王都へ 1
登場人物紹介
ネイハム・バランダル……レプゼント王国南部を統括する南部領主。都市ルンカトを領地とするルンカト公爵であり、南部軍の将軍職にも就いている。
レプゼント王国南部最大の都市、ルンカト。
国境都市と呼ばれるこの切り立つ崖のような丘に建設された都市は、他国との交易基地であり、国境警備の砦でもある。
といっても接する他国は1つしかなく、西に横長に広がるターミル王国1国だけだ。
正確には旧ターミル王国だ。
この王国は数年前に国では無くなっている。
ターミル自治領と名を変えたターミル王国ではあったが、戦乱などは無く、多少の混乱はあったもののルンカトにその影響を及ぼすことも無かった。
一時期交易の停止と出入国が封鎖されたぐらいか。
国境都市であるルンカトは巨大だ。
元々領土を守るための最前線基地であり、後付けとして丘をくり貫くように建設されたこの都市は、ターミル側全てが半円状の砦となっており、レプゼント側に向けて段々畑のような街を形成している。
砦の左右に蛇行するように付けられた長い緩やかな坂がターミル側との出入り口であり、軍事面で出撃より迎撃に重きを置いていることが見てとれる。
交易が盛んなターミル自治領と交わるルンカトは、「夜の無い街」として大陸全土に名を轟かす程賑わう都市だ。
その砦の一部を改装した一室に、2人の男がいた。
レプゼント王国貴族、ルンカトを本拠とする南部領主ネイハムと旅装の男。
「では、10日後に到着されるのだな?」
「はい。お2人の体調も考え、危険ではありますが強行軍もできませんので」
「こちらから出向くことはできないが、内密に応援を送ることならできるぞ?」
「いえ、こちらとしても体制は充分整っておりますので」
大都市の主の部屋とは思えない程、質素な佇まい。
石壁には地図が1枚掛けられているのみで、装飾品の類がほとんど無い。
都市内に領主館を持つネイハムではあるが、好んでこちらの執務室を使っている。
将軍位を持つ軍人らしさ、とでもいおうか。
「到着された後のことなのですが」
旅装姿の男がネイハムに封書を差し出す。
腰から抜いたナイフで鮮やかに開封したネイハムは黙って目を通す。
「了解した。こちらでも、伝手を頼って何とかしてみよう」
「私は下層街の宿におりますので、いつでもご連絡を」
男が去り一人になるとネイハムは、窓から眼下に広がる国境地帯である砂の多い荒野を見据える。
やがて身を翻すと、砦と街を繋ぐ跳ね橋を渡り、上層街へと消えていった。
そろそろ夕焼けに変わりそうな不思議な色合いを帯びた時間、初夏を迎えつつあるターゼントの街。
ターゼント以南は田舎とはいえ、街の周囲に点在する村の数は少なくない。
「んにゃ、世話かけたな。これで帰るでな」
「お気を付けて」
現在俺は、この街を訪れた人間が馬車を預ける、街の馬車溜まりの仕事をしている。
馬車といっても馬に荷車を付けただけの粗末なものから、旅用の立派なものまで様々だ。
業務の一部は、預かった馬を引き出す馬子。
そして残りは、街の外れに建てられているとはいえ、厩から街に臭いを漏れさせないための、馬の世話だ。
要するにほとんど馬小屋掃除だ。
「お前たち、今夜は外泊になるかもしれないぞ」
厩の中に繋がれた馬の首を撫でていく。
厩の板壁の隙間から見える空を眺め、夜が近づくこの時間にどことなく郷愁を覚える。
遊び終えて家に帰る、あの空の色だ。
国から認定を受けた交易馬車の旗を持たない一般の馬車は、街中の通行に関して制限がある。
そのため一般の馬車はほとんどこうしてここで預かるのだが、短期間空きができた臨時雇いのこの仕事を俺はとても気に入っていた。
馬の相手は飽きない。
「おーい、お疲れさん。もうええぞ」
「じゃ爺さん、後はよろしく」
今日の仕事はこれで終わりだ。
午前中市場、午後は馬の世話と、我ながらなかなかの働きっぷりだ。
傭兵稼業とは程遠いけどな。
この街で過ごす気楽な日々。
一方で穏やかな日々に埋もれていく不安もある。
ふう、とため息をつきながら、青と赤が混じる美しい空にしばし見とれた。
レプゼント・ターミル国境
両国を隔てる国境には防壁が建設されており、都市ルンカトが国境間を往来する唯一の門として機能している。ターミル側に若干の空白地帯が設けられており、街道から外れてそこに侵入した者は国境警備兵に捕らえられる。レプゼント側でも国境防壁に許可無く接近する事は固く禁じられている。