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高慢なる鴉の悪魔

 キャストールはルアの頭上に存在する何かに強靭な牙を突き立て、そのまま地面に叩き伏せる。


 ルアの放った弾丸は、異形が透理の首筋を切り裂く前にその脳天を穿つ。


「フェーラン、そいつを拘束しろ!」

「わ……った」


 反動で仰け反った異形。闇に紛れた髪が全身をグルグル巻きにしてしまった。殺してはいない。主人の命令はその身の拘束。きっと、これからコイツが何者なのかを調べる為だろう。


「キャストール、そいつは何だ?」

「さてな。今まで遭遇してきたどの異形にも該当せんぞ」

「宙から現れる異形と、フェーランの領域で感知が出来なかった異形……か」

「ルアよ。こいつもう噛み砕いてよいかのぅ、顎が疲れてきおったのでな」

「しばらくそのまま待っていろ……透理、無事だな?」

「えっ、あ、うん。ボクは大丈夫だよ。それより、流石はルアだね。やっぱり頼もしいや!」


 自分が殺される寸前だったにも関わらず、透理はルアに満面の笑顔を向けていた。


「キミはもう少しで異形の手に掛かる所だったというのに、よく笑っていられるな」

「へへへ、だってルアは強いからね。どんな時でもボクを守ってくれる気がするんだ」

「はぁ……私に頼りっきりと言うのも良くはない。キミも魔術師の見習いであれば……いや、防衛の術を持たぬ身でそれは酷な事か」

「これから、教えてくれるんだよね。魔術ってやつを」

「当然だ。それに、キミの暴走の原因を突き止めなくてはならないからな」


 透理には才能があった。


 魔力は一般人程度。座学も理解できない。魔術師としては絶望的に見込みはない。だが、彼女には視える眼がある。そして、人ならざる悪魔と良好な関係を築き上げた。これは才能と言わずして何と言えようか。


「さて、尋問の時間だ。透理、キミに新しい悪魔を紹介しよう」

「待つのじゃ、ルア。アイツを呼び出すのか? ワシとフェーラン以外の悪魔からお主は良く思われていない。素直に従ってくれるかもわからぬぞ?」

「ならば聞くが、キャストール、フェーラン。お前達はこの異形と意思疎通がとれるか?」

「むむ……それは、無理じゃな」

「でき……い」


 ルアはキャストールを呼び出した時と同じように、本を片手に呪文を唱える。


 地に描かれる赤い魔法陣。ルアは手に持った書物を閉じると、禍々しい黒々とした煙が噴き出す。その中から聞こえる不快そうな溜息。


「人間風情が余を呼び出すその高慢さには、呆れてモノも言えぬな。して、何用だ?」


 黒煙が風に流される。


 露わになる全貌。


「急用だ。召喚に応じてくれたことに感謝する。異形との意思疎通が出来るお前にしか頼めない。それさえ終われば帰ってくれて構わない」

「呼びつけるだけ呼びつけておいて、用が済んだら帰れとは随分な扱いだとは思わぬか? 余も暇ではないのだ。お前の身勝手に振り回されて、手ぶらで帰れるわけがないだろうが」


 未だに赤く発光する魔法陣の中心地には、全身真っ黒の鴉が両翼を広げ胸を張っていた。


「……鴉?」

「うん? おい、ルア。この小娘はなんだ。魔術師の業は一般社会に生きる有象無象どもに見られてはいけない。違ったか? それとも、これから殺すのか?」


 鴉の真っ黒な瞳がルアの傍に立つ透理へと向ける。


「彼女は魔術師見習いだ。といっても、魔術師としての才覚はないがな」

「そうか、余にはどうでもいい情報だ。して、下級悪魔共が押さえつけている異形から何を聞き出せばいい?」


 下級悪魔と侮辱を受けたキャストールとフェーランの瞳に敵意の色が宿る。だが、そんな彼等の視線など吹く風といったように気にしない鴉の悪魔。


「こいつら自身についてだ。それと、使役者がいるのであれば、そいつの事も聞き出してほしい」

「お前に使われるのは非常に不本意だが、契約を結んでしまった以上は働こうか。だが、これだけは忘れてくれるなよ魔術師。俺を含めた他の悪魔はお前と契約したことを酷く後悔しているということをな」


