傭兵の流儀 6
レプゼント王国屈指の組織であるブロンズ商会を侮っていた。
こちらが用意できるかと訊ねた品は、全て今晩中に用意すると返答され驚いた。
檻のような馬車も、だ。
既存の馬車を、檻車という昔奴隷制度があった時代に使われていたものに仕立てる、と事も無げに言われたのには空恐ろしさすら覚えたものだ。
アルトック事務所に戻ると、作戦と編成を伝えられた。
今から仮眠を取り、夜中の3時に出発。
偵察にあたる先行部隊は、それより先に出発する。3頭引きの檻車もついでに近くまで乗っていく。
俺とエミーは支援部隊に任命された。
本来なら俺こそが偵察に最適なのだが、プロの前でしゃしゃり出る気にもなれない。
偵察2名、支援2名、前衛4名、後衛3名の編成になる。俺とエミー以外は全て戦闘要員でもある。
「よし、そんじゃ今から作戦開始だ。お前ら、頼んだぞ。後発部隊もしっかり仮眠取れよ。それも含めて、始まってんだからな」
バッツォの号令でマウラット討伐が始まる。
ちなみに寝過ごす人間がいないよう、エミー以外はこのまま事務所内で雑魚寝だ。
開始から既に山場のような気がする。
野郎共のイビキに殺意を覚えた。
夜中でも王都の守りは崩れない。
後発部隊である俺達は王都守備兵、城壁守備兵の見送りを受け東へひた走る。
2台に分けて馬車に分乗した俺達は、マウラットの拠点に最も近い山の麓の村まで行く。
そこで馬車を預け、先行部隊が乗っていった、村に預けてある檻車を拠点まで運ぶ。
馬車の先端へと伸びた2本の棒に吊るされたランプが道を照らし出す。夜間に馬車を走らせることができるのも、整備された街道のおかげだ。
遠目に見れば、巨大な夜行性の魔獣の目玉に見えるかもしれない。1台の御者を引き受けた俺は探知を使いながら馬を駆る。
小1時間程で、村に着く。
マウラットを始めバンデットは村を襲ったりなどはしない。そんなことをすれば確実に王国軍の討伐対象となるからだ。
バンデットにも暗黙のルールがあり、それを破るバンデットが同業者であるバンデットから粛清されることも珍しくはない。
「ラスター、予定のポイントまでエミーと檻車を運んで来い。万一襲われた場合はお前がエミーを守ってやれよ」
「わかってます」
「行くぞ」
傭兵達が動き出す。
じゃあ俺達はのんびり行くか、とも言ってられない。なるべく音を立てないよう、素早く檻車を移動させなければならない。
「エミー、お前が御者席だ。俺は馬を誘導する。手綱は握るなよ」
完全な暗闇の中、わずかなランプの光だけを頼りに山道を登る。
馬の手綱を3本まとめて握り、先導する。
ランプの明かりは馬のためだ。
俺には必要ない。
いざとなったら消す。
目の前に本番が近付いてくると、エミーが足手まといに思えてきてしまう。
俺一人なら、もっと思い切った動きで貢献できるのに。首を振ってその考えを振り払う。
こういう所が、傭兵団に馴染めなかった俺の悪い所だ。
「エミー、怖くないか」
「怖いに決まってるでしょ。何も見えないんだから」
馬の蹄の輪唱と、檻の立てるギシギシという音が夜の森の木々のざわめきと交わる。
探知のコンディションとしてはこれ以上無い。
前も足元も見る必要のない俺は、木々の隙間から見え隠れする月を眺めながらリラックスすることに努める。
先行部隊のことは信じて任せるしかない。
「昔、夜に俺達学習館仲間だけで探検したことあったの覚えてるか」
「……うん。すっごい怒られた」
「楽しかったよな」
「どこが? あたしは怖かったわよ。まさか今もそうだって言うんじゃないでしょうね」
今か。
うーん、楽しいというのとは違うな。
なんだろう。充実している?
