名は体を表す
「なっ、何なんですかあの化け物は!?」
空間の歪みより巨大な腕を垂らし出していた。基本的には脱力してはいるが、主人の命により起動し迫る脅威を払う。
聖羅が数歩下がり、魔術とは異なる方法で体内の損傷を治癒させていることは、彼女の顔色や姿勢から、そうなのだろうと――透理は察した。
ライナの炎もウォルの刃も、腕の一振りで無力化されてしまう。
応急処置を済ませたライナも加わり、二人の戦闘を遠巻きに眺めている事しか出来ない心の焦燥感。思考より行動派である透理は、動きの取れない現状にもどかしさを覚えていた。
「うぐぐ、パフは吹き飛んで……大丈夫なんだよね? うん、大丈夫。ルアは……」
透理の背後に横たわるルアの意識はない。規則正しい小さな寝息だけが彼が無事であることがうかがえた。身近な人の死が遠ざかった安心感が、透理の気持ちを幾ばくか落ち着かせた。
「ボクも何かしなきゃ……」
周囲に視線をはべらせる――家具が横転していたり、食器が地面に割れて散乱していた。この様子を改めて見ると、自分の居場所を荒らされたようで心地よくはなかった。
「……ルア、ちょっとボク達の家を踏み荒らした馬鹿を殴ってくるね」
透理の瞳に決意の表れが宿る。固く力を込められる握り拳。
聖羅が自分への注意が逸れているこのタイミングが好機と、地を蹴り、ドタドタと足音を大きく立てて拳を引き絞る。
「ボク達の家から出てけえぇぇぇぇぇぇ!!」
「チッ、先に始末するか。オキニウス!」
巨腕が大きく振るわれる。家具を巻き込んで吹き飛ばし、単純的暴力の塊が迫る。ウォルとライナが何かを口々に叫ぶが、揉みくちゃになる家具の音で掻き消されてしまう。
足を止める気はない。
眼前に迫る腕は家具諸共に透理を呑み込んだ。
「トゥリ!」
「透理さん!」
悲痛な叫びがリビングに響き渡る。一拍遅れてネットリとした含み笑い。
「ククク、ああ、コイツはバカだったな。非力な人間が単騎で突っ込むとは、自殺志願者かなにか……か?」
状況の異変を察した聖羅の含み笑いが止まる。
「うおらぁぁぁぁぁぁ!!」
「――んなッ! ば、馬鹿げたことがあるか!?」
質量ある岩の密集体のような腕の中から――霊体のように腕を透過し――横転したソファを踏み台にして、跳躍した透理と聖羅の距離は数メートルもない。
攻撃力や再生力は並外れてはいるが、反射神経は人間と同等だった。
美人の頬を打ち抜く爽快感と同時に、大切な身近な人を傷つけた報復の意を晴らした気分が余韻となって脳を満たした。
「クソッ! 久しく拳を受けてなかったから――おい、奥歯が折れただろうがァッ!!」
「――フゲッ」
仕返しだと言うように透理の胸ぐらを掴み、膝をその腹部にめり込ませる。
胃の内容物をそのまま吐き出す――聖羅の衣服にまき散らしても構わず、二度、三度と膝や拳を腹や頬に叩き込んでいく。
「トゥリ、離す!」
滑空して大鎌を回転させ、聖羅の背を刃が深く撫でる――寸前に気付き、巨腕に阻ませた。
「熾天の炎!」
巨腕を引き付けるべく手を止めないウォルの意を汲んだライナは、錫杖を構え熾天使の加護である炎を纏わせ、螺旋状に放つ。
「小賢しい!」
脱力しきった透理を炎の楯にしようと身を反転させるも、炎は透理を焼かずに聖羅だけを炎柱に捉えた。
「何故だ! 何故、このガキは――まさか、クク、そういうことか」
炎にその身を焼かれてなお、痛みも熱も感じていないように――合点がいったと笑う。
「名は体を表す、か。そうかそうか、そういう事か。実に面白いな、津ケ原透理?」
聖羅は人語からかけ離れた音に近い言葉を羅列させる――身を包む炎の柱は白い蒸気となって鎮火した。
「いいだろう。今日は帰ってやる。二割程度の力を出させたことは褒めてやるよ。次回までには連携面を何とかしておくんだな」
指を鳴らした聖羅は蒸気に包まれ――晴れた時にはその姿は消えていた。
こんばんは、上月です(*'▽')
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