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『てんぐと~』  作者: あずま ときお
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第二章 天下一?腹黒少女あやめ!

 あやめは、生徒会室のドアを開けた。彼女に続いて、新田も室内に入った。

 室内には、大きなテーブルがあった。その周囲には、何脚かの椅子。テーブルの奥には、ホワイトボードがある。

 あやめは振り返ると、テーブルに左手を着き、右手の手首を腰に当てた。

 「新田殿、久しぶりじゃな。三〇〇年ぶりかのう」

 「ええっ? 今日、初めてお会いしましたが」

 「個人の話ではごじゃらぬ。四条家と新田家との話じゃ」

 「ああ、なるほど。しかし、大正時代に一度、お目にかかっているそうですが」

 「なぬ? そのようなこと、四条家の記録には載っておらぬが」

 「そうかも知れません。その時は、十三条家様のご指示で京都に参ったのです。そのお勤めが終わったあと、四条家の邸宅に呼ばれて、内々のご依頼があったとか」

 「内々の依頼?」

 「表に出せないようなご依頼だったのでしょう」

 「う~む」

 あやめは、腕組みをして唸った。

 「まあ、その話は脇へ置いておくでごじゃりましょう。それよりも、今回そなたにわざわざ上洛してもらったのは、他でもない」

 あやめは、そこで一呼吸置いた。

 「はい」

 新田はうなずきつつ、次の言葉を促した。

 「他でもごじゃらん」

 「早く話を進めてください」

 「うむ。そう急かすな」

 「わたしはこう見えて意外と気が短いんです。早く本題に入ってください」

 「う、うむ。さきほどの大暴れを見れば、気が短いのは充分に分かるでごじゃる。実は、京のみやこの周辺で、今、新田家の力が必要な事態が生じておるのじゃ」

 「それは分かっております。だから、わたしが来ました。それで、具体的には?」

 「うむ。具体的には、聞いて驚け、いや、驚くな……」

 「どっちなんです」

 「実は、タチの悪い鬼が出没しておるのじゃ」

 「で、どんな鬼です?」

 「吸血鬼じゃ」

 「そうですか」

 「む? どうした? あまり驚いていないようじゃが」

 「ぜんぜん驚きませんね」

 「じゃが、ただの吸血鬼ではごじゃらん。西洋吸血鬼じゃ」

 「そうですか」

 「むむっ。まったく驚いていないようでごじゃるな。あの感染力の強い、西洋吸血鬼じゃぞ」

 「たしかに、日本古来の吸血鬼と違って、西洋吸血鬼は感染力が強くて、タチが悪いですよね」

 「そうじゃ。その西洋吸血鬼が、みやこの周辺で、今、大増殖しておるのじゃ」

 「そうですか。関西でも増殖してるんですか。困った連中ですね」

 「関西でも?」

 「実は、今年の夏休みは、横浜の西洋吸血鬼退治で、全部潰れました」

 「そ、そうでごじゃるか……。で、その鬼退治の命令は、誰がくだしたのじゃ?」

 「もちろん、おだいりさまです」

 「おだいりさまとは、あのお内裏様のことでごじゃるか?」

 あやめに、一瞬、動揺がはしった。

 「あたりまえです。天皇陛下でございます。もちろん、実際に新田家に命令をくだしたのは、宮内庁の徳川様でございます」

 「徳川?」

 あやめの顔に、一瞬、意地悪そうな表情が浮かんだ。

 「源氏の血を引く武家の名門新田家が、鎌倉幕府を倒した武士(もののふ)最強一族新田家が、どこの馬の骨とも分からぬ新参者の徳川家の命令を聞かねばならぬとは……クゥクック」

