土産 11
登場人物紹介
エティゴ……レーベントの祭りに招かれた王国商会組合幹部。
ガヤガヤとざわめく会場に祭りの後の寂しさは無い。
皆一様に満足しきった表情をしている。
それだけ舞台が素晴らしかったのだろう。
待機所に施錠し、着替えを持って本部へ向かう俺も同じように満足している。
仕事もなかなか楽しかったし、最後の舞台は特に素晴らしかった。人の一生に残るような思い出を生み出し続けるあの一座は、偉大な英雄にも負けない功績を残したとして称えられてしかるべきだ。
前半組も集合しており、全員が揃うのを待ってからゴードンさんが話し始める。
「皆ご苦労だった。おかげで今年の祭りも無事に終えることができたことを感謝する。君達の仕事はこれで終わりだ。今から報酬を受け取って解散となる」
「説明した通り宿舎を使うも帰るも自由だ。余裕がある者はこの後街の打ち上げがあるので参加して構わない。費用はいらないのでな。では、解散する」
制服は各自今返却するかロッカーに入れておくかということだったので、遠慮なくその場で着替える。
もう止める人間もいない。
後半組は俺以外ロッカーに入れておくしかないだろう。
流石にこんなものをネコババして経歴に傷を付けることを選択する奴もいないはずだ。
「ラスターはどうするの?」
「今日は宿舎に泊まるから、参加するよ」
制服姿のケビンが尋ねてくる。
最初見た時はなんとも似合わない姿だ、と思ったものだが、見慣れたせいか違和感が減っている。
「じゃあ僕も参加しようっと」
「ああ。ゆっくり楽しませて貰おうぜ」
俺が最初避けていたこともあり、ケビンとはあまり話すこともなかった。
それでも友達のように接してくるケビンに対して、なんだか自分が大人気ない子供のような気がして少し後悔していた。
といっても相手すればしんどいだろうけど。
宿舎へ戻った俺は風呂場へ直行し、水を浴びてさっぱりする。
カイマンさんを待たせているので手早くすませ、濡れた髪もそこそこに戻る。
「あ、僕もお風呂入ってこよう」
着替えを済ませていたケビンが俺を見てロッカーへ向かう。
カイマンさんを待たせていた俺は先に行くぞ、と声を掛ける。
打ち上げは役場のすぐ横の建物で行う。
泊まっていく人間だろうか、ゆっくり馬車を待つ人間だろうか、通りの飲食店からは賑やかな声が漏れている。
馬車溜まりの方からも笑い声が聞こえてくる。
友人や恋人同士なら、帰りの馬車を待つこの時間も楽しいに違いない。
役場の下には数十人の人間が集まり、こちらも楽しげに会話している。
打ち上げ会場は広いホールになっており、テーブルにはすでに沢山の料理が盛られていた。
酒やグラスも並んでいる。
レーベントの街の人々が大声で宴会を始めており、互いに労い合っているその顔はやはり満足気だ。
祭りは成功とみていいだろう。
カイマンさんとグラスに酒を注ぎ合い、早速料理にとりかかることにした。
「今年も素晴らしい祭りであったよ」
「ありがとうございます。エティゴ様」
でっぷりと太った、貴族風の衣装に身を包んだ男がグラスに注がれたワインを傾けながら運営本部委員を労う。
王国商会組合からやってきたこの腹の突き出た男は、脂ぎった顔に尊大な表情を浮かべ、数人の委員から過剰な接待を受けている。
「ボドール伯も喜んでおられた。良い舞台であったと」
「それは。我々としても喜ばしい限りです」
打ち上げ会場から二部屋離れたこの部屋はエティゴのために設えられた貴賓室になっている。
田舎街とはいえ都会のセンスを積極的に取り入れ、街の発展に努力しているレーベントの街を預かる街長の部屋より華美だ。
運営委員にとっては貴族や議会の役人もだが、このエティゴこそ最も接待しなければならない相手であった。
祭りの収益は旅芸人、傭兵団、その他諸々に払う報酬などの経費を補って余りある額を叩き出すまでになった。
これまでの長い努力の結果だ。
しかしながら移住を選択してくれる人間の数は少ない。生き物を相手にする仕事は流行らないのだ。
街から出て行く若者は多いのに、だ。
レーベントの牧畜・酪農産業を変える訳にもいかない。
今から方針転換を図ったところで、後発の街が先を行く他の街に追いつけるだろうか?
