僕のともだち。4
昨日不意に落とされた教師の爆弾発言の直後から、稔の胸はずくずくと、鉛の様に重く蠢く言い表しようの無い感情に、静かに、だが確実に汚染されていた。たとえ一瞬と言え興味本位に沸き立った教室の空気を思い出すだけで、思わず息を詰めてしまう、それ程の嫌悪を感じさせた他者からの【興味】。自分は無関係、関係性が薄い、だからこそ、まるで高みの見物と状況を楽しむかような興味本位を隠せない、からかいの色を、【喜色】を混ぜた空気を、稔は確かにその場で目で、耳で、肌で、感じ取っていた。他人の不幸を娯楽にしてしまう無意識下での感情、それは誰しもが持っているものであり、それを世間は時には不謹慎と言い、時にはさも当然と揶揄される。来週に差し迫った期末テストというイベントを前に、皆が話題として扱わなくなってきたこの時に、その話が出戻ってきたのだ。学校という極端に限られた、狭く閉じた世界に生きる学生たちにとって、その話題は緊張を伴う目前の課題を前に差し出された娯楽という名の刺激、劇薬以外の何物でもない。善意でも、悪意でもない、単純な【興味】、それこそが一番の興奮という中毒性を孕んでいる。ここは公立校で、それこそ幼少の頃から稔と同じように刀也と共に年を取った者も多い上、関係正上では稔よりも多く時間を一緒にした者もいるはずだ。にも係わらず、どうして心配よりも好奇心が先に立ってしまうのか、それが稔には分からないし、そもそもその感情自体分かりたくも無い。何故相手を心配をするのではなく、この状況を楽しもうとするのか。自分は火の粉の降り掛からない位置から悠々と高みの見物を決め込んでいられると、そう思うのか、その心理を稔は理解できないままでいた。
そしてだからこそ、それがただただ、怖かった。もし今回の騒動を起こした人物が刀也でなかったとしたら、自分の思う友達の枠組みから外れた《顔見知り程度の相手》だったとしたら、自らもまた皆と同じように、胸の内沸き上がる好奇心が顔を覗かせるのではないのか、と。自分の感情の赴くままに、その針が好奇心側に少しでも振れてしまったとしたら、と、考えただけでも悍ましい。自分もただの野次馬の一人、相手は気にも留めないだろうと、遠くから聞こえてくる噂話に耳をそばだてて、聞いた事だけで相手の状況を脳内で描き、物語の輪郭を描こうとするのだろうか。そう思ってしまう思考が、揺るがないと言い切った筈のあの時の決意が、たった一瞬沸き上がった空気の波にこんなにも簡単に中てられてしまうなんて。
知らぬ間に息を詰め、なんとか固唾をのみ込んだ稔の両の手は、ホームルームが終わるその時まで、机の下でひそり、まるで隠れる様にして爪が食い込んでしまう程、それはもう強く固く、握り込まれたままだった。
ただ一人真っ直ぐに帰路についた稔には、残念ながら今日に限っていつもの様な寄る辺が無い。少しの期待を滲ませながら通った道すがら、普段ならば開いているであろう御勝手の方に静かに視線を向けてみても、昨日話していたからか、その扉は開かれてはいなかった。今日は寄らないと先に言ったのは稔の方で、それは当然の事だが、それでも開いていたら良かったのにと、勝手に抱いていた期待が打ち砕かれて、稔は一つ、短く息を吐きながら、知らず視線をそっとしたへと向けた。見えるのは自身の足と、見慣れた道の先が少しだけ。足元だけを見ていては危ないと分かってはいても、どうしても下がってしまう視界に、稔の頭は思ったよりも重たく、素直には真っ直ぐ前を向く気にはなってくれなかった。もし、玄関から尋ねたら、家次はきっと自分を迎え入れてはくれるだろう。それでも昨日言っていた様に、本当に用事があって家を空けていたとしたら?そう考えてまた勝手に期待して、落ち込んでを繰り返す姿というのは、どうにも女々しく、自分で自分が情けない。誰かに頼らないと維持も出来ない自分の精神的な弱さを稔は一人自覚して、どこまでも自分は一人では何も出来ないのだと、稔は落ち込む気持ちを抱えたまま、とぼとぼと、慣れた道をなぞるようにして、静かに家路に着くことしか出来なかった。
