透理の過去の夢
透理は夢を見ていた。
普段は夢を夢と認識できないが、どうしてか今回見ているコレは夢だと認識できる。男女二人にあやされている赤子はとても可愛らしい寝息を立てて、父であろう男の指を無意識にその小さな手で握っていた。
「ははは、透理が僕の指を握ってくれてるぞ」
「ふふ、そうね。もう、透理に貴方が取られたら嫉妬しちゃうなぁ」
「何を言っているんだい、香織。僕は香織も透理も愛しているし、透理も僕と香織を愛してくれているよ」
仲睦まじい夫婦の会話だ。
少し離れた場所からその映像を眺めていた透理は唖然としていた。あの優しそうな二人は透理の両親で、母の胸に抱かれている赤子は透理だという。この視点は誰のものか。なぜ赤子の記憶を夢として見ているのか。透理は我に返る。
知っている。この後に抗いようのない、その幸せを一瞬で瓦解させる何者かが現れることを。忘れていたが思い出した。この夢はキャストールとの遊戯中、疲れた時に見た夢そのものだということ。
「聖羅! 久しぶりだね。見てよ、可愛い子供が産まれてきてくれたんだよ」
「よっ、幹久も香織も久しいね。会って早々独り身の私に、温かい家庭風景を見せつけてくれるじゃないか」
「聖羅も家庭を持ちなさいよ。とっても、いいものよ」
「私はガサツだぞ? 誰が好き好んでそんな女と一緒になりたいと思う」
「え~、可愛らしいところもいっぱいあるじゃない」
三人は笑っている。
二人は本心からのものだが、一人は形作れられた偽りの笑い。
「名前は何て言うんだい?」
「透理だよ。透明な理と書いて、透理」
「ふぅん、いいんじゃないか。名は体を表す。魔術師として育てるつもりか?」
「どうでしょうね。常識には囚われたくないという意味合いで付けただけだから。透理が魔術師を志すのであれば僕達は歓迎するし、他にやりたいことがあると言うなら全力で応援したいと思っています。でも、出来れば普通の子として生きていってほしいですね」
ちょっとい寂しそうな幹久を香織が優しく微笑み『大丈夫よ』と慰める。
「ははは、親だねぇ」
「だから、聖羅も親になっちゃいなさいよ」
親になることを執拗に勧める香織に、拗ねたように口を尖らせている聖羅。だが、その口元は歪に吊り上げられる。
懐から取り出されたのは、日本国での所持を認められていない代物。
「ふふ、そう悲しい顔をしてやるな。きっと、彼女は立派に育つよ。私が保証してあげてもいい。だから、誕生の喜びと共に別れの挨拶を――」
女は鈍色の拳銃を幹久に向けて発砲。
赤いシミがシャツを広がり、ゆっくりと崩れ落ちる。
「あ、貴方っ!! 聖羅、一体何をしているのッ!?」
「いやぁ、お前達は邪魔だったんだよな。Sランク昇格への見込みあるやつは排除しておきたくてね」
躊躇いなく引き絞られたトリガー。放たれた弾丸は香織の眉間を穿ち脳を破壊した。
「Sランクへの昇格は私だけでいいんだよ。さて、その子の成長も楽しみだ。この二人の子供なら才能は十分にある。お前が成長して魔術師になっていたら、私が殺しに行ってやるから、それまで死ぬんじゃないぞ」
血に染まる母の腕に抱かれて眠る赤子へ向けて突き付けた死刑宣告。
透理は成す術もなく、この光景をただジッと見ていた。
「あいつだ……焼き肉屋で会った奴だ!」
どうして忘れていたのか。
聖羅が記憶を消したのだ。が、ここで違和感を覚えた。
なぜ、今目の前にいる女性と焼き肉屋で会った女性は寸分違わぬ容姿をしているのか。今見ていた光景から現在までの十六年。聖羅は歳を取っていないように見える。
「稲神聖羅……ボクのお父さんと母さんを殺した女……きっと奴はボクを殺しに来る」
透理に瞳には復讐という熱の赤色がギラギラと泳ぐ。拳を強く握りしめたせいで爪が皮膚縫い食い込み、一筋の血が流れる。
こんばんは、上月です(*'▽')
前回の投稿から少々期間が開いてしまいましたが、なんとか40話目の投稿となります。
次回の投稿は20日を予定しておりますので、よろしくお願いします!




