スーパーでぶつかり合う殺意
夕方のスーパーマーケットは主婦たちで混雑しているのは世間の常識である。もちろん時間帯のせいもあるのだが、この店は最近オープンしたばかりで周囲より格安で買い物が出来ると話題になっている。
「買うものいっぱいあるからはぐれないでね」
「買う……教えて、もって……る」
「え……? あ、うん。じゃあ、お願いしようかな。えっと、梅干しとツナと鮭と海苔を持ってきてもらっていい?」
コクリと頷いたフェーランは人に揉まれ流され、フラフラとした足取りで人混みに消えていく。
本当に大丈夫だろうか。
フェーランの心配をしていると、店内放送と同時に背後から押し寄せてくる客の波に押し流され、抗う意志虚しく、夕方の割引セールというスーパー内で一番の戦場にたどり着いてしまう。
「ちょっ! ボクは、お魚は買わないから……痛っ、もう! 誰だよぅ」
生魚コーナーに群がり、我先にと手を伸ばしては、他人を押しのけ、罵声を浴びせ合う主婦達の戦場――肉体的ダメージを被り、目を回す透理の腕を掴み、優しく引いてくれる誰か。
「なっ、なんとか抜け出せた~」
「とんだ災難でしたね。お怪我とかはされていませんか?」
「あ、うん。だいじょ……あっ!」
柔らかな声音で語り掛けてくる声の主。
見間違うはずもない。右肩から流れる編み込まれた金色の髪と草原色の瞳を持つ身長の高い女性が買い物カゴを片手に透理を心配そうに見つめている。
「えっとぉ……教会で会った、シスターさんだよね?」
「はい。教会の管理を任されている、ライナ・ビアドールと申します。お嬢さんのお名前はなんと言うのでしょうか?」
親し気であるが不快に思わせない雰囲気と口調に、透理は思わず見惚れてしまう。もちろん、そういった趣味は持ち合わせてはいない。それでも彼女の纏う品性には惹かれるものがあった。
「あ……その、ボクは津ケ原透理です」
「透理さんですね。夕飯のお使いですか?」
「うん、そうなんだけど……まさか、こんなに混んでるなんて思わなかったから、ちょっとビックリしちゃったよ。そうだ! さっきボクを助けてくれたのってライナさんだよね?」
「はい、人に揉まれて困惑している透理さんが視界に入ったもので、助けるべきだと判断したのですが……その、ご迷惑だったでしょうか?」
そんなコトはない、と首と手をブンブン振る。
「仕事以外では修道服じゃないんだね」
「ええ、流石にあの格好でスーパーに来るなんて、この国の方達からすれば、コ、コス?」
「コスプレ?」
「そう、コスプレですね。そのような視線で見られるのも少々気恥ずかしくて」
ライナの私服は白のダッフルコートに紺色のジーンズと庶民的な出で立ちなのだが、その容姿と身長からまるでモデルのようだ。
「透理さん……まだ、あの魔術師の下にいるのですか?」
「え、うん。ボクも飢えた狼に狙われることになっちゃって、一人でいるよりルアと一緒にいた方が安全だから、今は居候させてもらってるんだ」
「飢えた狼ですって!?」
優し気な雰囲気は何処へ、豹変したかのように目の色を変えるや透理の両肩を力強く鷲掴む。
ライナの白く細い指がまるで杭のように肩にめり込んできて、あまりの驚きと痛みに表情が歪む。だが、その一見して異常な光景を周囲の客たちは気にも留めることなく買い物にいそしんでいた。
まるで、二人の姿が見えていないかのように。
「ライナさん、痛いッ!」
「いつ、何処で、どのような容姿をしていたんですか!!」
「ホントに痛、ちょっと……シャレにならないんだけど!」
透理の悲痛な声に呼び寄せられたように、数十本では済まない数の真っ黒な糸状のナニかが床を蛇のようにシュルシュルと這い、少女の肩を鷲掴む腕に巻き付く。
