王都へ 17
上層の端にある迂回路は、中層から繋がる階段と同じく巨大な鉄の門で閉じられている。
ターミルと下層を繋ぐ馬車道に合流する、物資搬入や兵士専用の道だ。
ターミル側から下層へ向かうこちらの門の前は今、3台の馬車と兵士達、物資を積み込む人足のざわめきでガヤガヤと賑やかになっている。
「ラスター、ケツはしっかり頼むぜ。ぬかるなよ」
「はい」
ポンポンと、馬の首を叩きながらダズが俺に笑いかけてくる。
ジェフもリラックスしているようで、のんびりとあくびなどしている。
俺はといえば、久しぶりに腰に差した剣と、左腕に着けた小盾が手綱捌きに影響しないか確かめながら、少し馬を動かしていたところだ。
「巫女様とオーレ殿は木箱を模したハリボテで最初から馬車内に隠れている。コモーノが上手くやっているはずだが、お前も目を光らせておいてくれ」
今朝早くにネイハム様から言われた通り、ブロンズ商会の人足達が荷を積み込む時に巨大な木箱に手を着けないか、探知で監視している。
そしてもし魔族がいれば、俺の体から数十本の黒い糸が触手のように伸び、周囲の人間を撫でているのが見えるはずだ。
この中に不審人物はいない。
「皆さん、そろそろ出発です」
支店長のパトロさんが近づいてきて、俺達に声をかける。
この場にはネイハム様もコモーノさんもいない。
すでに俺に託されているのだ。
3台の馬車を先導するようにダズとジェフ、最後尾に俺が着く。
実は俺にとってかなりプラス要素となるのだが、俺の馬車の御者はなんとエイゼルさんだった。
これは本当に有り難かった。
エイゼルさんが御者を務めるからこその、今回のザルにも思える依頼だったのかもしれない。
ここに集合した時、目深に被ったフードを持ち上げ軽くウインクしてくれたエイゼルさんの顔はとてもチャーミングだった。
まったく、サプライズが好きな主従だ。
「開門!」
巨大な鉄の門が左右に押し開けられていく。
ダズとジェフを先頭に、馬達が動き出す。
最後尾の俺は見送るパトロさんに一度手を振り、馬の腹を軽く蹴る。
さて、いよいよだ。
迂回路を下り、馬車道に合流した馬車団は、ゆっくりとしたペースで進んでいく。
馬車道に差し掛かったところで、ターミル側からこちらへ向かう旅人達を、兵士が封鎖しているのが見えた。
中層の横を駆け抜け、大階段下を曲がり下層の中央通りに出る。
こちらも一時的に封鎖しているのか、右の馬車帯に遮るものはなく、スムーズに進んでいく。
ルンカト入り口の馬車溜まりを横目に、街道へと飛び出す。
「ラスター、こっからは手はず通りにいくぞ」
「わかりました」
「雨降らなくて本当に良かったよね」
馬を下げ俺に接触してきたダズとジェフは、一言そう言い残すと馬の腹を蹴り、一気に速度を上げ馬車団の前方へ駆けていった。
2人に合わせるように、馬車も速度を上げていく。
思わず苦笑いを浮かべる。
優しい先輩達だ。
俺は馬車全体が視界に入るように、少し距離を置いて斜め後方に着く。
この距離で左右を入れ替えながら、警戒していく。
王都とルンカトを繋ぐ街道は、整備が行き届き道幅も広い。
王都から南北に伸びるこの王国の本街道は行き交う交易馬車の数も多く、最も安全な街道だ。
ただし、全くバンデットが出ないというわけでもない。
王都を中心とした東西南北、一定距離までは王国から治安を守る兵士が街道に配置されているが、その兵士が駐屯する砦は王都から1時間程の距離で途切れる。
このルンカト付近で悪さを働く連中は流石に居ないが、大都市の隙間に生きるバンデットは森の中や悪天候を狙い仕掛けてくることもあるのだ。
基本的にバンデットは通行量の多い本街道より、支道となる街道を主な戦場としている。
本街道を行き交う馬車は彼らにとって支道を行く馬車より遥かに美味しい獲物なのだが、その美味しさに比例して護衛がしっかりしているため、無理をしない。
