紹介物件はどこ?
田所 健介(28)。
彼の職業は不動産営業マンだが、裏の顔は「失せ物のファンタジスタ」である。
彼の手にかかれば、手にしたばかりのボールペンは異次元へ消え、数秒前までかけていたメガネは行方不明になり、あろうことか**「自分の現在地」**すら定期的にロストする。
そんな彼が、社内一のキレ者上司・佐藤課長から釘を刺されていた。
「田所、今日の亀田様は超大口の顧客だ。いいか、『何か』を失くした時点で、お前の首も失くなると思え。」
「任せてください課長。今日の僕は一味違います。忘れ物防止タグを財布、鍵、スマホ、さらには靴にまで仕込みましたから!」
田所は自信満々に胸を叩いた。しかし、その時すでに**「案内用の資料」**をデスクに置き忘れていることに、彼はまだ気づいていなかった。
其の一:自信と案内資料の紛失
駅前で待ち合わせた顧客の亀田氏は、いかにも「時間は金なり」を体現したような、隙のないビジネスマンだった。
「田所さん、早速だが例のタワーマンションへ案内してもらおう。次の予定まで30分しかないんだ」
「もちろんでございます、亀田様! 私の頭の中に、物件の図面は完璧に叩き込まれております!」
田所は爽やかな笑顔で歩き出した。
……が、3分後。彼は猛烈な違和感に襲われる。
(あれ……? この角、右だっけ? 左だっけ? そもそもマンションの名前、なんだっけ?)
脳内の図面が、まるでシュレッダーにかけられたかのようにバラバラになっていく。田所は焦ってポケットを探った。
「(資料がない……! あ、そうだ、スマホの地図を……)」
ポケットから取り出したのは、スマホではなく**「昨日の夜に食べたコンビニのレシート」**だった。
「……田所さん、どうした? 逆方向じゃないか?」
「ははは! さすが亀田様、お目が高い! 実はこのルート、**『近隣の治安を確認していただくための遠回りコース』**でございます!」
嘘である。完全に迷子だ。
其の二:物件名と正気の紛失
田所は冷や汗を流しながら、必死に記憶の糸を辿る。
その時、目の前に立派なエントランスのマンションが現れた。
「ここだ! ここに違いない!」
田所は確信した。直感という名の、最も信用ならないコンパスが彼を導いたのだ。
彼は震える手で、カバンから「物件の鍵」を取り出そうとした。
「……あれ? 鍵がない」
カバンの底まで手を突っ込むが、出てくるのは**「一週間前のパンの耳(非常食用)」と「使いかけの目薬」**だけ。
「田所さん、鍵はどうした?」
亀田氏の眉間に深い溝が刻まれる。田所は限界まで脳をフル回転させた。
「……亀田様。実はこの物件、最新の**『マインド・セキュリティ』**を導入しておりまして。私が集中して心の中で開錠を念じないと、物理的な鍵すら出現しない仕組みなのです」
「何を言っているんだ君は」
その時である。
マンションの自動ドアが内側から開き、一人の住人が出てきた。
「あ、佐藤課長!?」
そこから出てきたのは、休日に私服でゴミ出しに来た上司の佐藤課長だった。
其の三:社会的信用と職の紛失
「田所……? お前、何してんだ。紹介する物件、ここから**駅を挟んで反対側の『キャッスル亀田』**だろ。なんで俺のマンションの前にいるんだ」
「えっ……課長の家……?」
「しかもお前、手に持ってるのそれ、会社の自転車の鍵だぞ。さっき社用車置き場で『ない、ない!』って騒いでたやつだろ」
沈黙が流れた。
亀田氏は深いため息をつき、手元の手帳に何かを書き込んだ。
「田所さん。物件以前に、君が**『正気』**を失くしていることはよくわかった。今日の話はなかったことにしよう」
亀田氏は風のように去っていった。
其の四:やる気すらも紛失
夕暮れのオフィス。
田所はデスクで、課長からの説教をBGMに探し物をしていた。
「……おかしいな。さっきまであったはずなんだけど」
「今度は何を失くしたんだ、田所」
佐藤課長が呆れ果てた声で聞く。
田所は涙目で答えた。
「**僕の『明日からのやる気』**が、どこにも見当たらないんです……」
「それは元から持ってねえだろ! 早く始末書書け!」
田所の捜索活動は、明日も続く。たぶん。