 「気持ちの悪い笑いかたは、やめてください。武士の世界は実力主義ですから、別に屈辱でも何でもありません。それに、うちの新田家は、分家のほうですから」

 「分家? では、鎌倉幕府を倒した新田義貞公は?」

 「あれは本家です」

 「では、そなたの先祖は……」

 「私の先祖は、一番槍として鎌倉に乗り込み、大いに手柄を挙げたとか」

 「そ、そうでごじゃるか……」

 あやめは、内心思った。

 七〇〇年近く前からの分家とは、ずいぶんと卑しい家柄じゃ。四条本家の長女であるわらわとは、だいぶ格が違うでごじゃる……

 「な、何をするでごじゃるか!」

 あやめは、思わず動揺し、大声を張りあげた。

 「わらわの腕をつかむとは、無礼でごじゃるぞ!」

 「だって、あやめ様、今、椅子に座ろうとしたでしょ」

 「そ、それがどうしたのでごじゃる?」

 「今座ると、スカートまでびしょびしょになってしまいますよ」

 「な、何を言っておるのでごじゃる?」

 「パンツ、びしょびしょですよ」

 「な、何を言っておるのでごじゃる! なぜそんなことが分かるでごじゃるか? と言うか、その前にそんなことを言うこと自体が、無礼でごじゃるぞ!」

 「さっき、お漏らししたでしょ。わたしがアイアンクローをかました時。廊下に、黄色い水たまりができていましたよ」

 「な、なにを、無礼な……」

 「ほらっ!」

 いきなり新田は、あやめのスカートをまくり上げた。

 「な、何をするでごじゃるか……」

 「あ~あ。すごいびしょびしょ。こんなパンツはいたままじゃ、カゼ引きますよ。さっさと脱ぎましょう」

 そう言うやいなや、新田は、片手をかけてパンツを一気に下ろした。

 「あっ! 何をするんです、あやめ様!」

 「こ、これは、その……」

 「ひとの顔に、いきなり小便を引っかけるなんて。あやめ様にそんな変態趣味があったとは」

 「ち、違うのじゃ。そなたがいきなり……」

 「いきなり、何です? いきなりパンツを下ろしたから、思わず興奮しておしっこを漏らしたんですか?」

 「こ、興奮ではごじゃらぬ。驚いただけじゃ」

 「驚いただけで、こんなに大量に漏らすんですか?」

 「わらわは、その……、十三歳までおねしょの癖が、その……。ええい、ちょっと待て。こんなひどいセクハラをして、ただですむと思っているのでごじゃるか!」

 「なにがセクハラですか。ひとの顔におしっこ大量にかけておいて。ほら、足を上げてください。パンツが足首に引っかかってますよ」

 「あっ! 何をするのじゃ!」

 新田は、あやめをテーブルの上に押し倒した。彼女の両足をつかんで上にあげ、パンツを足首から抜き取った。

 「ちょ、ちょっと待つのじゃ!」

 「ダメです。待ちません」

 「こ、これは命令じゃ! しばし待たれよ!」

 「そんな命令きけません。そもそも、鬼退治に関わる命令以外は、聞く義理はございません」

 「に、新田殿、考え直すのじゃ」

 「何をですか?」

 そう言いながら、新田は、あやめの両足を広げた。

 「わらわは、生娘(きむすめ)なのじゃ」

 「そうですか。きちがい娘ですか。わたしもよく、きちがい野郎と言われます。似たもの同士でお似合いですね」

 新田は、自分の指にたっぷりと、つばを付けた。

 「ぜ、ぜんぜん似合いではごじゃらんぞ。わらわは、生娘、つまり、処女なのじゃ」

 「それはそれは。私のために、わざわざ十八歳まで処女を守り続けてくれたとは」

 「あ、あほ! 何言うてんねん……、あうっっ」

 「あ、今あやめ様、イキましたね。ちょっと指でこすっただけなのに。イク時はイクって言ってください」

 「な、何言うてんねん……、あうっっ」

 「また、イキましたね。こんなにびちょびちょにしてイキまくってくれるとは、わたしも感激です。では、もうそろそろ、太いのを入れちゃいましょうか」

 「だ、だめじゃ、それだけは……」

 「ご安心ください。これだけびちょびちょなら、痛いのは最初のうちだけでしょう」

 「ううっ。痛い! 痛い! 痛い! か、堪忍(かんにん)……」

 

