第41話「ペロ……あれはササモ」
「ダヴァン、ダヴァン、ダヴァン」
お説教から解放されたら、一目散に調理場に訪れた。
「魔族は帰ったらしいな」
「聞きたいですか?」
「聞いてもいいのなら」
サラティスはぼかしながら、軽いあらましを語った。
「やっぱりだよなー」
ダヴァンは大笑いする。
「抜け出して無い訳ないもんな」
「失礼な。あくまでほんのちょっと、そう数歩はみ出したくらいですよ」
「ぷっ、へいへい、承知しましたよ。で、これがそのササモの豆で?」
「そうです、食べて見てください」
「嫌ーな予感しかしかないけどな」
セクドもアレシアも食べたというのだから問題はないのだろう。
「……こりゃー苦ぇ。飲み物にしたらまだいけるかもしれないが……な、これは食用には向いてない。だから友好の証としてきちんと世話して終わり。な?」
「ダヴァン、一体どうしたというのですか?」
「あのな、どっかの神童様のお陰で俺は先日まで大忙しだったんだぞ?」
ダヴァンは料理長が本来の職務である。
が、ワイルボロルの調理、品質の最高責任者として肉を使った料理の開発をしたり、それを教えたりと屋敷と街を行ったり来たりせわしなかった。
それがようやく最近終わりに近づきひと段落したのだ。
今度は人間にすれば未知の食材だ。どれだけの騒動になるか分かったものじゃない。
なので今回は消極的なのだ。
「豆をすりつぶす機械ってありましたっけ?」
「……ないな。一応何したいかを伺っても?」
「豆を潰して、脂と粉に分けたいです。……で、粉と粉乳、キュガーを混ぜて出た脂を混ぜて、最後徐々に冷やす……がしたいです」
「あ?やけに具体的じゃねーか」
「何かのお菓子?の作り方の真似?ですかね」
「あー、なるほどな。で、サラティス様はこれで化けると」
「分りませんが。可能性は」
「……はぁ、分かりましたよ。セクド様に相談してみますさ」
サラティスは無から調理法を編み出した訳でもない。
サラティスは一度だけ、ササモを食べたことがあった。
当時はそれがササモだとは一切知らなかったが。
戦時中のことである。
成り行きである魔族の一族を助けたことがある。
お礼として盛大にもてなされた。
その時食べた菓子がササモを使っていたのだ。
とても甘く、それはショモナモルと名の菓子だった。
気になったのでショモナモルについて聞いてみた。
宴の場で口も大分緩くなっていたのか、材料、作り方を教えてくれた。
しかし、主である豆については一切教えてくれなかった。
名前すら教えてくれない徹底ぶりだった。
なら、一粒だけ食べさせてくれと頼んだら、それは簡単に了承してくれた。
そして、食べて悶絶した。
甘い甘いショモナモルと似ても似つかぬ苦味一色なのだから。
その反応を見て大笑いされた記憶がある。
そして、先程食べた苦味。まさにこの時の豆と同じ衝撃。
全てが繋がった。
現在サラティスが知る限り人間にはショモナモルは広がっていない。
ワイルボロルに続き、ササモは領に新しい風を吹かすに違いない。
なので、王にはしつこいほど量産していいかの確認を取った。
「どれくらいかかりそうですか?」
「さぁな。まず許可をいただけなければそれで終わりだ」
ダヴァンの予想だがまず許可されるだろう。
溺愛する娘のお願いだ。
しかも料理に使うとなら実績も既にあるし、魔術関連に比べたら危険なこともないだろう。
なので絶対購入するだろう。
「で、許可出たらまぁ……一ヶ月以内には届くんじゃないか?」
「待てません!」
万が一記憶違い、勘違いの可能性だってある。なんとしても今確かめたい。
こうなったら止まらないサラティスである。
「あ、ダヴァン。豆をつぶす手段を思いついたので準備をお願いします」
「……大丈夫か?調理場が爆発なんてシャレにならねーことはないだろうな?」
「もちろんです」
「……あいよ、承知しましたよ」
サラティスはとぼけたり、誤魔化しはするが嘘をつかないことは知っている。
そして解決策を出せる頭脳があることも知っている。
「準備できたぜ」
「ありがとうございます」
サラティスは豆を四分の一程出すと調理用の器の上で豆を落とす。
「ん?」
豆は器の中に入らず、まるで透明な板があり、その上に乗っているかのように空中に浮いていた。
器に油を濾す紙を被せる。
「いきますよ」
『ごりごりごりごり』
リステッド家の調理場では聞いたことのない破砕音が響く。
掃除係が音に驚き原因を確かめにやってきた程だ。
サラティスがいるのを見て仕事に戻っていった。
「便利なもんで」
「風魔術は火、水と違って後片づけがいらないですからね」
「因みにどうやってるんで?」
「風を塊にしてそれをぶつけ合って回してます」
「あーなるほどな」
風魔術を使って風の力で強引に擂り潰しているのだ。
「もういいかしら?」
粉は静かに紙の上に乗った。
『ぽつ』
紙の下の器に豆から出た脂が滴り落ちる。
「面倒ですね。てい」
風魔術で破かないよう、粉を飛ばさないように紙に押し付け脂を搾り取り紙の下に落とす。