その日の稔の様子は、母の目から見てもおかしかったのだろう。普段から感情をあまり表に出すことの無い息子が気もそぞろな様子でただ静かに夕餉を口に運ぶ姿に、思わず何かあったのかと、対面に腰を下ろしていた母が、何度も問いかけてしまうのも仕方のない事だ。何でもないよ、気にしないで、普段と変わらないよ、返す返事はあれど、一切確信に触れようとしない息子の言葉に、普段から交流時間も少なく、片親で、男児であるからこそ母に話す事が出来ないのではと、普段から気丈に見せているが、息子に対してどこか負い目の在る母親の踏み込める領域というものは、思った以上に難しい。聞かなければ子供に興味がないのかと発言を奪い、逆に聞き続ければ踏み込んで来るなと頑なになる可能性もある。親子だからと言って超えることの出来ない性別の壁に、思春期を前にした息子への干渉具合は自らが育った環境や、状況と一緒に考える事なぞ出来る筈も無い。だからこそ母は、同じ男であり、これから直面するだろう成長の壁にぶつかった際の相談できる相手として、家次という存在に稔を託していた。そんな一面があったのだが、思ったよりも息子の悩みは深刻らしく、しかも今日は家次の元に寄らずに勉強をするのだと、昨日の夕食時に自らの口で言っていた通り、頼れる相手の元に相談に行くことが出来なかったのだろう。浮かない顔色に、ただ静かに箸を置き、手を合わせて食器を下げる息子の俯いた顔を心配そうに見つめながらも、母はただ静かに、ゆっくりお風呂に入りなさいね、と、出来るだけ普段と変わらない声色で、シンクに食器を下ろした息子の背に、声を掛ける事しか出来なかった。
眠るまでの数時間、稔は自室の勉強机でただ黙々と今日配布されたプリントと向かい合っていた。教科書とノートに視線を巡らせ、プリントの上用意された空欄の中を埋めていく、単純作業だ。ただ文字を目で追いかけて、答えを見つけて、書き込んで。何も考えなくても良い、答えを見つけて埋めるだけの作業。社会の教師のテストは比較的優しいもので、こうして書き込んだプリントの中から必ず問題が出る様になっている。1門1点形式の、100問で合計100点になる仕様だ。配布されたプリントは2枚、1枚に120問、240問から絶対に同じ問題が出る、覚えるだけのテスト。何も考えずに答えとなる文字を書き込んで覚えるだけ。テスト直前に配られる暗記問題の最難関の筈なのに、他の何かに気を割かれないこの時間が、今の稔にとって一番の救いだった。
日中の活動によるものか、それとも極度の集中から来た疲労か、稔が急激な眠気に襲われたのは、時計の針が日付けを跨いで少しした頃の事だった。普段であれは23時前には睡魔に襲われている筈が、大幅に時間を過ごしてしまっていたらしい。それだけ集中して勉強が出来たことに驚きと共に、普段通りに床に就いたとしてもきっと眠れていなかっただろうと思い、稔は少し普段感じる事の無い気だるさに頭をぐわん、と、揺さぶられている様な感覚に、そのまま倒れ込むようにして、すぐ傍にあったベッドの上へと倒れ込んだ。自然と閉じた瞼は開くことを拒み、体は静かに布団の中で納まりの良い場所へと位置を変える。疲れた。ただその言葉だけが、頭の中に浮かんでは消えていく。もう他の事なんて考える気力も湧かない程、稔は枕にそっと頭を預けると、意識はそのまま泥の様に深い眠りの底に沈んでいった。
*
ちゃんと眠れていたのだろうか、ふっ、と浮き上がる様に覚めた意識に、それは一種の癖の様に、壁掛け時計の文字盤を虚ろな視線を最初に向ける。ぼやけた視界の先見えたのは、毎日アラーム音が鳴る様にセットした時間の10分前だろう時刻を指し示している。さっき眠ったばかりなのに、思わず浮かんだ言葉に稔は再度目を閉じるが、扉を隔てた向こう側からは、朝から忙しなく動き回る母親の、バタバタと忙しい足音が聞こえる。朝だ、週末の、休日前の、テスト前の最後の朝、数時間前に稔の頭を悩ませた日の、朝が来てしまった。本当にちゃんと会えるのだろうか、普段と何ら変わらない自然な挨拶が、会話が、自分には出来るだろうか、不快にさせて、しまうのではないのだろうか。起き抜けの頭に回る最悪ばかりの展開を並べられるだけ並べて、稔は一人、起きて最初の深呼吸をした。急に増えた呼吸量に驚いた体に少しむせ込みながら、稔はゆっくり体を起こすと、もう少しで鳴りだそうとするアラーム音を、そっと携帯を手に取り『キャンセル』と表示された文字の上に、するりと指を滑らせた。
代り映えの無い朝食を、まるで啄む様に軽く口にして、急ぎ足で家を飛び出した母の背中を見送ってから、用意された弁当を鞄に入れて、稔は家を後にする。いつもと変わらない通学路に、憎らしい程晴れた空に、普段よりも少し乾燥した空気が心地良くて腹立たしい。テスト週間前の最終日だ、良い天候に見舞われたと喜ぶべきだろうに、まるで気持ちを切り替えろと言わんばかりの天気にさえ、今の稔にとっては大きなお世話だと言いたい気持ちが浮かんでは消えていく。寧ろ今稔の悩みの種になっている刀也にとって、この天候は再出発の日と考えれば相応しいものなのではないのかと、そう素直に思えれば良かったものを。どうしても自分の気持ちが先立ってしまう、そんな自分自身の身勝手さに、稔は学校までの道を行きながらまた一つ、自分自身が嫌になった。