  * * *

 

 あやめは、真っ白な雪原を、裸で歩いていた。真っ赤な血が、真っ白な雪のうえに、点々と落ちていた。あやめの歩いてきた道だ。

 三歳のあやめは、雪上に両膝をついた。

 「あやめはもう、歩けないでごじゃります……」

 あやめは、その場にうずくまった。

 その時、あやめを、ひとすじの光が照らした。

 あやめは、顔を上げた。その光は、天上からさしていた。

 「あやめ、負けてはいけないでごじゃりまするぞ」

 「そ、その声は、天国の母上様……」

 「そなたは、一二〇〇年の伝統を誇る四条本家の跡取り娘でごじゃりまするぞ」

 「は、はい。それは分かっているでごじゃります。し、しかし、もうあやめは、歩けませぬ……」

 「あやめ。どんな困難も、悪知恵さえあれば、必ず乗り越えられるでごじゃりまするぞ。天下を治めるのは、腕力ではごじゃりませぬ。腹黒こそが、天下を治めるのでごじゃりまするぞ」

 「そ、そうでした、母上様。わらわは腹黒に磨きをかけて、必ず天下を取るでごじゃります。腹黒こそが、天下を救うのでごじゃります」

 十八歳のあやめは、立ち上がった。体の奥から、熱いものが、込み上げてきた。

 「そうじゃ。わらわは天下一の腹黒女じゃ。そして、腹黒によって天下を取るのじゃ。東京から来た野蛮人なぞ、わらわの甘い肉体をエサに手なずけ、わらわのしもべにしてやるのじゃ。そうじゃ! 腹黒こそが世界最強なのじゃ!」

 

  * * *


 「あやめ様! あやめ様!」

 「うううっ!」

 「大丈夫ですか? 途中で白目をむいちゃったりして。ぶつぶつと言いながら、それでもイキまくっちゃって。ちょっと気味が悪かったですよ」

 あやめは、ゆっくりと上体を起こし、まだ焦点の定まらない目で、新田を見た。

 「つぶやいていたのは、何かの呪文ですか。最後にイク時、すごい締め付けでした。四条家に代々伝わる性の奥義ってやつですか? 思わず私も、大量に出してしまいました」

 「大量に出した? どこにじゃ?」

 あやめは、我にかえった。

 「もちろん、中にです」

 「あ、あほ! 妊娠してしまったら、どうするのじゃ!」

 「もちろん、生んじゃってください」

 「あ、あほ! 誰がそなたのような野蛮人の子供など!」

 「何言ってるんですか。嫁の最大の仕事は、夫の子供を生むことでしょ」

 「よ、嫁? そなた、バカも休み休み言え! と言うか、バカなことを言うな!」

 「どっちなんです。言うんですか、言わないんですか」

 「そなた、家柄をわきまえよ! 確かに、わらわは魅力的な女じゃ。それゆえ、わらわを嫁に欲しいという気持ちは、分からぬでもない。じゃがな、わらわとそなたとでは家柄が……」

 「高い家柄から低い家柄に嫁ぐことを、降嫁っていうんでしたっけ。まてよ、降嫁の語を使うのは皇族だけでしたっけ。公家が武家に嫁ぐのはなんと言うんでしょう。まあ、いずれにせよ、ご愁傷様です」

