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土産 10

 レーベント夏祭り2日目。最終日。

 この日は前日の泊まり客の影響もあり、朝から街が人でごった返している。

 まさにお祭り騒ぎというやつだ。

 今朝はいつも通り起き、カイマンさんと朝の挨拶を交わした。

 俺とは逆に昨夜警備に就いていた連中は寝ている者が多い中、ケビンは元気良くおはようと挨拶をするとどこかへ出かけていった。

 本当によく分からない奴だ。


 昨日少しとはいえ、舞台を見たおかげで旅芸人の演目に興味が湧いた。

 せっかくタダで見れるのだ。

 今日は仕事が始まるまで俺も祭りに参加させて貰おうと思う。


 ひとまず朝食を食おうと思い、カイマンさんと行った店に行く。

 が、男一人で入るにはちょっと気が引ける感じの客入りだったのでやめた。

 並んでいた女の子の集団に、あ、警備の人だ、と言われたのもデカい。

 きゃあきゃあ笑われたが、あれは意味も無く笑う年頃なのだと強く自分に言い聞かせる。


 やっぱり居場所無えなあ。

 どこも混雑しているか、家族連れや友人恋人同士で並んでおり、そもそも野郎一人で歩いている奴がいない。

 あきらめて屋台で済ませる。

 配られていた舞台の演目を見ると、今の時間やっているのは歌う詩人楽団という良く分からないヤツだったのでパスする。


 演劇や軽業師など、面白そうなものは昼からだ。

 大人しく部屋でゴロゴロしよう。



 宿舎に戻ると4班の奴らがだらしなく屯していた。

 森にいた奴が3人いる。

 俺の顔を険しい目で見てきたので立ち止まって見つめ返してやる。

 言いたいことがあるならはっきり言え。

 

「おいクソガキ、何見てんだ」

「見られてたら何だろうと思って見ませんか?」

「なめやがって。今は勘弁してやるがよ。行っちまいな」


 こいつらの売ってくる喧嘩なら別に買ってもいい。

 俺が一人で居場所が無いというのにこんな奴らでさえつるむ人間が居るなど許せん。

 勝てない喧嘩なら買わないけどな。

 部屋に戻りベッドに体を投げ出し、両手を頭の下で組むと小さく聞こえてくる音楽に耳を傾ける。

 