正門を抜け、靴を履き替えて、教室へと足を向ける。稔の取る行動は、何時もと何ら変わらない、変わっているのは正門前から行きかう生徒たちの雰囲気だ。自分の教室に向かう程、否と言うほど耳に着く名前に、普段から関係のない学年の生徒までが、その話題を口にする。停学になっていた1年生が登校する、その言葉の後に続く反応は皆それぞれだ。気にしない者、聞いた事があると言う者、その内容を知っているという者、普段から素行に問題があったと憶測で語る者、野球部の後輩だと、言う者。否応なしに耳に届く声に、言葉に、聞きたくないと稔は歩を早めるが、教室に近づいて行く程に、その内容は増えていく。全くの他人から、顔見知り、クラスメイトに、友人に、関係性が深くなっていくにつれて、数多の口から紡がれる聞き馴染みの在る名に、稔は教室に着くや否や、すぐに自身の席に腰を下ろして、そのまま机の上に突っ伏した。自分が友達だと思っている相手の悪口なんて、誰が好き好んで聞きたいと思うだろうか。それでもいつも教室で、刀也の友達として話している相手でさえも、アイツまだ来ないのかよ、と耳に届いた言葉には、心配の色では無く、何か面白い事が起きるのではないかと、そういう色を含んでいた。普段よりも多い教室の出入りに、坂口は?と、一体何人の声が該当の人物を探しているのかが分かる。それでも誰も稔に話しかけて来ないのは、稔が刀也の友達だと知らない者が多い事が救いだったのかもしれない。稔は刀也とは違いあまり他人に興味がなく、内向的な性格で決して友達は多くない。その中でも一番長く友人として接してきた相手が刀也だったからこそ、こんなにも頭を悩ませることになっているのだろう。人よりも狭いコミュニティーだからこその弊害か、選りすぐった美徳か、言い様は様々だ。それでも本人から話を聞くまでは、絶対に憶測で話を作り上げたりしないと、そう決めたのは稔自身だ。
(大丈夫、聞かなくていい、大丈夫、大丈夫・・・・・、)
教室の中にどんどんと集まってくる人の気配に、そろそろ予鈴が鳴るだろうと、稔は静かに顔を上げ、机の横、床の上に置きっぱなしになっていた鞄から、筆記用具やノートと言った、必要な物を取り出した。そして予鈴が鳴ると共に教師の背に隠れる様にして、一つ見慣れた背格好の少年が、その姿を現した。
「席に着けー、出欠の確認するぞー。」
間延びした教師の声に、関係なく沸き上がる各生徒たちから上がる多種多様な声にニコリと愛想笑いを返しながら席に着くその姿は、稔の知っているそれでは無かった。ハツラツとした笑顔に伸びた背中、どんな言葉にも明るく笑って返していた筈の弾むような声は聞こえない。少し俯き気味に、何処かバツの悪そうなその様子は、稔にとっては大きく予想を外した姿をしていた。
予鈴からすぐ、皆が満足な言葉を交わす時間も無く、一時間目の授業が始まっていく。稔たちのクラスは金曜日に移動教室の授業が2教科程あるせいか、同クラスの者以外はそう簡単に刀也に話しかける事が出来ない。それでも僅かな隙を付いて現れた者たちが、何があったのか、心配していたと口々に言葉を掛ける姿を目に留めた。数日前から純粋にどうしたのかと言っていた者から、調子に乗ってアイツなら何かしかねないと茶化していた口で、心配していたとばかりの表情で間反対の言葉を口にする者までもいる。一体どの口が、と思っても、稔にその言葉を口にするだけの立場も、関係性も無い。所詮スクールカーストにおいて最下位の、魅力も、名声も、力も無い、他に幾らでも替えの利くような稔の言葉なんぞ、一蹴されて終わるのだから。
*
そしてその時は、稔の前に急に訪れた。普段よりもずっと忙しない昼休憩を終えて午後の授業が始まり、古文という睡魔との戦いを経て、残すところは最後の戦い、うたた寝時間として皆の前に立ちはだかる数学の一時間だけとなった時だった。ノートのまとめや問題集での応用問題の予習も終わっている。後は今日テストに出るであろう部分の最終の公式確認と、応用問題の複合型の練習問題が出る位だろうなと、早々に机の上、次の授業の準備を整えていた稔の傍に、一つの影が近づき、そしてそのまま立ち止まった。最初は自分には関係ないだろうと無視を続けていた稔だったが、数秒しても動かない人影に何だと思いそちらに顔を向ければ、そこには今日話す事が無いだろうと、そう稔が勝手に思い込んでいた筈の刀也が、まるで伺う様にしてそっと静かに佇んでいた。
「・・・・なぁ稔、ルーズリーフって持ってねぇ?」
「っ!?びっくりした・・・・、持ってるよ、何枚いる??」
「一応2枚・・・・、やっぱ3枚貰っても良い?そのままノートに貼り付けたい。」