 「勝手に結婚を決めるなっ、でごじゃる!」

 「名家のご令嬢が、なに駄々こねてるんですか。名家というものは、親同士が勝手に結婚を決めてしまうものです」

 「お、親同士?」

 「そうです。あれっ? 聞いてないんですか?」

 あやめは、絶句した。そして、硬直した。

 「あやめ様! あやめ様!」

 新田は、あやめの両肩をつかんで、体を揺すった。

 「大丈夫じゃ! 痛いから離すのじゃ!」

 「これは失敬。また一瞬、白目をむきそうになったので」

 あやめは、テーブルの上に横座りしたままスカートのすそを直した。

 「で、そなたは、その話、いつ聞いたのじゃ?」

 「えっ? 結婚の話ですか? 昨日の朝、新幹線に乗る前に、父上にいきなり言われました」

 「そ、そうか……。突然決まったのじゃな」

 「そうかも知れませんね」

 「悪いが新田殿、この縁談は破談じゃ」

 「無理です。もう親同士が決めたことですから」

 「親は親でも、わらわのほうは、どうせあの女が勝手に決めたに決まっておるでごじゃる」

 「あの女って?」

 「わらわの継母(ままはは)じゃ」

 「あやめ様のママさんですか」

 「ままははは、義理の母じゃ!」

 「ママはギリギリの肌ですか。女性のお肌のお手入れは、大変ですね」

 「何言うてんねん! いいから、ちょっと待つのじゃ」

 あやめは新田に背を向けると、スカートのポケットから携帯電話を取りだした。

 「あ、あの、父上様でごじゃりますか。お仕事中、申し訳ありませんでごじゃりまする。じ、実は、ちょっとお尋ねしたいことがごじゃりまして……。はい。はい。新田殿とはお会いしましたでごじゃりまする。はい。はい。それはもう、たいへんご立派な殿方でごじゃりまする。それで、そのう……。縁談の件でごじゃりますが……。はい。はい。たいへんご立派な殿方とのご縁談、父上様には感謝の言葉もございませんでごじゃりまする。しかし、なにぶん突然のお話しでごじゃりまするので……。め、めっそうもごじゃりませぬ。不満などごじゃりませぬ。はい。はい。武家の名門新田家に、喜んで嫁ぎさせていただきますでごじゃりまする。はい。はい。それでは、父上様、ご機嫌麗しゅう……」

 電話は、一方的に切れた。

 あやめは、自分の携帯電話を、しばし見つめた。

 それから、天を仰いだ。

 「ああっ! 父上様! 父上様! わらわはこんなに父上様をお慕い申しあげてごじゃりまするのに、なぜに父上様は、後妻の娘ばかりかわいがるのでごじゃりまするか……。そんなにわらわのことが嫌いなのでごじゃりまするか……」