「なに……これ」
「……髪? 汚らわしい悪魔の呪物。あの魔術師の差し金かしら?」
巻き付いた髪を辿って七メートルくらい離れた場所。梅干し、ツナ缶、海苔と鮭フレークを大事そうに抱きかかえたフェーランの姿。彼女の異常なまでに伸び続けている前髪の隙間からホラー映画で見るような恨み憎悪の籠もった眼を覗かせていた。そのまま彼女の目を見ていたら呪殺でもされそうなほどであった。
背筋にゾクゾクと悪寒が走り、痛みも忘れ微妙な笑みを浮かべてしまう。
「ライナさん、我に返った? なら、ボクの肩に食い込んでる指を離して欲しいんだけど」
「えっ……あ! ごめんなさい。大丈夫ですか? チッ、邪魔な髪ですねッ!」
ライナは自分の腕にキツく絡みつく髪に短く息を吹きかけると、圧迫が緩み、まるでマジシャンがする縄抜けのマジックのように拘束を逃れる。
「透理さ……いじめ……人、ユル……ない」
ボソボソと喋るフェーランの声は喧騒に掻き消される事なく、確かに透理とライナの耳に届く。そして、その声には怒りと殺意がこれほどかというほどに濃縮され、まるで彼女の一言一言に呪いが孕んでいて、聞く者は永遠の苦しみに悶え苦しめというように。フェーランはライナを視線から外すことなく髪を手繰りながらゆっくりと近づいて来る。
確実に敵視されているライナは身構えるでもなくただ悠然と待ち受け、慈愛と憎悪に満ちた両者の視線が交わる。
透理にとって息苦しい空間。そもそも、どうして周囲の客はこの異常な光景に気にも留めないのだろうか。
「フェーランさん、駄目だよ! ボクは平気だから。それより、早くルアの所に帰って夕飯にしようよ」
透理の言葉にフェーランは立ち止まる。ライナから腕の中にある頼まれた代物に視線を落とし、しばらくの思考の末、店内を覆いつくすのではないか、というくらいに伸びた髪がゆっくりと主人の下へ縮んでいく。
「透理さ……言うなら……する」
なんとか怒りを鎮めてくれたフェーランに、ホッと一息ついたのも束の間。隣にいたライナが大きく舌打ちをしてフェーランを睨み据えていた。
「魔術師に使役されるだけの悪魔風情がっ! どうして、私と買う物が同じなのですかっ!」
ライナのカゴの中には梅干し、鰹節、海苔が入っていた。
「えっと、ボクがおにぎりを作るんだけど……そのぉ、足りない材料を買い出しに……」
「あら、そうだったのですね! あくまで、あの悪魔は荷物運びの奴隷でしかないと。ふふ、透理さん。悪魔を虐げる貴女をきっと我が主も大いにお喜びになっていますよ。あら……もうこんな時間。さて、あの悪魔に戦闘意志はないと判断したのでこの結界も不要ですね」
悪魔に向ける態度を一変させ、とても愛らしい笑みを透理に向けるライナは人差し指と中指を合わせ、天井に向け数音呟く。
なにが、どう変化したのか透理には知覚できなかった。
「……結界?」
「ええ、この店に人間のものではない不穏な気配を感じていたので、もし、戦闘になっても周囲を巻き込まないように結界を張っていたのですが……そういえば、どうして透理さんが……」
「……?」
「あっ、いいえ。此方の独り言です。では、私はこれで失礼しますね。もし、お暇な時がありましたら是非、教会に遊びに来てください。透理さんがいらしてくれれば、子供たちもきっと大喜びしてくれます」
そう言ったライナは最後に軽い会釈をして、喧騒沸き立つ人混みに紛れながら、長蛇の列をなすレジの最後尾に並ぶ。透理もフェーランの手を引き人垣を掻き分けて、少しでも空いていそうなレジに並んだ。
次回は透理とフェーランが買い物に行っている間のルアとキャストールの話です。
投稿日は明日の21時となります




