第22話「おみやげ」
獣牽車が停められたのは港近くの宿だった。
宿の建物の横に空きスペースがありそこに獣牽車を停められるようだ。
貴族の視察ということもあり、貸し切り状態で他の獣牽車はない。
「足元お気をつけてください。それと決して海側に近づくのはお控えください。転倒、強風、衝突、魔獣、トラブルで海の転落なんてことがないように」
「わかったのです」
ハルティックに抱っこされ獣牽車から下ろされる。
「あ、ダヴァン」
ホンスに乗ったダヴァンがやってきた。
獣牽車の横にホンスを停め、降りる。
「街のことや、歴史だなんだはそのユリスに聞いてくれとのことだ。で、サラティス様は店とか食べ物絶対惹かれるだろ?そん時の料理系の説明は俺がしてくれとのことでな。とりあえず行きましょうかね」
ダヴァンを先頭に一行は歩き始める。
「ひとがおおいですね」
「実はまだこれ少ない方なんですよ。サワランダーはもっと人が多いです」
そしてざわざわと噂する声が届く。
「あれが、サラティス様か?」
「間違いねーあの髪色はアレシア様そっくりだ」
「でもなんでだ?セクド様もいないしな」
「確か四歳になられたのよね。お使いかしら?」
「ばか、どこの貴族様がお使いなんかするんだよ」
「んーでもあのセクド様よ?」
「まぁ、そう言われればそうだがよ……」
「人気者のようでなによりだな、サラティス様」
「サラティス様、貴族である限り逃れないことです。余りに事実反することならば処罰もできますが……」
「し、しません、そんなこと」
「お、サラティス様あれ食べてみるか?」
「なんですかこれ?」
「おっと貴族様か?」
暫く歩くと周りは屋台が立ち並んでいた。
見た感じ八割近くが飲食物を売っているようだ。
「これはオクトン焼きだな」
オクトンは海中に生息する魔獣である。
水生魔獣は大きく分けて四種類に分類される。
一つ目は体内に骨がある魔獣。
二つ目は骨がない軟体である魔獣。
三つめは体の周りに貝殻を纏う魔獣。
四つ目は骨、肉ではなく魔力で体を構成している魔獣。
オクトンは二つ目に該当する魔獣である。
十本の脚を持ち、特徴的なのはそのうち二本の脚だ。
小さい棘のように硬化した皮膚の針が無数に生えており、突き刺し出血させ弱らせる脚。
溶解性の体液が分泌される脚。
それ以外は 吸盤がびっしり生えている脚だ。
粉末にしたフダワを水に溶かした生地をコココココの卵を混ぜ丸くへこんだ鉄板入れて焼く。
そこに小さく切ったオクトンの脚を入れ生地の表面を回しながら全体を焼いたのがオクトン焼きだ。
フダワとは、主要穀物の一つだ。サグリナ王国では主食は主に三つある。
屋台の店主はオクトン焼きに黒みがかったソースと黄色いソースをかけた。
「あれたべたいです」
「はいよ。店主一つ頼む」
「えっと貴族様でしょうか?」
「俺らは使用人、後ろの方がサラティス・ルワーナ・リステッド様」
「ああ。……やっぱりアレシア様にそっくりですね。いいえ、お金なんていりませんよ」
店主は大げさに首を振る。
店舗でなく道を借りて屋台を開いている商人だ。貴族が一にらみするだけで明日から商売ができなくなる。
なら、サービスして機嫌を損なわない方が良いに決まっている。
「だめです。えっとはちこいりで、ろっぴゃくふぇる、ですね」
サラティスは金貨を一枚店主に差し出す。
「あのな、他の貴族ならともかくリステッド家だぞ?まっとうな商売してるんだろ?だったら普通に金を払うさ」
「そ、そうですか。……あ、ありがとうございます。四百フェルのお返しになります」
サラティスは銀貨を四枚受け取る。
「そ、粗末で小さいですがこちらでく、お、お食事できるようになっているのでどうでしょうか?」
屋台の横には丸い小さな机と椅子が二脚。
サラティスは椅子に座り、人生初のオクトン焼きを実食。
「っと一個貰うぜ?」
ダヴァンはオクトン焼きを一個口に入れる。
食い意地での行動ではない。
「大丈夫だな。サラティス様食べて大丈夫だぞ。中熱いからゆっくりな」
念のための毒見だ。
毒が入ってなくとも食材が劣化して腹を壊すなんてこともある。
