土産 4
登場人物紹介
ケビン……レーベントで知り合った傭兵見習い。傭兵団長の息子。
ゴードン……レーベントの警備を仕切る傭兵の老人。
カイマン……ラスターが組む事になったくたびれた中年傭兵。一般傭兵。
レーベントの街は華やかな飾りつけが施され、ルンカト並みの人で賑わっている。
そこら中を馬車と商人が行き交い、案内の立て看板や、紐と杭でできた仕切りが住居と街の通りを隔てている。
ターゼントから臨時の乗り合い馬車で来た俺は、役場を目指して歩く。
レーベントは意外にも、家畜の匂いが全くしない。田舎のあの匂いを想像していた俺は、乳製品だろうか、少し甘い香りの漂う空気に驚いていた。
街の中央にある丸い屋根の建物が役場らしい。
動き回る人々の中で、そこだけ動かず思い思いに屯している男達がいる。
格好を見るに、俺と同じく警備を引き受けた連中だろう。
手持ちぶさたにだらしない格好をしている男達の視線を無視し、役場へ入る。
確かにエミーの言う通り、傭兵は普段の態度にも気を付けたほうが良さそうだ。
一目で嫌いになれた。
「警備の仕事で来ました」
「はい、ようこそレーベントへ。お預かりします」
ターゼント役場の判子入りの書類を渡す。
ダズの助言通り、早目に来た。
が、今回はあまり効果的では無かったらしい。
時間になるか全員集まるまで申し訳ありませんが外で今しばらくお待ち下さい、と言われてしまった。
めんどくせぇ。
この感じは俺は良く知っている。
日雇いで散々経験してきたからだ。
見知らぬ連中と距離感を測るような、上下関係を窺うような、気まずい檻にぶちこまれたかのような待機時間になる。間違いない。
雇い主の指示に従い外へ出る。
一人でそれっぽい男が来れば容易に見当が付くのだろう、外で億劫そうな空気を放っていた連中の視線が再び俺に向けられるのを感じる。
無になるのだ。
音で表現するならすーん、だろうか。
表情も気配も殺し、空いた壁際へ張り付く。
「君も警備で来たの? 僕はケビンっていうんだ」
「ああ。ラスターだ」
俺と同じく一人でいた近くの男が話しかけてきた。
金髪で癖の無い綺麗な髪だが、おかっぱ頭に見える。ヘアスタイルの変更をお勧めする。
「レーベントの人? 僕はここからもうちょっと北にいった――」
隠密の努力も空しく絡まれたが、このケビンなら話相手としては合格だろう。
相方がいればそれだけでソロの連中の探りあいからは開放される。
お喋りケビンは17歳だそうだ。
父親が団長を勤める小さな傭兵団を継ぐべく、こうして外の依頼があれば積極的に参加しているそうだ。
まだ見習いだけど、今のうちに傭兵の世界の見聞を広めておくんだ。
誇らしげに語るそばかす混じりの顔に屈託は無い。
色々話してくれたおかげでケビンについてわかったことがある。
こいつはとんだ坊ちゃんだ。
父親の傭兵団に2年所属して未だに見習いでいることに疑問も感じていないらしい。
そしておそらく、周りの傭兵の反応を見るに、ケビンは俺が来る前にも他の連中に同じように話しかけ、相手にされなかったと見える。
めげずに俺に話しかけてきたのは社交的とも言えるが、空気を読め。
周りの連中はお前の能天気さに明らかにイラついてるぞ。
オッサン、お前は何回舌打ちするんだよ。
まあ、気持ちは分かる。
アホガキが将来安泰の身でいることを臆面もなく語るのが癇に障るんだろ。
適当にケビンの相手をしながら待つ。
二十人近く集まったところで、役場の職員が出てきて俺達を2階へと集める。
「今回皆さんの指揮を執るゴードンさんです。この街の警備の責任者を務めていらっしゃいます」
年季の入ったゴードンという初老の傭兵は、傭兵団を引退して故郷のレーベントに戻ってきたそうだ。