「ダヴァン、お願いします」
「あいよ」
サラティスが知っているのはここまでだ。
具体的なそれぞれの分量は知らない。
知らないので、いつものようにダヴァンにお任せした。
「これくらいか?」
ダヴァンはサラティスの指示通り材料を混ぜ合わせていった。
「ひとまず味見ですね」
器の中の黒い液体を指で掬って舐める。
「ん!」
「うぉ、確かに苦味が無くて甘いな」
「大成功です!これを冷やしましょう!」
「おっし」
スピードが大事だ。手際よく他のお菓子で使う型に液体を流し込み、保冷庫にしまう。
「なぁ、サラティス様?」
「なんです?」
「あれやけに甘くなったがよ……」
「直接食べてもいいですし、お菓子の材料にしてもいいです」
「だよな……」
「でも、新しくはないですよ?魔族では食べられてるらしいので。何かどこかで図鑑で読んだような……確かショモナモルなんて言ったような……」
「はぁ……降参だ」
サラティスがそういうのだからそうなのだろう。
しかし、人間には知らされてないのは事実。
「言っておくが俺はお菓子は専門ではないぞ」
「ケイにも協力してもらいましょう」
「ケイト様?まぁ、お菓子作りは好きなんだろうが」
「ケイには活かすではなく、開発をしてもらいたいのですよ」
「開発だ?それは新しい菓子を作るってことで?」
「そうです。まだ、たくさんのお菓子を知らない子供だからこそ、新しい発想がでてくるかもしれないじゃないですか」
「子供って……あいよ。ひとまずこれは報告してからだな」
サラティスだって十二分に子供であるが、ケイトと同じ子供かと言うとまったく違うから困ったものだ。
冷え固まったショモナモルを持ってセクドとアレシアに相談しに行った。
まずはアレシアの私室に向かった。
部屋の中はサラティスのみが入った。
「あら、とっても美味しいわね。……」
「良かったです」
「サラティス?」
「はい」
「サラティスの発想はとっても素晴らしいし、きっと領を変える大変な物だと思うの。でもね、だからこそもっと我儘言っていいのよ?」
「……」
「さすがに危ないことはダメだけど。サラティスのお願いはいつでも、誰かのため。貴女は年齢よりずーっと大人びてるわ。それこそセクドより大人かもしれないわ」
うふふふとはにかむ。
母なのだが、サラティスはドキッとした。
男なら惚れていただろう。
「我儘が言いづらい、思いつかないのなら、我慢しなくていいの」
アレシアは頭を撫でる。
それはセクドがダヴァンに言われた言葉。
家にいる時間の長さから、アレシアは気づいていた。
「先にお菓子を持って食べさせたのは説得力を持たせるためでしょ。貴族としては頼もしいけど、子供なら寂しいわ。だって私はお菓子がなくても、サラティスを信じるわ」
「お母様……」
無償の愛。
そもそも、サラティスはとても恵まれ、愛されていることは分かっていた。
思い返すと、ネイシャの母は仕事で忙しく、余り触れ合う機会は少なかった。
そして、最後に見た顔は泣き顔だった。
村を出る時、泣きながら頑張って、いつでも帰ってきなさいと言われた。
その時ああ、愛されていたんだと、つられるように涙を零した。
暫くして、戦場にて母の死を知った。
戦時中、死とは気軽な友人なのだ。
この温かさを、家族を絶対に守ろうと決意が涙の粒になって溢れていくのだ。
「私だけじゃないわ。セクドもよ。あの人は領主だからどうしても家を離れることが多いけど、サラティスのことをいつでも気にしてるもの」
「……」
「粉砕機は任せてちょうだい。一緒に美味しいお菓子作りましょうね」
「はい!」
サラティスはアレシアに顔を拭かれ。今度はセクドの仕事部屋に。
「お父様、サラティスです。お仕事中大……」
言い切るい前にドアが開かれた。
「まさかと思うけど……」
サラティスとダヴァンの組み合わせ。
ササモ以外ないだろう。
セクドはショモナモルを口にした。
「……甘い。あんな苦かったのに」
「だろ。で、ササモを植える場所を決めたいんだとよ」
「これなら、アイスティアで大規模に育ててもいいね」
「だめです」
「ん?どうしてだい?」
まさかここで否定されるとは想像もしていなかった。
「だってこれは友好の証です。領でも、領主への贈り物でもありません。なのでお家で育てる。これは外せません。ササモの豆ができて、それをアイスティアなどで育てるのはいいと思います。でも最初のこの苗だけは絶対お家で育てます」
「……そうだね。ごめんよ、これは父さんが間違ってたね。よし、植えに行こうか」
「え?もう?」
「ははは、きっとサラティスのことだろうから今にでも植えたいと言うと思ってね」
魔族を見送った後、さっそく使用人達と相談し埋める候補をいくつか決めていた。
「ありがとうございます」
サラティスはセクドに飛びつく。
「はははは、いい子だ」
ショモナモルより甘い。言葉にせず胸にそっとダヴァンはしまった。
当然の結果ではあるが、また当面ダヴァンは忙しくなるのであった。