「お、おいしいです」
外はカリ、中はふわふわ。コリという噛み応えのある食感のオクトンの脚。
ソースもまた食欲をそそる味であった。
「どうしました?」
ハルティックがサラティスの異変に気づく。
「みんなはたべないのですか?」
毒見は済んだので使用人が別途食べることなどはない。
「ハルティック、ユリスもどうぞ」
「ご、ごちそうになります」
ユリスは恐る恐る食べる。貴族にすすめられたこと断るのは不敬であるという判断から口に入れた。
しかしハルティックは手を出さなかった。
「きらいですか?」
「いえ、サラティス様がセクド様から貰った大切なお小遣いですよ?私が消費するなんてとんでもございません」
「う」
ユリスは目を見開く。自分は選択を間違えてしまったのかと。
「いいんです。わたしがみんなと、たべたいって、おもったからです。ダヴァンはたべましたよ?いっしょにたべましょ?」
「しかし……」
「それに、わたしはまだこどもで、たくさんたべれないので、たべてくれたほうが、たすかります」
リステッド家では食材を粗末に扱うことは厳禁である。
「では、失礼し頂戴せていただきます」
「てんしゅさん、おいしかったです」
「そ、そりゃ良かったです」
相手が誰であれ、まっすぐ美味しいと言われると嬉しいものである。
「すみませんが、おねがいがあります」
「な、なんでしょうか」
「これから、みなとにいくんですが、かえるときも、またこことおります。そのとき、おくとんやきを、かいたいのですが、ひとつ、とっておいてもらえますか?」
「も、もちろんですとも、いくらでもとっておきます」
「ひとつあればじゅうぶんです。あ、もちかえりたいんですが、だいじょうぶでしょうか?」
「すぐ食べずに屋敷にお戻りになられて食べるってことでしょうか?」
「……まぁそんなとこです」
「分かりました、うちは普段持ち帰りもやってるんで大丈夫です」
「では、よろしくおねがいします。おかねは、しょうひんをうけとるときに?」
「あ、おまけしますよ。それくらい」
「おまけをこえてますよ」
「そうだ、代金をまけるので、そのかわりにちのオクトン焼きは美味いって感想を周りに言ってもらうってのはどうでしょうか?」
紹介の依頼料として相殺。それならただでも納得はできる。
「ハルティックどうしょうか?」
「よくあることですね。貴族の方に便宜を図ってもらおうと、対価として貢ぐ。直接的なこともあれば、暗に匂わす程度の場合もあります。なので受けとること自体を考慮しなければなりません。ただ、今回は違法性もないので問題はないかと思います」
「ユリスはどうですか?きょうかつなどに、がいとうしませんか?」
「へ?」
「ぷっ」
ダヴァンは吹き出す。
「きょ、恐喝などとんでもありません。これは私の善意というか対等な対価としてなので、決してそんな」
不穏な言葉が聞こえ慌てて店主は否定する。
「店主すまんな。サラティス様はいろいろとお勉強中でな、責任を問うとかじゃないんだ」
ダヴァンは一応フォローを入れる。
「確かに、貴族の方が命令、言葉にせずともやんわり匂わせて脅す場合もありますがよっぽど悪質、常習性がなければ罪には問えないですね」
「……」
「あほ」
「いた」
ごちんとげんこつをユリスに食わらす。
「あのな、サラティス様は自分の行為が罪に問われるような、悪質な行為かどうかを知りたいんであって。貴族だから捕まらないかどうかじゃねーんだ。貴族という立場が相手にどこまで影響するか分らないから質問してて、それは優しさ以外のなにものでもないだろうが」
「す、すいませんでした。サラティス様が先に支払うと言って店主から言い出したことなので問題ないです」
「ありがとうございます。てんしゅさんよろしくおねがいします」
四人は港へ向かった。
サラティスは船について、海について漁師などから説明を受けた。
「なにか、こまってることはありますか?」
「困ってることですか……そうですね。今年は海水の温度が低いのでそこですかね」
海水が低いことにより魔獣の収穫量が例年よりすくなく、収入が少ないのが困っていることのようだ。