「あ、確かに楽かも・・・・・はい、3枚。足りなくなったら言ってね。」
「多分大丈夫だろ、数学だし。テスト要点と公式書いてくれる位じゃん?・・・・勉強してないけど。」
「・・・・・テスト前の休みだったのに、その間一体何やってたの・・・・・。」
思わず、本当に思わず素直な感想を口にした稔の言葉に、一瞬にして教室の空気が凍り付いた。誰も言わなかった、そう、今日1日、誰も触れたくても触れられなかった事情に、学年の中でも特に目立たない稔がそれはもう無遠慮に、誰よりも真正面から言葉の刃を突き立てたのだ。なんでお前が、何故誰も聞くに聞けなかった事を口に出したんだ、と、教室中の空気がそう物語っている。だが当の稔はそんなことを知る筈も無い。きっと自分の知らぬ所で、誰かが聞いているだろうとさえ思っていたものだから。何の悪気も無く、ただ思ったままの事を、それはもう素直に口にしただけだったのに、まさか自分が今日一番の大地雷を最初に踏み抜いたとは思ってもみなかったのだ。一瞬の間に緊張感を纏った空気に、それを察知した途端、挙動不審に手と口をワナつかせて、何を言えば良いかと慌てだした稔の様子に、刀也は少し驚いたような表情を見せたものの、直ぐににっこりと口角を引き上げて、それは軽快な笑い声を上げた。
「やっば!俺ずっと寝てばっかだった。確かにそうだわ!」
「けっ・・・・・、・・・・・しかも寝てただけなの?寝てるのは駄目だよ、テスト前だよ?」
「間違いないわ。やべ~、これ以上は成績響くとキツいかも、母さんに怒られる。」
しまったと言って笑う刀也の表情や雰囲気は登校直後の表情とは全く違う、それは昔から変わらない一番自然な、稔の良く知った姿だった。手を腰に置いて堂々と、優しくて明るく笑って、そして言うのだ、『ま、いっか』と。
「ん~でもま、いっか!多分教科書開いても寝てたと思うし、変わんないか!」
「次赤点取ったらお小遣い減るって言ってなかったっけ?」
「・・・・・・あ~・・・・、何の教科だっけ?」
「社会と、英語。あと今週家庭科の範囲発表あったけど、何ページか知ってる?」
「知ら、ない・・かも・・・・・。稔、今日俺も一緒に帰っても良い?」
「良いけど、僕家次さんの所に行くよ?ケンちゃんも一緒に行く?」
「行く!・・・・と、ヤバい、席戻るわ。じゃあ一緒に行こうな!」
「うん、分かった。すぐ行くからねー?」
「りょーかいッ!!」
二人の会話に耳をそばだたせていたのだろう周囲も、刀也が動き出すと共に、いそいそと自らの席に着き、授業の用意を始め出した。週の最後の6時間目を告げるチャイムが鳴るまでもう1分を切っている。教卓の上には、しっかりと定位置に置かれた草臥れた教科書に、配布用のプリントの山が二つ程。既に用意を済ませて生徒たちの様子見をしていた教科担任の準備は完了済みで、静かに始業の合図を待っている段階だ。この数学の教師は前準備の整っていない生徒に厳しい事で有名で、開始と同時に準備の出来ていない生徒が居れば、必ずお小言を貰う羽目になる。
始業を告げるチャイムの音に、急ぎ席に戻った刀也の背中から目を放し、稔は自らのノートを開き、今日提出期限となっている二つ折りのプリントを取り出した。休み前且つテスト前の重要教科の最終時間が始まった。
*
終業のを知らせるチャイムの音が授業が終わりを知らせると共に、生徒が一息つく間も無く、教科担任とクラス担任の二人が教卓の定位置を入れ替えた。疲れた、しんどい、覚えられない、範囲が広い、なんでテストが多いんだ、多種多様の不平不満を漏らす生徒の様子に目配せ一つ軽く流した担任は、慣れた様子で復習してたら問題ないだろうと、なんとも身も蓋も無い言葉で蹴散らした。生徒の不満に付き合っている暇は無いのだと、担任はこの後会議にテスト製作に夏の予定等々、辛いのはお前たちだけじゃない、大人には大人の過酷な時間があるのだと、早々に終わりのホームルームを切り上げた。それでもちゃんと来週からのテストに気を抜くなと釘を刺していく辺り、中々に必要な事を端的に発言してくれる担任の事が、稔は決して嫌いではなかった。寧ろ他クラスよりも早く切り上げてくれる分、放課後の予定がスムーズに進むのだ、稔にとってはクラス担任様様だ。何時でも帰れるように必要な物を先に鞄に詰める癖のある稔は、他の生徒に比べて席を立つスピードも速い。今日も最後の授業で使った教科書やノート、筆箱を詰め込みながら担任の言葉を流し聞き、話が終わったタイミングで席を立てば、全く同じ時に、一人、すくっと立ち上がった背中が稔の視界の中に入った。
「帰ろう、稔!」
「うん、帰ろう!」