職員が経歴まで紹介したのは、多分俺達が指示に従うよう誘導しているのだろう。
「えー、では今回君達にやってもらう仕事の説明をする。地図を」
職員が正面の板に大きなレーベントの見取り図を張り出す。
なるほど。
家畜を飼育する場所は街から距離を取って離して一箇所にまとめてあるのか。
レーベント、広大な牧場、飼育舎と飼育員施設、大きく3つの区画に分けられている。
「祭りの会場となるのは主にこの牧場部分だ」
街側の牧場の一画を指す。
「こちらから先は牧草地帯となっている。仕切りはあるがまず一つ、ここから先に祭り客が行かないように警備を配置する」
「会場での盗難や街の住居の警備などは王都からウィルワーズの連中が来て行うので、君達はこちらには行かなくていい」
ふーん。
まあその方が良いだろうな。賢いね。
「牧草地帯の警備の他に、祭りの運営を行う街の住人以外立ち入り禁止にしている場所がいくつかある。この部分の会場外周と、ここ、ここ、ここだ」
「君達には分かれて今言った場所に立ってもらい、声掛けをしてもらいたい。毎年、入ってこようとする人間が後を断たんのでな」
俺を含め傭兵達の間には冷えた空気が漂っている。皆、無言だ。
中には良い歳をした男もいる。
15の見習いがやるような仕事だが、しかし文句も言えない。嫌なら受けなければいい。
3日で三万ジェル近く、それも寝床と食事付きのこの仕事を捨てられるような人間がこの中にいれば、だ。
一通りの説明を受ける。
特に難しいことは何も無い。
ここから先は入っちゃダメですよ、という制止と、トイレはあっちです、というような案内をするだけだ。
酒が入って前後不覚になるような奴も中にはいるので、傭兵が必要になるそうだ。
住人に危険なことはさせられないし、さりとて客は多く集めたい、か。
簡単な仕事だからといって気を抜かないように、万が一手を出されてもこちらから手を出すことは絶対に禁止だ、と言われた。
もし暴れる人間がいたら取り押さえてもいいが基本ウィルワーズに任せろ、だと。
楽でいいやね。
そう思えるのは自分がまだ傭兵として落ちきってはいない、と思っているからだろうか。
いやどちらかというと傭兵として立身出世を諦めた人間の思考になるか。
「では今から班を振り分ける。こちらで決めてあるので従って欲しい。それが終わったら君達の宿舎に案内する。昼食後、各持ち場で模擬指導を行う」
二人一組が十一組作られ、更にそれが五つの班に分けられた。
牧草地帯前に突っ立つだけの1班に二組。
外周部分を動く2班に二組。
三箇所の立ち入り禁止箇所を警備する3、4、5班に残り全部。
俺は年嵩の傭兵と組になり、3班になった。
3班は俺とその男の一組だけだ。
1班2班と違い人混みの真っ只中での警備になるが、1班だけは勘弁してもらいたかったので心の中でガッツポーズを決めた。
1班は拷問だろうな。
組になった傭兵も、くたびれた感じはあるが常識のあるまともな人だったので運が良い。
カイマンと名乗る傭兵と挨拶する。
2日間、朝の九時から夜二十二時まで開放される会場を、交代で警備することになる。
俺達は八時から配置に付くので、十四時間程を分けて担当することになる。
思ったより実働時間が短い。
担当外の時間は祭りを楽しんでくれ、とはなかなか良い仕事じゃないか。
おっといかん、日雇い根性が抜けていない。
一般傭兵について
ほとんどが「傭兵団に所属できない傭兵」。能力の問題や性格、経歴に不備があり燻っている、というのが実情。一部には雇い主専属で高額の報酬を得る、いわゆる「お抱え」をやっている能力の高い者もいるが。