 鴉は捉えられている異形の下まで跳ぶ。その黒い瞳はまじまじと様子を窺っていて、そのくちばしを躊躇いなく異形の頭部に深々と突き刺したのだ。


「うぇ……」


 その惨たらしい光景に思わず呻く透理。情報を聞き出したいのにどうしてくちばしを突き刺したのか理解できない。いや、そもそも理解できる範疇を超えているのだ。それが、ルアが――自分がいる世界。


「……なるほど。これは、どうしてなかなかに面白い。こいつは自然に発生した異形ではない。人工的に造られた存在だ。くくく、それもお前と縁のあるモノの差し金だ」

「私に縁のある存在……? 生憎だが、私の知り合いに異形を創り出せる者など記憶にないな。それで、コイツ等の目的は何だ。さしづめ私の命といったところか?」

「一人勝手に話を進めてくれるな。これもまた奇妙だな。コイツ等の狙いはルア、お前ではない。この娘っ子のようだぞ」


 ルアも透理も鴉の言葉を理解できなかった。


 娘っ子――ルアは男性。キャストールはたぶん雄。キャストールは娘っ子という年齢ではないだろう。となれば、この場に娘っ子という単語に相応しい存在。


「えっ……ボク? どうして?」

「そこまでは余も知らんし、興味もない。ただ、コイツ等は創造主に命令されて活動していたようだ、としかな」


 偉そうな鴉は召喚者であるルアの肩に止まる。


「おい、ルア。あの小娘は一体なんだ?」

「さっきも言っただろう。魔術師の見習いだ」

「ということはお前は、先生の真似事か? これまた愉快。せいぜい、大切にしてやることだな。師から虐待を受けていたお前の二の舞にはしてやるなよ?」

「ベルト!!」

「おお、怖い怖い。まぁ、奴は執行されてもう居ないんだよなぁ。過去の亡霊に未だ捕われるか? お前をその悪夢から救ってくれる白馬の王子さまは、はたしてお前を救ってくれるかねぇ」


 明らかな苛立ちをみせるルア。


 肩に乗ったベルトと呼ばれた鴉はもう用は済んだと言わんばかりに、くちばしを地面でつつくと先程の魔法陣が発生する。


「報酬はそのうち貰い受けるとしよう」


 黒煙と共に消える鴉。


 残された人間二人と悪魔二匹。


「……ルア?」

「さて、もうここに用はない。今日も歪みの収穫は無かったか……」

「ねぇ、ルア? 虐待って……」

「気にすることはない。過去の亡霊にすぎん。それより、理由はどうであれキミは狙われているらしい。外出するときは一人になるな。いいな?」

「あ、うん。分かった」


 帰り道。ルアは何も語ろうとはしなかった。そのギスギスした雰囲気を察してか、キャストールが少しゆっくり歩けと眼で訴えていた。


「なに、キャストール」

「ルアの過去が気になるか?」

「そりゃ……ね。何か知ってるの?」

「ああ、それはもう知り尽くしてると言っても過言ではないのぅ。話してやろうか?」

「う~ん。気になるけど……」


 これはルアの問題だ。本人以外から聞いてしまっていいものか。いいや、良くないと頷く。


「ううん、いいや。ルアが話してくれるまで何も聞かない」

「そうか。まぁ、それがいいかもしれん」


 透理はルアの後ろで、キャストールとフェーランのと他愛無い話をしながら屋敷に帰宅した。

こんばんは、上月です(*'▽')


ようやく一話分書けましたので投稿します。

次の投稿はまだ未定ですが、来週中には投稿できればと思っています!

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