薔薇に棘はつきものです
眼の前には、懐かしい服を着た女の子が座っています。
懐かしい服。……それは、制服。しかもセーラー服です! 今やすっかり希少価値になったと思われるセーラー服。憧れる殿方も多い事でしょう。しかし、見た目の可愛さとは裏腹に、夏は暑く、冬は意外と寒い代物。ですが、憧れて止まないのも事実。
そんなセーラー服を着た少女が、今日のトリッパー様でした。
おずおずと開いた入り口扉から、今日のトリッパー様が姿を現した途端、
「おお~!! セーラー服だ~!!」
私の隣にいたショウくんが、とても嬉しそうに叫びました。
「えっ?!」
びくぅ!! 扉に置かれていた手が、驚きで跳ねましたよ。
ついでに黒い瞳も見開かれました。
「こらっ! ショウくん! トリッパー様を驚かせるんじゃありません!」
私はビシリと叱りつけます。まったく。ただでさえ不安なトリッパー様。いきなりセーラー服に興奮されてもビビるだけですよねぇ。
扉で固まった彼女は、半袖の折り返しの部分と襟が紺色、そこに白いラインが3本入った、夏用セーラー服を着用していました。
爽やかな黒髪のショートカットと、黒い大きな瞳が印象的な女の子さんです。
ざっと彼女を見てから、まずは挨拶がてら、いつもの質問をする私。
「えーと、ご自分のお名前はわかりますか?」
「あ、はい。相澤 昴っていいます」
「昂さんですか。素敵な名前ですね!」
そんな他愛のない会話をしながら、いつものように召喚者リストから調べていきます。
「きみ、いくつ?」
ショウくんが爽やかスマイルで聞いてます。こんなところでナンパですか? こら。
「えと、17です」
先程の衝撃から立ち直った昂さんは、普通に答えてます。大丈夫、本格的にナンパが始まったら、全力で止めてあげるから安心してください!
「じゃあ、高校2年生?」
「そうです」
「青春まっただ中だね~」
どこのオッサンでしょうか、ショウくん? 鼻の下、伸びてますよ? 昂さん、きりりとした正統派美少女だから、舞い上がるのも無理ないですけどね~。
ま、それはさておき、私はそんな会話を横に聞きながらリストを確認していきましたが、『相澤昂』の名前はありませんでした。
それでは次の質問。
「ここに来た時の状況は覚えてます?」
召喚者じゃないということは、転生さんかトリッパーさん。
後は事情聴収ですね。こちらにやってきた状況を聞いて、判断しましょう。
「えっと……学校の教室で、先生が持ってきたバラの花を花瓶に生けてたんです。私、今日、日直だったから。とてもいい香りだったから、一本手に取って香りを楽しんでたんですけど、迂闊にも棘を触ってしまって。痛みに一瞬目を閉じたら、目を開けた時にはあそこの森の中だったんです」
その時にできたのであろう右手人差し指の傷を見つめながら、昂さんは話してくれました。
「はは~。そうですか。なるほどなるほど」
うんうん、と肯きながら話を聞く私。何がなるほどなんだ、と自分でツッコミを入れそうです。
「こりゃ、トリップだな」
横でショウくんが腕組みしながら肯いてます。
「だね。ショウくんと違って、ちゃんとトリップのきっかけを覚えてるから帰りやすいね」
ニッコリと微笑みながらショウくんに相槌を打つ私。ショウくんの場合、再現しにくい状況っていうのが正しいんですけどね、ちなみに。
『バイトへ行こうと自宅玄関のドアを開けたら、そこは亜空間の森で、びっくりしてドアを閉じてしまったら、ドアは消えてしまい、帰れなくなった』というのがショウくんのトリップですが。
それはさておき。
「ぐっ……。オレはいいの! で、どう? やっぱり帰りたい、よな?」
一瞬、ぐっと詰まったショウくんでしたが、素早く態勢を整えて、昂さんに聞いています。
「ええ! もちろん帰りたいです!」
昂さんが、身を乗り出して言いました。
おお、力が入ってます。
そして目力も入ってます。そんなに凛々しい綺麗な瞳で真っ直ぐ見つめられたら、照れちゃうじゃないですか。
「まあ、元の世界に戻るのなら、同じシチュエーションを作り出すのが一番なんだけど、いかんせん、こっちには向こうの世界みたいなバラ、ないのよねぇ」
のんびりとした声が、奥から聞こえてきました。
今まで静かに私たちのやり取りを聞いていたメグちゃんです。
私たちが一斉に向けた視線を気にもせず、ゆっくりと、お茶の入ったマグカップ片手に、私たちの居る、入り口の方へやってきました。
「え? ここってバラ無いの?」
今まで知りませんでした。5年もここにいるのに、初耳です。
「そうなの。ほら、あっちのバラって、品種改良に改良を加えられたものだし?」
「そっかぁ」
ちょっと納得な私だったんですが、
「どうしても帰りたいんです! 会いたい人がいるんです。……待ってる人がいるんです……」
