温かな終業式
どれだけ、この日を待ち焦がれたか。
透理は、鏡の前で身支度をテキパキと済ませていく。私立校の学生服。
待ちに待った終業式。明日からは学生の長期休日となり、朝早く起きたり学校に行く必要はないのだ。ルアの屋敷に居候させてもらってから、通学時間は少々伸びたものの、以前みたいに食費やバイトの事を考える必要はなくなった。
「よし! 今年最後の登校と行きますか」
鏡の前でクルリと一回転する。それが今、透理の感情が高揚している証だ。
自室を出るとこれまた寒い冷気が足元を撫でる。そんなのお構いなしに元気よく足音を立て階段を駆け下りていく。
「透理……もう少し、お淑やかさというものを身につけた方がいいんじゃないか?」
「ははは、残念だけどそれは無理だよ、ルア。ボクにお淑やかさなんてお上品なのは似合わないって」
「いや……似合う似合わないという問題でもない気がするが……」
ハイテンションな透理に気後れするルア。
「それじゃ、行ってくるね。帰りは早いと思うから、そのまま夕飯の買い出ししてくるから」
「しばらく学友と合わなくなるんだ。たまには一緒に食事でもして遊んでくるといい」
そう言ってルアは懐から万吉一枚を透理に握らせる。
「待って待って! こんな大金貰えないよ。まだこの間貰ったお金が大量に残ってるし!」
「そうか?」
「うん。でも、ルア達の夕飯は?」
「こっちは気にする必要はない。キミが作ってくれるまでは、フェーランが何とかしてくれていたからな。キミはキミの友人と青春を謳歌するべきだ」
「う~ん。まぁ、ルアがそこまで言うならお言葉に甘えようかなぁ。じゃあ、行ってくるね」
「ああ、行ってきなさい」
透理は見送るルアに手を振って、人の手がほとんど加えられていない獣道然とした道を走っていく。
森を抜けると田園風景が広がり、自転車に跨り舗装された道を進んでいく。冬季の薄ら寒い風が素肌を撫でると鳥肌が浮き上がる。都心部みたいに娯楽は多くはない。それでも、この落ち着いた地方の雰囲気が透理は好きだった。
「ふん~ふふん」
今日は終業式だけで授業はない。それだけで勉強嫌いな透理の気持ちを高揚させるには十分だったようで、鼻歌を楽しみつつペダルを漕ぐ足に力が入る。
目の前に広がっていた田園風景も、山に空いたトンネルを通過すれば海と住宅地に様変わりする。透理と同じ制服に身を包んだ学生を尻目に次々と追い越し学校に到着する。
「透理、おは~」
気の抜けた声が背後から聞こえ振り返る。平均的な身長、平均的な顔、平均的なバスト。何処にでもいそうな普通の女子高生が手を振っていた。
「おはよう、智美!」
ありきたりな名前。
「ねぇねぇ、今日放課後さぁどっか寄っていかない? どうせ、暇でしょう? いいでしょう?」
「う~ん、どうしよっかなぁ。ボクはボクで暇じゃないんだけど、智美がどうしてもって言うなら考えてあげてもいいけどぉ」
「透理が苛めてくるぅ。お願いします、透理様。何卒この私と一緒に遊んでくださいませぇ」
「はっはっは! 仕方ないなぁ、そこまで頼まれたらボクだって断れないじゃないか。はっはっは」
「わっはっはぁ!」
なんとも色気の無い会話であろうか。
周囲から残念な子を見るような冷めた視線を気にする風でもなく、二人は慎ましさやお淑やかさなどとは無縁に大笑い。
休日の予定を話し合うクラスメイト。透理は自席に着き、視線を窓の外に向ける。寒空に羽ばたく二羽の鳥。教室の喧騒がとても耳に心地よく、知らず欠伸を漏らす。
「平和だなぁ……」
ここ最近で透理の日常は大きく変わってしまった。
魔術師、飢えた狼、信仰者、歪み、悪魔。ゲームや漫画の中でしか聞かないような単語が実際の現実に実在していて、透理の知らない世界で生きていたのだ。