相手が振り返ると共にかち合った視線に、稔はその表情に釣られるようにニコリと笑うと、いつもと変わらず教室を、誰よりも早く抜け出した。特に急いでいる訳では無い、ただ何となく、今日は特に走り出したい気分だっただけだった。それでも稔と一緒に駆け出した刀也も野球部でも中々の俊足で知られているものだから、稔の速度に後れを取る事は勿論ない。
「――――坂口ッ!!オレ、」
「おー!じゃあな~~~!!」
走り出す二人の背中に教師から注意の声が向けられるが、二人揃って逃げる様に、直ぐ階段へと足を向けた。その最中、一瞬だけ、稔の視界に少し見知った人影があった。自身の教室から慌てて飛び出してきたのか、廊下に顔を出す様に、何処か必死の形相で刀也の名を呼んでいたが、呼ばれた当の本人は返事もそこそこに、足を止めようとする所か、稔を追い越さんとばかりに速度を上げた。
「ケンちゃん、呼んでたよ?」
「良いの良いの!それより俺今先生に捕まったら絶対怒られるから絶対止まらない。」
「僕巻き込まれたくないんだけど、」
「んじゃもう走るしかないっしょ!!」
踊り場の手前、最後の一段を勢い良く飛び降りてしたり顔で笑う刀也に、稔は呆れ顔を隠すことも出来ず、巻き込まれてなるものかと、それこそ一段飛ばしに階段を駆け下りる。
「僕何にも関係ないから怒られたくない!ケンちゃん一人で怒られてっ!」
「イヤもう一緒に走ってるから無理じゃね?」
「じゃあホントに走るしかないじゃん!?ケンちゃんの阿呆ッ!!」
「うわ、家次さんみてぇ~!!」
カラカラと元気に笑う声が、下から上へと抜ける階段を中心に校舎内に響き渡る。本格的にこれは非常にマズい。自分は関係ありませんと言い訳が出来ない現状に、稔ももう覚悟を決めるしか道が無いらしい。ならばもう走って逃げきってしまった方がリスクは最小限に済ませられるかもしれないと、稔は止まる事を諦めて、刀也を置いて行かんとばかりに、もう構うものかと、走る歩幅を広げたのだった。
急ぎ靴を履き替えて二人こぞって逃げる様に、開かれたばかりの正門を潜り抜ける。我先にと男子が二人で駆け出していく様は大変元気が良く見えるが、それ故に危なっかしさの塊ともなり得るもので。普段は軽く気を付けろとしか言わない【風紀の先生】が、歩道からは絶対にはみ出すなよ!と、稔一人の時には聞いた事の無い声量でもって、走り去る背中に声を掛けてきた。捕まるとヤバい、現状その言葉に頭を支配されている稔は何とか顔だけでも振り返りながらも先生さようなら!と何とか取り繕わんと此方も大きな声で返事をしたが、大元の原因となっている筈の刀也はなんとも軽く、もう既に逃げ切ったとばかりに腕を頭の上に掲げて、さよならぁ~!と大きく数回手を振ってみせただけだった。一体誰のせいでこんなにも焦っているのか分かっているのか!?思わず非難するような視線を向ける稔に、それさえも刀也はこの状況が楽しいとばかりに、上を向き、口を大きく開けて笑い声を響かせた。
*
「ヤッバ・・・・、久しぶりに本気で走ったかも・・・・、しんど・・・・・、」
「・・・・・僕はヒドイ目に合った・・・・。」
「ゴメンって!でも競争っぽいじゃん?やっぱ稔のが走るの速ぇー、勝てなかったわ。」
「僕おつかいで走り慣れてるだけだよ、持久走だったら分かんないと思うし。」
いくつかの角を曲がったり、学校から幾分か距離を置いて、ここまで来たら大丈夫だろうと、二人は合わせる様にして、走っていた足を止めた。少し息の荒くなった刀也だが、どうにも反省の気持ちは無いらしい。じっとりとした稔の目を見ても、楽しかったから良いのだと笑うばかりで、そんな事より帰ろうと、ゆっくりと先に歩き出してしまった。
「息上がってないし、てか全然負ける気無いじゃん!稔陸上とかしねーの?」
「しないよ。僕放課後は【家次さん】って用事あるもん。」
「【家次さん】って用事になるんだな。・・・・でも確かにそうか。毎日何かしらしてるもんな。」
「ホントにそうだよ。今週なんてやりたい放題で、一昨日とうとうチカ姉さんに、顔面にお手玉投げ付けられてた。」
「一大イベント起きてんじゃん!どっち勝った!?」
「チカ姉さん。」
「だよな!やっぱそうだよな!!チカ姉さん綺麗な上にやっぱ強ぇ~!!」
他愛ない会話を続けながら、二人の足はどんどんと、目的地である家次の屋敷目指して歩を進める。会話は途切れることは無い、別に話さなくても良いのだが、普段から外での交流が少ない稔とは違い、逆に刀也は意外と会話に飢えていたのかもしれない。同年代との途切れない話題に、尽きる事の無い言葉の応酬は稔にとっても楽しいものだ。特に今週一週間心配してきた相手と言葉を交わし、そして笑い声を発しているのだ、安心したというのは嘘ではない。それでもどこか拭いきれない違和感が、目的地に近づくほどに現れては、時折刀也の顔を曇らせていることを知っていながらも、稔は決して、自分からそれを問いただす様な事はしなかった。
