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AAランクという称号

「まったく、キミはとんでもない馬鹿者だ」

「へへ、その馬鹿者のおかげでルアは今を生きてるんだよ。感謝してくれてもいいんだよ?」

「そうだな……ありがとう。だが、あの飢えた狼、次は容赦なくキミを殺すぞ?」

「うん……分かってる。なんとなくだけど、そんな感じがしたから……」


 ウォルが去り二日が経過していた。


 ルアの怪我も魔術という奇跡によってだいぶ回復し、キャストールは割られた天窓の修復にいそしんでいた。休職扱いの透理はというと今まで借りていたアパートを解約し、ルアの屋敷に居候させてもらっている。透理はウォルから捕食の対象に定められてしまってい、自己防衛すらままならない彼女を一人にするのは危険と判断してのこと。つまりは復職である。


「ねぇねぇ、ルア。今日の夕飯はどうする? 何か食べたいものがあったらリクエストしてよ。ボクが腕によりをかけて作るからさ!」

「じゃあ、お嬢ちゃん。豪勢な霜降り肉が食べたいのぅ」

「はい、キャストールはキャットフードね」


 足元で礼儀正しく背筋を伸ばし座る悪魔の目の前に、色気の無い茶色いブロック状の固形物が盛られた器が丁寧に置かれる。


「……のう、嬢ちゃん」

「うん、なに?」

「この間の件、根に持っておるじゃろ」


 先日、キャストールに誘われ迷宮に閉じ込められた。ルアの話によればキャストールは透理を食べてしまう算段だったらしく、その話を聞いた時はさすがにゾッとはしたがそれだけだった。自分も言われるまま悪魔の誘惑に乗っかってしまったので、おあいこであると考えているからだ。


「う~ん、どうだろうね。ボクはただ、猫には猫の食べ物を与えてるだけだよ」

「ワシは確かに猫の姿はしておるが悪魔じゃよ。さぁさぁ、嬢ちゃん。悪魔の飯を用意するのじゃ」

「キャストール、お前はそれで十分だろう。透理、すまないがコレを作れるか?」


 お座りして抗議の声をあげている猫を無視して、ルアが雑誌の料理写真を透理に渡す。


「これって……おにぎり? 本当にこんなんでいいの?」

「日本には米に具材を包み込む料理があると聞いていてな。是非とも一度くらいは食べてみたいと思っていたんだが、作れそうか?」

「ルアが食べたいなら作るけど、具材はどうしようかな」

「そこは、キミに任せる」


 どこか少し嬉しそうな声音。


 ルアには世話になりっぱなしなので、せめて期待してくれている料理でもっと喜ばせてあげよう。そう思わずにはいられない。だから、具材は日本のおにぎりには欠かせない、梅・鮭・ツナの三種の具材を使うことにする。


「冷蔵庫、冷蔵庫……あぁ、駄目だ。具材がどれも無い。仕方ないか。ボク、ちょっと街に行って具材買ってくるね」

「待つんだ透理。飢えた狼の件もある。一人で行かせるわけにはいかない」

「え~」

「心配しているんだ。私とキャストールはこの屋敷きょてんを守らねばならない。代わりの使いを呼び出すから少し待っていろ」


 そう言い残したルアはリビングを出て、足音は階段を登り二階に向かっていった。きっと、いつもの書斎だろう。先程から下から射抜くような視線を感じていたので、そちらに向き直るとキャストールが目元に皺を寄せて、無言の抗議を透理に訴えかけていた。


「肉が……肉が食べたいのじゃ。もう、人間の肉を食べようとはしないから、頼む。安い肉でもいい、ワシに肉を噛み千切らせてくれ!」

「あ~、はいはい。わかったよぅ。ついでに買ってくるから、その睨み付けるような目付きでこっち見ないで」

「おぉ! お嬢ちゃんは話が分かるのぅ。どっかの心臓から脳内まで魔術に侵された阿呆とは大違いじゃ。まったく、AAランクだからって、付け上がりおって……」

「ん? ねぇ、AAランクってなに?」


 初めて聞いた単語が妙に引っかかる。


 キャストールと視線を合わせるべく、腰を落とし小首を傾げる。


「ふむ、それくらいは構わぬか。奴はある魔術組織に身を寄せていてのぅ。魔術師としての才能や魔力の質や量。そして、葬り去った裏切り者や敵の数に応じてランクが贈与されるのじゃ。そして、ルアは異常なまでの才覚を見せ、最短期間で四人しか存在しないAAランクに、見事五人目として認められ、無限の異名を授かったのじゃ」

「へぇ~、ルアって凄い人だったんだね。ランクはAAが一番上なの?」

「いや……そうでもない。一番上はSランクでの、長い歴史なかで今に至るまで三人しか到達できなかった領域じゃ。二人は人間を辞め。そして、もう一人は……ルアの師匠じゃ」

「えっ……師匠の師匠?」

「うむ、とても恐ろしい――」

「またせたな、透理。コイツを連れていけ」


 ここからが重要な話になりそうだという所で、それを遮るように二階から姿を現したルア。彼の背後にはとても綺麗な女性が控えていた。


「うわぁ、綺麗……」

「ククク、嬢ちゃん。奴はフェーランじゃよ」

「えぇ!? あっ、あのフェーランさん? だって、全然雰囲気が違うじゃん。あの時のフェーランさんって言ったら、ホラー映画に出てきそうな……あっ!」


 透理の大きい声は階段上にいるフェーランに丸聞こえだった。その表情はとても悲しそうに瞳を潤ませ、気まずそうに見上げる透理と視線が合うと、ルアの背後に自分の顔を隠す。


 自分は悲しんでもいないし、泣いてもいない。失言をしてしまった透理に罪悪感を抱かせぬ為の反射的行動だったかが、それが余計に透理に罪悪感を芽生えさせてしまった。


「あ、えっとぉ……フェーランさん? ごめんなさい」


 素直に謝る透理。


「フェーラン。彼女は謝っている。キミも応えたらどうだ?」

「はい、だい、じょ……です。気に……せん」


 恐る恐る顔をルアの背中から覗かせる。すると、やはり以前会ったような、ボサボサで前髪が長く、生気の感じない青白い肌でもない。色白の素肌に艶やかな長髪は白いワンピースも相まって、良家のお嬢様といった雰囲気だ。


「あの、一緒……きます」

「うん! よろしくね。フェーランさん」


 二人は仲良さげに横に並び、一方的に話しかける透理とコクコク頷くフェーラン。その後ろ姿をエントランスホールから見送るルアとキャストール。残された彼等は互いに目配せをして頷き合う。

日本の代表食といえば、そう……オニギリなのです!

やっぱり中身はツナが至高なのです。ええ、ツナ様はなんにでも合いますからね!

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