世界は――どのように構成されているのだろうか。
ふと過ぎる疑問。
かれら魔術師は、魔術という干渉媒体を行使して世界を見極め、己の求める世界真理を探求しているという。世界真理は求める人の数だけ存在しているとルアは語った。つまり、決まった一つの答えはない。
「ルア、何してるかなぁ」
「ねぇねぇ! ルアって誰? まさか、彼氏?」
「えっ……ああ、いや違うよ。えーと」
流石に魔術師とは言えない。
魔術や魔術師は秘匿の存在でなければならない。それは、今まで透理が日常を何も知らずに生きていたように。彼等は裏社会にひっそりと生きているのだ。
返答に困ってしまう。さて、なんと答えるべきか。
「……遠い親戚かな?」
「なんで、疑問系なのぉ?」
「さ……さぁ?」
乾いた笑いしか込み上げてこない。
「ルアって珍しい名前だね。女の人?」
「ううん、違うよ。外国の人で男の人だよ」
「へぇ、カッコいい?」
言われて透理はルアの容姿を思い浮かべる。
「……カッコいいかな。身長も高いし、性格も優しいしね」
「えぇ~! いいなぁ、私に紹介してよぉ。彼氏いないんだよぉ」
「ダメダメ、ルアは私達より年上だから、ちょっと無理があるって」
「年上ってどれくらい?」
「二十九って言ってた」
「え、全然いけるじゃん! っていうか、透理が狙ってる?」
智美の何となしの一言に透理の鼓動が跳ねる。
「いやいや、無いって。ははは……」
これ以上追及されれば、ボロが出そうなので強制的に会話を打ち切る。智美はまだまだ興味惹かれているようだが、話せないものは話せないのだ。
しばらく一人の時間を堪能していると、チャイムと同時に担任が姿を見せる。
「皆さん、おはようございます。明日から冬休みですね。ははは、羨ましいですよ。先生は明日も学校でお仕事をしなくてはいけないんですからね。あっ、旅行に行かれる方がいましたら、是非とも安月給の先生にお土産を買ってきてくれると嬉しいなぁ」
黒ぶち眼鏡と寝癖が特徴の優男。スーツもネクタイも地味ではあるが、柔和な態度を崩さず、生徒の悩みを親身に聞いてくれたりすることから生徒たちからは人気が高かった。というよりは、先生と言うよりちょっと年上の友人として見られているのだ。それを本人が知っているのかいないのか。
「荻先生! 私、東京に行ってくるので美味しいお菓子買ってきますね」
「俺は、長野のじいちゃん家に行ってくるから、お酒貰ってくる!」
「おぉ! 先生は感激だなぁ。お菓子もお酒も大好きですよ。ははは、是非楽しみにしていますよ。あっ、お酒を未成年者に運ばせるわけにはいきませんか……うぅ、古田君。出来ればお酒以外でお願いしますね」
教室内はあたたかな雰囲気で包まれる。
透理も荻先生が好きだった。
「荻先生って、休日は何をしてるんですかぁ?」
智美のゆったりとした声。
「先生の休日ですか? ふふふ、それはですね。神秘の砂を探しています。すごく貴重な砂で、持ち主のお願い事を叶えてくれたり、高価で売買できるんですよぉ。凄いでしょ? もし、見つけることが出来れば先生はお金持ちです」
冗談なのか本気なのか、とても楽しそうに話す荻を生徒たちはからかい始める。
「えっ、本当です。本当にありますよ! 神秘の砂。胡散臭い? ならば、魔法の砂と言い換えても……あぁ、余計に胡散臭いだなんて……そんな、先生をそんな可哀相な眼で見ないでくださいよぉ」
ホームルームを終えた透理達は体育館へと移動する。
こんばんは、上月です(*'▽')
ちょっと投稿時間が遅れてしまいました(^^;
次回の投稿は来週中を予定しておりますので、またよろしくお願いします