「やっぱ良いな、稔は・・・・、なんも聞いて来ないんだもんな。ごめんな、気、使わせて。」
ポツリと、そう呟いたと同時に、刀也の顔からするりと笑顔が抜け落ちた。前を向き、笑っていた筈の顔は俯き加減に、何とか笑顔を取り繕おうとはしているのだろうが、無理矢理に口角を上げようとしたその表情は、より歪で引き攣った、苦しそうなものだった。
「・・・・僕はケンちゃんが言うまで、絶対に聞かないよ。それとも、聞いても良いの?」
「ん~・・・・・、あんま、聞かれたくはない、し、言えないし、言いたくない・・・・。」
「僕だって本当は気になってるよ。でも無理に聞くのは違うもん。だから聞かない。」
「そうだよな・・・・、俺もそれ分かってて、今日一緒に帰りたいって、お前に頼んだんだ。」
足を止めず、二人並んで歩きながら、ぽつり、ぽつりと紡がれる刀也の言葉に、稔はただ自分の思う事だけを素直に口から発するのみだ。【言う】か【言わない】か。それは当事者にこそ与えられる権利であって、決して第三者の他人が強要して良いものでは無い。だからこそ刀也は、自分からは聞いて来ないだろうと思えた稔の事を、今一番の安牌として傍に置いたに過ぎない、そう稔自身も考えていた。深く聞かない事は関係性が無いからではない、関係性があるからこそ、聞かずとも分かる事を掘り返す様な無粋な真似はしないのだ。幼い頃からの付き合い故に、互いの感情の変化くらい言わずとも分かる。寄り添うだけで良い、何も言わなくても、傍で普通に過ごしてくれていれば、それだけで安心できるのだと、少なくとも稔はそう思っている。
「ケンちゃんが言いたいなら言って欲しい。聞いても僕は誰かに言ったりしない、それだけ。僕はケンちゃんの事、僕の知ってるケンちゃんだって、そう思ってるから。」
「うん、ありがと。・・・・・、でもやっぱ、言いたくない。ゴメンな。」
「言いたくないって分かったら、僕はそれで良いよ。首突っ込んだのは僕だもん、ケンちゃんが謝ったら駄目だよ。」
「うん、ありがと・・・・・。・・・・・なぁ、稔、」
「何?」
刀也とは違い真正面を向いたままだった稔は、声に呼ばれるままにするりと視線だけを隣に流した。見えた表情は未だ弱弱しいままだったが、何処か少し晴れやかな、影の消えたものになっている。八の字眉に目を細め、少し口を窄めながらも何とか笑顔を浮かべた刀也のその顔は、昔公園で転んで泣いて、そして立ち上がった時に、大丈夫だと見栄を張っていた時の、その時の笑顔とよく似ていた。
「何時か、何年か後になったら、・・・・・聞いて欲しいって言うかもしんないから、頼むな。」
「・・・・・分かった、何年か後に忘れてても、思い出させてよ。ちゃんと聞くから。」
「うん、ありがと・・・・・、何時か絶対に、お前に、言うから・・・・・、」
「うん、分かった。ありがと、ケンちゃん。」
言いたい事は山の様にあるのだと、震えながら絞り出すような声を耳に、稔は視線を前へと戻した。この先にある最後の角を曲がれば、いつもと変わらぬ青葉の群衆が、自分たちを出迎えるために待っていてくれている。その奥開かれた扉の中に入れば、きっと情けの無い声も、風に揺れる葉の音が、全部掻き消してくれるはずだから。だからもう少しだけ、力任せに噛み締めた唇を緩めないようにしなければと、少し遅れを取っている刀也の片腕を引きながら、稔はただ真っ直ぐに目的地である御勝手を目指し歩いた。
*
刀也と共に御勝手から庭へと入り、稔は慣れた様子で開けられていた勝手口の鍵を閉める。梅雨が明け、夏になったことを知らせるが如く固くなった地面は歩き易く、靴底が面を打つ毎、少しばかり土の匂いを香らせる。夏の日差しを喜ぶように、目一杯に広げられた木々は力強く枝を伸ばし、瑞々しくその葉に生命の輝きを宿さんと言わんばかりに濃く深い緑を浮かべている。そのお陰で遮られた日差しは僅かな木漏れ日として稔たちの良く道を必要最低限に照らし出し、涼しく乾いた風が耳に運ぶ音には、外を行きかっているだろう往来の音は聞こえなくなっていた。外から隠された場所であり、稔にとっての安心できる拠り所であるこの場所は、家主を含めてたったの三人だけが、勝手の出入りを許されている。そんな狭く閉ざされた場所だからこそ、もう誰かに聞かれることも、見られる心配も、何の気兼ねも必要ない。
「行こう、ケンちゃん。」
「うん・・・・、う、ん゛・・・・・っ、」