それでも襲われることもあるが、今回こちらはブロンズ商会の旗を立てている。
天下御免の、錦の旗を。
勿論彼らはブロンズ商会の荷に狙う価値があることは知っている。
だが、おそらくブロンズ商会の荷に手を付けようというバカなバンデットはいないだろう。
苛烈な報復を受けることを知っているからだ。
ブロンズ商会という大組織を脅かす脅威など無い。
通常ならば。
ダズとジェフがリラックスしているのも、経験以外にそういった理由があるからではないか、と思っている。
「万一襲われて形勢が悪そうな場合は、荷を教えてやりゃいいんだ。軍の品だってな」
「そうだね。軍需品の輸送を襲ったとなれば、大罪どころじゃ済まないからね」
あの2人に、教えなくて良いのか。
もし襲われるとすれば、それはバンデットなどではない、と。
親身になって色々教えてくれた2人を、俺は好きになっている。
しかし、勝手に事情を告げることなど、傭兵として仕事を受けた以上許されることではない。
ネイハム様やコモーノさん達からの信頼も裏切ることになる。
考えても答えは出ない。
とにかく今は、やれることをやるだけだ。
ルンカトを出発してから1時間が経過する頃。
一度集まり、わずかな時間馬を休ませる。
思い思いに水を飲んだり、会話を交わしたりする。
見通しの良い真っ直ぐな街道で、左右は平原だ。
見張りも必要ない。
馬にも水など飲ませ、再び出発する。
途中向かいからやって来る馬車があると、先行していたダズとジェフが下がってきて馬車の横に着く。
すれ違う時は互いの速度を落とし、向こうの護衛や御者と挨拶を交わすのが礼儀だ。
無論、警戒の意味も込められている。
ここまでは問題ない。
この広い空間で探知は効果が薄いので使っていない。
自身を中心に霧を展開することも考えたが、森に入るなどするまではあまり意味がないと思いやめた。
馬車の荷台から、赤い布が出ていた。
馬を寄せ、声をかける。
「何かありましたか」
「休憩地点までどれくらいだろうか。巫女様は誰にも見られずに休めるだろうか?」
「聞いてきます」
後方を確認してから、エイゼルさんの御者台に並ぶ。
「オーレ殿が休憩地点までどれくらいかと。それと、巫女様は降りて休憩できるのでしょうか?」
「ダズモンド様とジェフリー様の判断にもよりますが、予定では後1時間程です。着いてからは私にお任せを」
手綱を引き、荷台へと下がる。
「後1時間くらいの予定だそうです。着いてからはエイゼルさんの指示に従ってください。巫女様の様子はいかがですか?」
「コモーノ殿が快適に整えてくれたおかげで問題ありません。賊は?」
「まだ接触はありませんね」
オーレは例の白い武装に剣を佩いている。
この馬車に積み込んだ荷はほとんど、鉄板を入れた空の木箱だ。
簡単に分解できるように細工してあり、オーレによって幌の内側に盾として組んである。
天気は快晴で、夏の日差しが燦々と降り注ぎ、馬が切る風が心地よい。これがただの遠乗りだったならどんなに気持ちいいことだろう。
本街道から枝別れした道の先に、小さく村が見える。
青い空と膨れ上がった白い雲。
風に揺れる草原は、平和な王国そのものだった。
ルンカト・ターミル間通用道
都市ルンカト中上層部外周をぐるりと囲むように敷設された道。下層部と繋がっており、上層と中層とは隔てられている。高低差があり、柵も設けられている為旅人がこの道から侵入する事は難しい。長く狭いこの道はターミル側からの軍事侵攻への備えでもある。絶え間なく人が通行する程往来は激しい。馬車道でもある。通行料は無い。
レプゼント王国本街道
王国を南北に結ぶ本街道は幅も広く、整備が行き届いている。本街道沿いに町や村が無いのは、緊急の軍事行動の際を考えて。連結しているのは都市のみ。一定の距離、といっても目の届く範囲内ではあるが、距離を離して町や村は建設されている。また、基本的に治安は各領地の為政者に委ねられている。




