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宿屋の娘は聖女と呼ばれ転生す  作者: 紅羽夜


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第87話「呼吸」

「まず、腕をぐちゃぐちゃにしてやる」


 それはもはや狂気である。

 ゴウィンは先端が鋭く尖った岩をニカル目掛けて飛ばす。

 ニカルは岩を避けつつ、避けれないものは蹴り飛ばし直撃を防ぐ。

 合間を縫うように移動しリッターが飛び込み槍を打ち込む。


「ちょこまかとうっとおしい」


 リッターを攻撃しようとすると、すぐさまリッターは離脱し、ニカルが近寄ってくる。

 腕をニカルに斬り落とされたため、ゴウィンはニカルの接近を警戒する。

 ニカルに気を取られ、リッターへの追撃ができない。

 イライラが溜まっていく。

 ニカルとリッターは完成していた。

 声かけなど不要であった。

 二人は呼吸するかのようにお互い動きを合わせる。

 それにより、ゴウィンはイタズラに魔法を使わされるだけであった。

 だが、それは遠くない未来二人の敗北を意味していた。

 ゴウィンが攻めきれずにいるが、それは同時に二人も攻めきれない証左である。

 恐らくだが、ゴウィンの魔力が切れるより先に、二人どちらかのスタミナが切れるだろう。

 均衡が崩れれば負けが肩を叩いてくる。

 だが、ニカルは慌ててなどいなかった。

 ニカルは争いは好きでなかった。

 争うことを疎んだ結果、静かに暮らすことを求めた。

 争いが好きではない最大の理由は、不得意ではないことであった。

 ニカルは面倒見が良かった。

 その結果トラブルに巻き込まれることが多々あった。

 魔族の解決といえば力での結果だ。

 ニカルは相手に勝つ努力でなく、相手を如何に傷つけずに済ませるかに必死になった。

 ニカルは強すぎた。

 ニカルが嫌う魔族の考え方に染まれば楽であっただろう。

 だがそれを良しとしなかった。

 いつしか、常に手加減する癖がつき。

 いつしか、争いごとから忌避する癖がついた。

 だが、今回は逃げることはしない。

 ニカルは冷静に体を慣らしていった。

 膠着状態はやがてするりするりと、終焉に向かい始めた。

 ニカルは飛んできた岩を叩いた。

 岩は紙切れのようにすーと静かに二つに裂けた。

 力任せに割れたのでない。

 滑らかな断面を作り、二つになり地に落ちる。


「ごめんなさい、死んでちょうだい」


 ニカルの魔法は風魔法であった。

 しかし、少しばかり変わっていた。

 サラティスなどが多用するように、風を操ったり、ある地点に風を発生させるものでなく、自身の極めて近距離にしか出せない。

 それこそ、体の周りにしか風を出せない。

 だが切れ味は鋭かった。

 金属は斬れないにしても、岩程度なら軽く斬れた。

 サラティスも同じことはできるが、努力と改良した結果できるのである。 

 しかし、ニカルはただ使うだけでこれができる。

 ゴウィンが下から上に目掛けて針状の岩を出す。

 岩は伸びニカルの顎を狙う。

 ニカルは岩を蹴り飛ばす。

 後方から槍が飛んできて岩とぶつかり軌道がずれる。

 そして、右腕を突き出す。

 ゴウィンは首を左に大きく傾けることで突きを躱す。


『ザッ』


 手刀そのものは当たらなかったがゴウィンの首は大きく裂けた。

 そう、滑らかな皮膚の切り傷からじわじわと、そしてまるで自覚したかのように盛大に血が吹き出る。

 ニカルはそのまま右腕を薙ぎ払う。

 流れ出る血を、皮を、肉を、骨を撫でるように二つに裂いていく。

 驚く暇も痛みを感じる暇がなかった。

 ゴウィンの首は完全に胴体を分離し、宙に舞った。

 そして、血を奏でるゴウィンの胸部に腕を振る。

 相手の種族が不明である以上、死んでなかったという結果が生じかねない。

 胸を裂き、惰性で鼓動をしていた心の臓を裂いた。

 胸の露出は増していく。

 邂逅するはずのない臓器は光に空気に触れ戸惑い、盛大に震え、血を流す。

 心臓が一つだけであることを確認した。


「恨むならお好きにどうぞ」

「俺を忘れちゃこまるぞ」


 恨まれるなら二人で一緒だ。

 地へ落ちる首は槍に貫かれ地に刺さる。


「……完全に絶命したろ」


 首の様子を確認し、リッターは槍を引き抜く。


「みたいね。少し休憩したら直ぐ移動しましょ」

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