安心して気が抜けたのか、それとも逆に怖くなったのか、返事はするがその場に立ち止まり、片腕で顔を隠した刀也の様子に、稔はそっともう片方の手首に手を伸ばすと、そのままゆっくりと前へ向かって歩を進める。今日一日、抱え込んでいた不安や様々な葛藤が一気に大波となって刀也の中に押し寄せてきたのだろう。強がっていても、平気そうにしていても、刀也もまた稔同然、【子供】なのだ。怖ければ怖いと言っても良いと、逃げても良いのだと、そう言ってくれる相手が欲しかったのかもしれない。泣きつける場所があるかどうかで、どれだけ心に余裕を持てるかを、先日の謎の訪問者との邂逅があった稔には、それが痛い位に良く分かる。きっと稔では、刀也にとっての安心できる存在にはなる事は出しないだろう。それでも、少しでも気持ちの整理を付けられるのであれば、気持ちを吐き出せる相手になれるのならば、と、まるで独り言の様にぽつぽつと、口から音を零す刀也の言葉に、稔は只々耳を傾けては、小さくうん、うん、と、静かに相槌を繰り返した。話の内容は有って無いに等しく、とても会話が成立しているとは言えないものだ。脈絡は無く、時系列も勿論バラバラ、背景だけでも分かればと思うが、稔は刀也の交友関係を全くと言っていい程把握していない。ぐちゃぐちゃになった頭でも、自分が言える範囲の、ごく僅かな情報を、大分とぼかして言っているのだろう。本当は全部吐き出してしまいたい事は、稔にも分かるが、相手が稔だからこそ【話せない】。もうずっとこれから先、長い時間を掛けなければ本人にとっても整理が付かない。そういう事が、きっと刀也の身には起こっていたのだろう。稔には、それが分かっただけでも今は十分だった。
「・・・・あ、ケンちゃん、もう庭に出るよ。大丈夫?」
「・・・・・ぅ、・・・・・、だい、じょうぶ・・・・・、もう、大丈夫・・・・、だ・・・・。」
だんだんと明るくなってきた視界に稔はしっかりと顔を上げ前を見れば、もう本当に目と鼻の先に、良く知った縁側の風景が見えてくる。きっと今日も変わらず、縁側にどっしりと腰を下ろした人影が、稔の帰りを待ってくれているのだろう。そう思うと同時に、腕を引いて後ろについて来ている刀也は、きっとその顔を見られたくはないだろうと、稔は燦燦と光の注ぐ庭先に一歩足を踏み出すのを止めた。引いていた腕から手を放し、そのまま振り向かずに前だけを見て。背後から聞こえてくる呼吸音が少しずつ落ち着いて行くのを確認してから、稔は再度、出来るだけ落ち着いた様子の声色で声を、自らに言う様にそっと背後の刀也に問いかけた。
「じゃあ、行こっか。待ってくれてるから。」
「・・・・、うん、行こう・・・・。・・・・・稔、ありがと・・・・・。」
「僕何もしてないよ、転ばないように案内してただけだもん!」
弱々しく感謝を告げる刀也の声に、稔は笑ってそう答えたが振り返る事はせず、そのまま真っ直ぐ前だけ見て、今度こそ光の差す方へと、一歩、その足を踏み出した。少し遅れて背後から、しっかりと自らの足で稔の後を付いてくる。足が地面の上を進み、靴底が砂と擦れる音が確かに聞こえる。それだけでもう刀也は大丈夫だろうと、稔は見えてきた視界の先、縁側に座る人物へ、大きく手を振ってみせた。
「ただいま!家次さんっ!!」
「おー、遅かったやんけ稔!おかえりぃ~。」
片手に持っていた煙草を直ぐ様灰皿に押し付けて、稔に応える様にその手を挙げて返事を返した家次の目は、稔の背後にいる人物に気が付いたのか、少し驚いた様な、それでもどこか安心したような表情を見せた。だがそれも束の間、いつものような不敵な笑みを称えた口元に、フン、と鼻先で笑ってみせた家次は、さも満足していると言わんばかりにしたり顔で言葉を続けた。
「ようケン、お前も帰ったんか。・・・・学校、大丈夫やったみたいやな?」
「うん、大丈夫、だった。・・・・久しぶりだね、家次さん。」
「おう、久しぶりやな、お前が稔と一緒に帰ってくんのは。まぁそんなんワシはどうでもええんや。」
木々の間から庭先、縁側へと近づきながら言葉を交わす二人の様子に、稔は少し思うことが無い訳では無いが、それでもこうして友人とこの場所に来れた事が、今は素直に嬉しかった。
「おかえり、ケンよ。」
「うん、・・・・・ただいま、家次さん。」
鬼瓦の様だと言われる顔にくしゃりと皺を寄せ、ニッカリと笑う家次に、それを向けられた稔の背後からは、少し鼻声ながらも、確かに応える声が聞こえる。
「客が増えたから、新しいコップ出さなアカンな。稔、お前手伝え。」
「分かった!・・・・あ、家次さん、今日のおやつってなに~!?」
「“ういろう”や、前のきんつばの店のんや。美味いぞ。」