違うな。傭兵として仕事に参加していることに満足しているのかもしれない。
かつて傭兵団として活動していた拠点への道は、今もなお道としての役割を果たしている。
成長した木々は上空を覆い隠すようにアーチを形成しているが、幸いにも行く手を遮るものはない。
「ラスター、ちゃんと見えてる!?」
「叫ぶな。大丈夫だ」
3頭の馬は俺の先導に従い、落ち着いた足取りで山道を登る。
終わったらちゃんと労ってやろう。
「ねえ、今どの辺? 間に合う?」
「いいから、ちゃんと座ってろって。順調だよ」
エミーにしてみれば見えるのはランプの光と、その周囲の僅かな景色だけだ。
俺が思っているより怯えているのかもしれない。
難儀なことだ。
「うまく、いくよね」
「いくさ。そう、持っていけばいい。お前だって戦力の一人なんだからな」
アルトックの傭兵だろう。こちらに向かって2度、ランプの明かりが揺れる。
傍まで行き、馬の手綱を木に手早く引っ掛ける。
「ここからは静かに行けよ。合流するぞ」
男に着いて道から外れ、森の中を進んでいく。ランプには布が掛けられ、足元をわずかに照らす程度に光量が抑えられている。
エミーの手を掴み、無言で俺の背負うバックパックに掴まるよう誘導する。
しばらく先に、先行部隊の傭兵達が潜んでいるのを探知する。
「間に合ったな」
ダズの傍にしゃがみこむと、小声で状況を説明してくれる。
偵察に向かった2人が檻車を村の人間に預け、後発部隊のことも伝え拠点へ向かうと、こんな時間だというのに拠点に明かりが点いているのが遠目に見えたそうだ。
近くで待機し様子を窺っていると、武装したバンデットが3人拠点周辺の見張りに立っていることに気付いた。
この時点で動くのを控え、俺達を待ったそうだ。
バッツォの合図で傭兵達が集まってくる。
「よし、意見を出せ」
「見張りが邪魔だな」
「囲んじまえばいい」
俺ならどうするか。
相手の戦力も不明、見張りもいる。
探知を使えば反応速度は超人的になるが、足が速くなったりするわけじゃない。
見張りを一人ずつ無力化しようとしたところで、他に気付かれるのがオチだ。
館に突入さえできれば、どうにかなるか。
ひとまずその考えは置こう。
求められているのはチームとしてどう判断し、どう動くかということだ。
探知があっても絶対に成功する保障などない。
能力に頼ってすぐスタンドプレーを考えてしまうから、俺は組織に馴染めないのだ。
「火矢でも射掛けて燻りだすのは」
「ひとつの手ではあるな。だがそれで逃げ出されたら面倒だ」
「資料より人数が多くたってこっちの責任じゃねえだろ。突っ込もうぜ」
「バカか。それでこっちに被害が出たらどうすんだ」
一気に突入する、大きく包囲を掛ける、など様々な案が検討される。
「どっちにしろこっちだって夜明けを待たなきゃ動けないわけだしな」
ダズがどっかりと腰を下ろす。
「殺しはしたくねえがあちらさんはそんな事は考えねえ。だから無闇に突っ込むのは考えもんだな。最悪、俺とジェフで斬り込んでおたくらは外で連中を待ち構えるって方法でもいい」
「おい、ふざけんなよ」
バッツォの目が剣呑な光を帯びる。
無茶言うね、とジェフは笑う。
全員捕縛を言い出したのは俺だからな、とダズも笑い、怒るなよ、と声をかけている。
「最悪なのは気付かれて一斉に逃げ出される。そうですよね?」
「そうだな」
「ダズさんや皆さんならマウラットに遅れは取りませんよね?」
「当たり前だろが。じゃなきゃ初めっから無理だろ」
見張りを一斉に排除することはできるだろう。
しかし殺さない、という条件が付くと切り拓かれた拠点周辺では途端に難易度が上がる。
館内の人間に気付かれぬよう、突入するためには。
「こういうの、どうですかね」
俺は自分の考えを話し出す。
大陸における夜
特別に意味を持つ地域などでない限り、夜は明かりの無い闇の世界であり、この時間に好んで活動する人間はまず居ない。ランプは普及と共に性能が上がり、家庭における夜の活動時間は伸びたが外は未だ無人の世界になると言っても良い。馬車の夜間通行も禁止されている。王都守備圏は篝などで防衛の為の視界は確保されている。