第一、レーベントの産業は街として黒字収益なのだ。失敗して赤字財政ならともかく、うまく行っている産業を捨てるなど馬鹿げた話だ。
後継者がいなくなれば街に未来はない。
生活環境も田舎街からの脱却はできたはずだ。
家畜の匂いも対策した。
なのに。
レーベントは豊かなまま痩せていく。
街を挙げて次に取り組んでいるのが街道の誘致だ。
レーベントは立地上、西の支道を使って本街道へ出るか、南西のターゼントへ出るかの選択肢しかない。
北西の王都へ向かう直接の街道がない。
おまけに西の支道は整備されておらず、距離は長いのに道幅も細く輸送に使い辛い。
東に行けば海岸沿いで、こちらは地形の問題でもっと不便だ。
西の支道を独自に整備しようにも、国内の防衛面で勝手な整備は許可されていない。
祭りの集客効果で、とも思っていたが一向に話が進まない。
数年前から街道に関わる有力者を祭りに招待するようになって、ようやく動きがあった。
それがこのエティゴだ。
一人の貴族だけを招待するのは露骨すぎて外聞が悪い。
なので毎年王宮に招待状を送り、誰が来るかは任せている。貴族に働きかけることはしていない。
議会の役人もそうだ。
誰が来るかまではわからない。
唯一政治から離れた組合だけが、レーベントが手を伸ばせる場所だった。
レーベントにも組合に参加している商会がある。
政治機構から離れているとはいえ、組合幹部は経済の面から政治に影響力を持つ。
なんとか手繰り寄せたこの細い糸を活用するべく、街の人間はエティゴに街道誘致に関して働きかけを嘆願しているのだ。
「エティゴ様、今年の祭りはいかがでしたでしょうか? レーベントのアピールになりましたでしょうか」
「さっき言ったであろう。素晴らしかったと」
そんな事が聞きたいのではない。
街道誘致の話が王都議会で出るかどうか、が聞きたいのだ。
街道が出来ればすぐに後継者も出来るという訳ではない。
ぐずぐずしていればそれだけ、レーベントは老いていくというのに。
具体的な話が出てこないにも関わらず、エティゴは毎年それとなく上手くいっているようなことを匂わせる。
街としては業を煮やしている。
エティゴに上手く搾り取られている、という可能性も否めない。
多額の献金も行っているのだ。
だが騙されたとしても、街道誘致のために賄賂を贈りました、などと言えるはずがないのだ。
街もエティゴもそれを分かっている。
「街道に関しては心配するな。ボドール伯は議会にも顔が利くお方だ。儂から今日の話題を話して、レーベントの窮状も訴えておこう。この素晴らしい街が立ち行かなくなるなど、あってはならないことだからな」
「よろしくお願い致します」
エティゴが力を持っていることだけは事実なのだ。
レーベントから王宮に何度も出した、街道に関する嘆願書が取り上げられることは無かった。
諦めと共に、頭を下げる。
「ところであの一座の、なんだったかな。あの、舞姫だ」
「シンファ殿でございますね」
「おお、そうだ。儂から労いの言葉をかけてやりたいという、あの件はどうなっているかな」
「ちゃんとお伝えし、招待してあります。後ほど、お会いになりお言葉を頂ければシンファ殿もお喜びになるでしょう」
たるんだ頬の肉を揺らし、エティゴが満足そうに頷く。
商人として財を築き上げた計算高い目に、妖しく淀んだ光を宿しながら。
街道管理
レプゼント王国の街道は全て行政が管理している。王都で一括管理されており、商人の利権に絡んだ貴族の思惑などが影響している為、未だその利便性は充分とは言えない。一方で建前として街道を増やせば国内の防衛体制にも影響が出る為、この問題は先送りされ続けている。