「やった!ういろう分かんないけど、美味しいならいいやっ!」
「お前何えらそうなこと言いよってからに・・・・・、ごっつ薄きったろかッ!!」
「稔お前・・・・、めちゃくちゃじゃん・・・・・、」
手伝うのに先に来いとばかりに家次に家に上がる事を促されるまま、稔は刀也を置いて、一足先に玄関へ向けて走り出した。いつも通りの家次の啖呵を切った様な調子に、いつもならいない人物の、少し呆れたような声が聞こえる。
やっと帰ってきた日常は、今までとは大きく形が変わってしまうのかもしれない。でも変わらなかったものを大切に出来るのであれば、それを稔は守っていきたいと、その時確かに感じたのだった。
・稔くん
周囲から一見気弱かと思われているが、実は一番気が強く、意思が強いので思ったことが直ぐに口から出てしまう傾向がある。自分は普通ないしそれ以下と思っているが各教科成績も良く、素行にも問題が無い。欠点は常人では考えられない程極端に他人に興味が無く、圧倒的なコミュニケーションエラーを自分から作り出してしまっていることである。何となく無口、根暗と思われているが、喋り出したらそうでもないことを学校の中でも刀也以外の人物があまり知らないという人間不信に自分からなっているモンスター。でも実は一人だけ、中学になって良く喋る相手がいるので、本人的には友達になれたら良いな、と、思っている。(相手はもう十分友達だと思ってくれている、すんごい良い子。)あと陸上競技、球技等も問題なく出来るが、体脂肪率の問題で、水に浮かない。ビート板とはずっと友達。
・家次さん
今回の次点功労者である家次さん、稔くんと一緒に帰ってきた刀也にやってやったぞと鼻高々、この後に姉と約束をしているご褒美に、今から胸がときめいて鳴り止まない。一番はその倍量の働きをしたチカさんである。稔の調子が悪いと各方面から苦情が来るので(稔母からは心配の声と、実姉からは監督不行き届きと叱責される)、これで落ち着いたとやっと高枕を決め込む気満々の【コドモオトナ】である。後は来週に控えた稔の期末テストの点数が、チカの予想平均を超えるかどうかで臨時収入お小遣いが発生するので、それに向けて若干ソワソワしていたが、稔の様子からイケる!と謎の確証を得たらしい。面倒に思っていることは、来週もテストがあるから自分で駄菓子屋に行かなければならないこと位で、それ以外はもう特に問題はない。中学時代に打ち立てた砲丸投げの記録は未だに家次が保持している。
・ケンちゃん
常に【大人】の顔色を窺い、【こども】の機嫌を損ねないようにしてきた、実は一番の苦労人。何故兄が高校進学と共に家を出ていったのか、寮付きの学校への進学をしたのかと、4つ違いの兄の境遇を、今一人になったことでより強く受ける事になった。今回の件は事故発生時に現場にいた野球部員、監督教員、担任、被害者、そして仲介の家次達のみで話し合いの決着をしたので、野球部員間では勿論、外部に漏らすことが一切禁じられている。なので現状刀也の話を聞いてやれるのは必然的に家次のみとなり、家の中でも気持ちを吐き出せず、少々つらい思いをしている。性格も明るく、努力家で我慢強い故に、他人に相談するという事のハードルがとても高い。稔は変わっているが、それ故に裏表がなく、思ったままを言ってくれるので信頼しているし、ちゃんと心を許せる相手だと思っている。稔の数少ないオトモダチである。ケンちゃんも体脂肪率の関係で、ビート板とはずっと友達。
大人になったら自分の名前を《健也》に変えたいと、本当はずっと思っている。
・ケンちゃんの、兄
兄は新幹線の距離に、自ら奨学金を借りてでも進学すると言い切っての有言実行。進学先は中間偏差値だが選択科目が多く、学年順位上位をキープすることで、免除制度を上手に使っている倹約家。実家へ連絡をすることは稀だが、弟の事は心配しているのか、毎日の様に刀也にはメッセージを入れたり、電話をくれたりして様子を伺っていた。今回の事で精神的に辛かったのは実は兄の方であり、それと同時に両親へ、もう一度【親】の形を考えて欲しいと、淡い期待を抱いてしまっている。不憫な人であるが、先に逃げた負い目もあるので、刀也に掛ける言葉が見つからない。
お付き合いの程、ありがとうございます。ケンちゃん編、これにて一段落とさせて頂きます。長々とお付き合い下さった皆々様、本当にありがとうございました。だいぶ長く、読み難いものだったと自分でも思いますが、とりあえず終われて良かったです。
次からはまた1話完結の、のんびりとした日常のお話しに戻る予定ですので、またお目にかかれれば幸いです。どうぞ宜しくお願いいたします。




