奮するよ、分かる。
「ラスター、お前は儂に謝罪するべきルシアという女とシンファの、2人分の責任がある。分かっているのだろうな」
「エティゴ様、お任せを」
「ルンカト公だけではない。儂に連なる貴族も大勢いるのだ。せいぜい必死になることだ」
自分に連なる、など良く言えるな。
舞台への扉を開ける。
暗い客席と僅かにランプに照らされた舞台が見える。
すぐ近くに、手燭を持ったサルマンが居た。
「サルマン伯。ご無理を聞いて頂き感謝しますぞ」
「いえ、エティゴ殿。して、何をするのですかな?」
俺から説明するとサルマンは目を細める。
「では私も後ろで見ておりますので。宜しいですな?」
「……勿論です、サルマン伯」
一瞬間が空くが、エティゴは笑顔で応じる。
気に入らないだろうが、伯爵には面と向かって逆らえないのだろう。
エティゴと共に一番前の席まで歩くと、中央に腰を下ろす。
「エティゴ様のために、一幕ご披露するとのことです。まずはそれをご覧下さい」
「ほう」
パンパン、と手を打ち鳴らす。
ハリーとルシアさんとシンファさんの、扇情的な即興芝居が始まるはずだ。
下品な会話させやがって、気分悪ぃ。
3人の見事な舞台に集中して気分を改めたいが、そういう訳にもいかない。
エティゴ様お一人のものです、と言い残し客席を離れ、舞台袖に上がる。
探知を全開にする。
エティゴが何か仕組んでいる可能性も捨てきれない。
3人を守るのが、俺の仕事だ。
霧を最大で展開する。
激しい動きに反応し、時間の流れが遅く感じる。
粒子は客席のサルマンとエティゴしか捉えていないが、壁に空いた穴からいきなり矢が射出されるともしれない。
まあ、その時はどう足掻いても間に合わない可能性が高いが、やるべきことをせずに後悔もしたくない。
長い、長い時間を感じる。
3人の動きに思考を持っていかれそうになる。
まるで自分が動いているかのような、不思議な感覚だ。
舞台の中央部分までしか霧が届かないので、3人同時の時間はそう長くない。
だが逆に、1人になった際の動きは鮮烈に、俺の頭の中に入ってくる。
やがて舞台の幕が下りる。
ここまで長時間複数の人間が激しく動き回るのを霧で探知し続けた経験は初めてだ。
俺としても学んだことがある。
良い経験になった。
「お気に召しましたでしょうか、エティゴ様。エティゴ様へ捧げる、私の舞にございます」
舞台に膝を付いたシンファさんが告げる。
おっと。
舞台を飛び降り、エティゴの傍へ駆け寄る。
「いかがです、エティゴ様。これは手始めにございます。今日の所は、これで。後日、屋敷に」
「今日呼べ」
「大きなところを見せてやるのです。長くはお待たせしません。決して逃がしませんので」
濡れた瞳でシンファさんを凝視している。
充分な気もするな、これ。
「わかった。お前の言う通りすれば、間違いは無いのだな? 責任は取らせるぞ」
「お任せを」
こいつの女衒になるとは思いもしなかったな。
しかしカエルと思ったのは間違いだ。
まるきり、涎を垂らした犬だな。