 さっさとターゼントに帰りたい。

 だが、自分の居場所など屋根裏か市場しかない。

 何が一番立派なものか。

 居るべき場所のために努力しているケビンの方がよほど立派だ。

 ささくれ立つ心に蓋をすると、目を閉じる。




 結局億劫になった俺は仕事の開始まで一時間となったところでようやく会場へ向かう。

 制服を丸めて抱えた俺が歩く先に、見慣れぬ櫓のようなものが建っている。

 王国正規兵が周囲を固め、その周辺だけ柵で囲いがされている。

 例の特別席だろう。


 舞台では派手な衣装の旅芸人達が軽業を披露していた。

 梯子や階段を使って空中にクルクル跳び上がったり、衣装に負けない派手な動きで観客を沸かせている。


 舞台前の観客席の端に立ち、見物する。

 自分にもああいう動きができないものか。あのしなやかで柔軟な動きは、回避に役立つに違いない。

 とそこに、後ろから近付いてきた人物が肩に手を伸ばしてくるのを察知する。

 瞬時に伸ばした糸に危険はない。


「ラスターさん。探してたんですよ」

「アンナさん。来てたんですね」


 思わず顔が綻ぶ。

 孤独に一滴の潤いを与えられたかのような、瑞々しい喜びが湧いてくる。

 三枚の薄い掛け衣を帯で留めた衣装は、伝統的な女性の祭礼服だ。会場でも見かける。

 アンナさんの美貌が更に際立つ。

 今すぐ舞台に立つべきです、と思わず待機所にエスコートしてしまいそうだ。


「初めまして。アンナからお噂はかねがね」


 邪魔です。

 顔だけは笑顔で旦那と握手する。

 しばらく当たり障りのない祭りの話をし、知っている店の情報などを伝える。

 あの雑貨屋は行ったことがあるようだ。


 仕事が始まるのでこれで、とアンナさんの姿を目に焼き付けて別れる。

 帰りが遅くなると困るので最後までは見ていけないらしい。

 夜までの予定を楽しげに話し合っている2人を前に、笑顔の俺の心はすっかり乾いてしまった。


「お疲れ様でしたー。交代でーす」

「お疲れさん。じゃあ、後頼むね。今ここだから」


 昨日と同じようにカイマンさんと交代する。

 本部テントの裏で素早く着替えるつもりだった俺は怒られたので、待機所に入り施錠し着替える。

 番台の下に着替えを放り込み、さて、と首を鳴らす。


 祭りの本番は夕方からだ。

 人は多いが熱烈なファンがいる一座の出番はまだ先なので、今のうちはゆっくりできる。

 シンファさんの一座は本日2回公演だ。

 おそらく途中で引き上げる特別席の連中に配慮してのことだろう。

 まだ貴族達は到着していないが。



 夕闇が漂い出す頃には、俺も忙しくなっていた。

 シンファさん一座の演目が迫る。

 特別席にも貴族や商会組合のお偉方が到着している。街の役人やゴードンさんが出迎えに行くのを見かけた。


「はい皆さん、良い舞台が見られるようこっちも協力しましょうね。手は伸ばしたりせず、拍手に使ったりして下さいねー。こっち側に伸びた手は僕が舐めちゃいますよー。女性の手だけ」


 出番を終えた一座が待機所横でファンを相手にしている中、シンファさん一座が待機所に駆け込んでくる。

 ひとウケした俺は全員の許可証を素早くチェックしつつ、中へ通す。

 シンファさんが現れると、キャー! と大歓声が上がる。


 許可証を手で見えやすいよう掲げたシンファさんはパチリとウインクし、中へ消えていく。

 お高く留まっているスターもいる中、警備の傭兵にしか過ぎない俺にも挨拶してくれる。

 俺も彼女のファンになってしまいそうだ。


 相変わらず津波のようなファンの大移動を引きつれ、一座は舞台へ向かう。

 昨日とは劇の内容が違うらしい。

 束の間訪れる空白の時間、俺も存分に舞台を堪能した。

 ターゼント役場でアンナさんとこの舞台について語り合えたら楽しいだろう。



 目まぐるしい警備に忙殺され続け、やはり弁当は手付かずのままだ。

 ようやく祭りの最後を締めくくるシンファさん達の最終公演を送り出し、一息付く。

 特別席のランプは明かりが落ちている。

 もう帰ったのだろう。


「ラスター君、お疲れ様」


 カイマンさんがやって来た。

 一応今回雇われた傭兵は不公平にならないよう、後半組の仕事が終わるまで拘束となっている。

 仕事が終わったカイマンさんは存分に祭りを楽しんだだろうか。


「カイマンさん。目玉の舞台見ないと」

「勿論。その前に教えておこうと思ってね。仕事が終わったらどうするんだい?」

「明日帰ろうと思ってます」


 祭りが終われば大量に待機している乗り合い馬車が各地へ向け出発する。

 この日のために特別に許可を得た夜間仕様の馬車だ。

 ターゼントとレーベントを結ぶ便は複数の便が往復を続けるので俺も帰れるのだが、宿舎は今日まで使うのは自由なので明日ゆっくり帰ろうと思っている。


「そうか。今日泊まるんなら祭りの打ち上げがあるんだけど、私らも参加できるからさ」


 そういうイベントもあるのか。

 マジで最高の仕事だな。

 わざわざ教えにきてくれたカイマンさんは舞台を見に戻っていった。

 味気ない弁当はいいや。

 打ち上げなら豪華な食事があるだろう。


祭りに関して

 為政者が貴族である為、庶民主導の大々的な催しは否定的な扱いをされる。その為ほとんどの地域でこうした大掛かりな催しは規制され、こじんまりとしたものに留まる。王都以外でこういった試みに風穴を開けたのがレーベントだが、南部領主の寛容さが大きく影響している。


旅芸人

 今一番民衆の間でスターと目されるのが旅芸人。堅実な社会の中で放浪し、瞬間の煌きを見せるその姿に憧れを抱く若者が多い。だが上演場所やその機会を探すのが大変であり、ホームの芝居小屋で稼ぐ事がほとんど。その為お目当ての旅芸人が近在で公演をするとなると追っかけが発生する。彼ら旅芸人の理念は「多くの人を楽しませる事」。

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