サラティスは他の報告にも耳を傾けた。
戻る時間になったので素直に帰る。
「こういった事を聞いたり確認して、本当に収入があっているか、低すぎる場合は援助など救済案を申告したりとかするのが仕事ですね。まぁ、下っ端は基本聞き取りで報告を出すだけですけど」
「たいへんな、おしごとですね、ユリスはすごいですね」
「あ、お褒めに頂き光栄です」
ユリスもサラティスを幼児として見ることを止めた。
先程の店主からオクトン焼きを忘れずに貰った。
「それにしてもサラティス様。さらに買うってことは気に入ったのか?」
「これですか?たべれなかった、レザクターのぶんです」
「あー悪かった」
「ご立派です」
ハルティックもセクドと同種である。
大げさなくらいに褒めちぎる。
気に入られようなど下心はなく、純粋に心酔しているようだ。
屋敷に戻りレザクターと合流する。
一時間弱であったがサラティスには数分の短さにも思えた。
「これは?」
レザクターは満面の笑みのサラティスからオクトン焼き渡された。
ハルティックがセクドから貰ったお小遣いで買ったこと。
その場にいなかったレザクターのためにわざわざ買ったことを伝えた。
「っ。サラティス様有難く頂戴いたします」
レザクターは頭を下げる。
暫くしてから、再度獣牽車に乗る。次はサワランダーに行く。
今日はサワランダー、ラパーまで訪れる予定である。
ラパーで宿泊し翌日、ロナティッタで一日滞在。
アイスティアに行きレニトスにある自宅に帰る二泊三日計画だ。
街同士の移動は獣牽車なら一、二時間ほどで移動できる。
「サラティス様、ユリスはお役にたちましたでしょうか?」
「りっぱに、おしごとがんばってました」
「左様でございますか。ユリス、サラティス様と同行し学んだことは?」
「貴族様って小さいうちからたくさん勉強していて立派だなと」
「……はぁ。何を見てたのですか、君は」
大きく溜息を吐く。弟子の不甲斐ないさにだ。
「いいですか?貴族の子供は、庶民の子と比べてさまざま教育を受ける機会がありますが、学べば学ぶほど賢くなるわけではありません。大半の子供は君以下ですよ?」
「……そうだ、話を聞いた人たちに収入関連以外のことも聞いてました。ちょっとした困ったこと、個人的な悩みでも同じように真剣に聞いてました」
後で説教されたくないので弟子は必死に思い返し答える。
「はぁ……。それは見たことの報告でしょうに。次からは発言の意図を想像してみてください」
「分かりました」
「サラティス様は特にユリスに気にすることなくいつも通りにしていただければと」
「ハルティック君、場合によっては君だけが頼りになるかもしれないからくれぐれも頼むぞ」
ハルティック頭を下げ了解する。
「ユリスもサラティス様がお召し物をご覧の時は席を外してもらって構わない」
四歳児ではあるが、サラティスは一応女の子。
衣服に興味を持ってもおかしくない。ユリスは家族や直接仕える使用人ではない。
衣服選びの場に男性がいるとトラブルになりかねない場合もある。
「承知しました。サラティス様って普段お洋服はどちらで?」
「どちらでしょう?」
質問に質問で返す。が、意地悪などではなく知らないのだ。
服は用意されたものを着る。
「詳細はこの場では秘密ということでお願いします。サラティス様、気になさるならアレシア様にお聞きください」
サラティス、ジェリドの服は使用人が選定した候補の中からアレシア、セクドが決める。
使用人に任せる場合もある。
正装などはフルオーダーメイドであり、サラティス自身が見て選んで決めたことはない。
「まじゅつの、みせには、みるだけみたいですね」
魔術具は高い。それにお小遣いの使い道も大方決めているので購入する余裕はない。
「ご安心ください。視察に含まれております」
レザクターもサラティスが魔術に関心が高いのは知っている。
「サラティス様、お店で目立たぬようお気を付けください」
ハルティックはサラティスの耳元で小声でささやく。
事情を知らないユリスに聞こえないようにだ。




