第89話「しがない魔族」
「おいおい、勝手に壊すなよ」
ありもしない声に緩みかかった空気が一気豹変する。
「ディスサルさん」
「あいつだ!」
木の影から魔族が現れた。
その魔族も見た目は人間と何ら変わりはなく、見た目から種族を推察することは難しい。
「ったく。使えねぇな」
魔族は歩く。
そしてエドゴウの死体の上を平然と踏み越えてこちらに近づいてくる。
「まぁ、お前には二人と比べるまでもなく価値があるから問題ねぇがよ」
正直な話、一番嫌いなタイプの魔族であった。
「おっと。まさか、人間の嬢ちゃんか?」
「はい。そういう貴方は?」
「俺はホーンビューナー。しがない魔族さ。それにしても嬢ちゃん怖かったろ」
「はい?」
「そいつはおっかない魔族だろ?そいつは人間攫って脅かしてな。用が済んだら殺すこわーい魔族だ。だが安心してくれ。俺がお家まで届けてやるぜ」
「本当ですか?」
「ああ」
サラティスはホーンビューナーの元まで歩く。
「なんだ?」
「私の故郷で挨拶です」
サラティスは手を差し出し握手を求める。
「ほうほう」
ホーンビューナーも手を差し出す。
「っと」
「やっぱりですね」
「おいおい、たかが人間のガキがやるじゃねーか」
手と手が触れ合うという瞬間、二人はお互いに大きく後方に飛び去った。
土が抉れ軽く舞った。
ホーンビューナーはサラティスの腕目掛けて風魔法を使った。
素直に握手していればサラティスの両手は切断されていただろう。
サラティスも同様にホーンビューナーの手首目掛けて風魔術を使った。
「気に入った。だから、家に送ってやる」
「断ります。貴方と正当な取引などできないので」
「おいおい、魔族差別か?」
「いいえ。だって貴方チットダムですよね?」
「……後学のために教えて欲しいんだが、どうして俺がチットダムだと?」
「その指です」
ホーンビューナーの指は片手に五本。合計十本ある。
「指?」
「七本」
「殺すか」
「断ります」
サラティスの髪を風が撫でる。
風が吹き荒れる。
ホーンビューナーの風魔法とサラティスの風魔術が正面でぶつかりあう。
「止めだ。お前はきっと高く売れる」
「それが本性ですか」
「俺はいつも一本は空けておく主義でな。だから今使えるのは二本。お前らで丁度ぴったりだ」
「遠慮します」
チットダム族。
身体に特筆すべき点はなく、ほぼほぼ人間と変わらない。
だが、チットダム族も血族のみ使える特別な魔法を有していた。
特殊な契約魔法だ。
正確には相手に強制的に何かを強いる魔法。
特定の条件を満たせば相手に魔法が発動する。
代償として指に契約印が刻まれる。
それは魔法が発動している証拠である。
逆に魔法が解除されれば印は消える。
チットダム族は一度に十まで使える。
チットダムは通常の契約魔法も使える。
それを応用した何かの魔法をディスサルに使ったのだろう。
サラティスは生まれて初めての魔術による本格戦闘であった。
ホーンビューナーはそれなりに魔法が使えるようであった。
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