必死な形相で昂さんが叫びました。言葉尻が涙声になってます。それくらい切羽詰ってるんですね。伏せられた長いまつ毛が、フルフルと震えています。
「彼氏さん?」
「そうです。一緒に帰る約束、してたんです。花を活けたら、部活終わるのを見学しながら待ってるねって……」
そう言った途端、ぽたぽたぽた、と、大粒の涙が頬を転げ落ちて行きました。
若いので、肌が水分を弾いてます。いや、それはどうでもいいことです。ごめんなさい。
ぽろぽろと綺麗な涙を流す昂さんの背中を、撫でて宥めるしか、私にはできませんけど。
「ないことはないんだよ」
私と昂さんを見ながら、腕を組み、静かにメグちゃんは言いました。
「ないことはないって、どういうことですか?」
ショウくんがメグちゃんに聞きました。私と昂さんは、次に紡がれるはずのメグちゃんの言葉を待ちます。
「野種のバラならあるんだよ。でも、ほんとに野種だから、棘はあるけど香りが一緒とは限らないし、そもそも香りがあるかも疑問なのよね」
メグちゃんが何かを思い出すように目を閉じ、唇に人差し指を当てながら言いました。
「そういうことですか」
ショウくんが肯く。
昂さんはまた目を伏せてしまいました。
「それにね、場所が、ね」
「場所、知ってるの? メグちゃん」
「ええ、一応ね。亜空間の森の出現ポイントをさらに奥へ入り、タウロス山の中腹にあるんだけど……」
「……かなり厳しいルートだね……」
メグちゃんの言ったルートを考え、私は呻ってしまいました。
亜空間の森の出現ポイントより奥は、ほぼ道なんてありません。辛うじてけもの道的な何かがあるくらいです。そりゃもう、うっすらと。
それに、タウロス山! タウロス山というのは、大陸シリウスの北に位置する最高峰。エベレスト? モンブラン? 富士山? ナニソレオイシイノ? の世界です。
まあそもそも、亜空間の森自体が、タウロス山のすそ野に広がる樹海なんですけどね。樹海っていう響きからも推して知るべし、密林、難所なわけですよ。
そんなところを分け入って、更に登山して……なんて、どこの探検隊ですか?
常人なら諦めるルートです。
が。
うちにはいるじゃないですか。生物兵器級の魔法使いが!
「でもさ、メグちゃんやショウくんが摘んできたら早いじゃない。転移の魔法でしゃしゃーっと行って」
ぽんと、手を打ちながら私が提案しました。
しかし、
「でもね、摘んだらすぐに萎れてしまうのよ」
速攻切り捨てられました。
「あらま。じゃあ、昂さんを連れてそこまで転移したら、は?」
それでもめげずに、次なる提案をする私。
「それがね、そもそもタウロス山って、結界に護られた山なのよ。自然の結界? 生成理由は謎だけど、とりあえずどんな魔法も跳ね返しちゃうの」
それもあっさりと却下されました。つーか、どんな山ですか?! 山自身が結界張ってるなんて。
「メグちゃんのも?」
「そ。私のも」
「じゃあ、どうやって花の咲いてる場所まで行けばいいの?」
「自力歩行あるのみ!」
途方に暮れた私に、メグちゃんはビシリと人差し指を突き付けて言い切りました。
けもの道。
タウロス山は結界に護られているから、魔獣とかの心配はなさそうですけど、サバイバル確定ですよ。
「私はこれからスピカの王様から呼び出し食らってるから行けないの。地図は描くから、ショウとリサと昂、行っておいで~」
ニッコリ笑って、メグちゃんは『ちょっとそこまでお使い行ってきて~』なノリで言っちゃいましたよ。そんな軽い道とは思えないんですけど? つーか、なんで私まで? 意味が解りません!!
「なんで私まで?」
「だって、ショウと昂が二人きりなんて、昂、行きにくいでしょ? リサが助けてあげなくちゃ」
にっこりと言い放つメグちゃん。
「そりゃ、そうだけど……。私、魔法も使えないから、フツーに足手まといになると思うんですけど?」
「大丈夫だ、リサ! オレが守ってやる!」
そういうショウくんの方を見ると、大手を広げて爽やかに笑ってます。
「そういう問題じゃなくてねぇ、ショウくーん」
「リサと昂さんくらい、オレ一人で充分だ! さ、一緒にいこーぜ!」
「なんでそうノリノリかねぇ?」
私は、けもの道&サバイバルを思って、気が重いんですが?
しかしそんな私の背を押すかのように(?)メグちゃんが一言。
「それに、リサ一人でお留守番ていうのも心配だしね」
「あ~……」
先日、見事に拉致られましたもんね~。はい。
「家に結界張っておけばいいんじゃない?」
まだ無駄なあがきをする私に、
「トリッパーが入ってこれなかったら困るでしょ」
メグちゃんはきっぱりと一言。
「はい」
これ以上は無駄、と判断できた私でした。
かくして『張本人』・『護衛』・『完全なるお荷物』の3人で、タウロス登山は決まったのでありました。
今日もありがとうございました(^^)