 「なんか複雑そうな家庭環境ですね。まあ、観念して私の嫁になってください」

 あやめは、新田をにらみつけた。

 「イヤじゃ」

 「うわっ。なんですか、それ」

 「絶対にイヤじゃ」

 「なに駄々こねてんですか。名家は皆、親同士が決めるものです」

 「そなたは、それでいいのでごじゃるか? ええっ? 自分の自由意志は?」

 新田は、あやめの胸元に目を向けた。

 「がまんします」

 「どこを見て言ってるでごじゃる! なんか、傷ついたでごじゃりまするぞ」

 「わたしもがまんしますから、あやめ様もがまんして、おとなしく東京に来てください」

 「イヤじゃ」

 「イヤでも、鬼退治が終わったら連れて帰ります。首に縄をかけても連れ帰りますから」

 「首に縄じゃと? わらわは罪人かい!」

 「う~む。確かに、首に縄より、首輪と鎖のほうが似合ってるかも知れませんね」

 「なんじゃそれは!」

 「罪人スタイルはやめて、メス犬スタイルで連れ帰ります」

 「もっとイヤじゃ!」

 「そうだ! 裸にネコ耳と首輪だけっていうのはどうでしょう」

 「そなたは変態か!」

 「実は、根っからのサドなのです」

 「げげっ!」

 「だからこそ、私はあやめ様にぴったりですね」

 「なぜじゃ!」

 「あやめ様はマゾ女でしょ」

 「ち、ちがう!」

 「だけど、先ほど無理矢理やられて、イキまくってたじゃないですか」

 「あ、あれは……」

 「隠さなくてもいいんです。これから、きっちりわたしが調教してあげますから。メス犬として」

 「め、メス犬!」

 その屈辱的な言葉に、あやめは、思わず目をむいた。だがすぐさま気を取り直し、反撃を試みた。

 「新田殿は、かよわいおなごをいじめるのが好きなのでごじゃるか? 武家の名門新田家の御曹司おんぞうしが?」

 「御曹司って長男のことですか? わたしは三男ですが」

 その言葉に、あやめは絶句した。頭の中が、一瞬真っ白になった。

 家督相続者ではないのでごじゃるか……。公家より格下の武家で、しかも分家。そのうえ家督相続にはほど遠い三男とは……。

 あやめは、心の中で叫んだ。

 イヤじゃ! イヤじゃ! イヤじゃ!

 三男の嫁なぞになったら、姑にいびられるだけではごじゃるまい。長男の嫁と次男の嫁にも、いじめられるでごじゃる。そのうえ、本家の嫁にも、いじめられるのは確実でごじゃる。

 絶対にイヤじゃ! あのいじめ地獄に戻るのは!

 あやめは、幼い時より、継母に、いじめられて育った。そのいじめには、継母の連れ子に、腹違いの妹も、加わった。その生き地獄から解放されたのは、父が理事長を務める私立大江山高校に入学し、寮生活をはじめてからであった。 

 何としてでも、この縁談を破談にしなければ。

 あやめは、心の中で、強くそう思った。

 「かよわいおなごをいじめるのが好きとは、新田殿は、ずいぶんと性根が腐ってごじゃりまするなあ」

 あやめは、イヤミたっぷりに言った。

 「そうなのです。実は私には、性根の腐った腹黒京女の血が、混じっているのです」

 「京女? 新田殿の母君は、京女なのでごじゃるか?」

 「いえ、私の母は東京出身です」

 「じゃが、今、京女と……」

 「京女は、私の祖父の母のことです」

 「ううっ。ということは、京女の血は、たった八分の一ではないか」

 「そうなのです。しかしその血は、あの腹黒十三条家のご令嬢の血なのです」

 「げげっ! 十三条家か……」

 「そうです。大正時代に十三条家の指揮下で畿内の鬼退治をしたあと、ご令嬢を嫁にもらったのです」

 「あの、鬼の血を引く十三条家とは……」

 「鬼の血? それは初耳です」

 「知らぬなら、教えてあげるでごじゃる。クゥクック」

 あやめは、いやらしく笑った。

 「今から一〇〇〇年ほど前のことじゃ。瀬戸内で、鬼どもが暴れて、人々を苦しめておったのじゃ」

 「昔も今も、大変ですね」

 「その時に、鬼退治の玉命を受けたのが、三条家の妾腹(めかけばら)清兼(きよかね)公じゃ。清兼公は勇躍瀬戸内に乗り込んだものの、鬼どもが強すぎて、歯が立たなかったのじゃ」

 「ほう、やっぱり京男は、軟弱ですね」

 「そこで清兼公は、一計を案じた。鬼どもを、内部分裂させることにしたのじゃ。実は、瀬戸内の鬼どもの中には、赤鬼一族と青鬼一族がいて、以前から仲があまり良くなかったのじゃ」

 「ふむふむ。興味が湧いてきました」

 「清兼公は、みやこから、極上の名酒を取り寄せた。それに、全国からみやこに寄せられた山海の珍味に、美しい着物や贅沢品などもじゃ。清兼公は、青鬼一族の酋長の娘に結婚を申込み、酒や品々を、結納品として贈ったのじゃ。青鬼の酋長は、みやこの酒や品々のとりことなり、娘と清兼公との結婚を承諾した。そして、清兼公は、青鬼一族の力を借りて、赤鬼一族を滅ぼしたということじゃ。その手柄で、清兼公は、名門三条家から分かれて家を興した。それが十三条家じゃ」

 「なるほど。で、十三条家の二代目が、その青鬼娘との間にできた子供なのですね」

 「その通りじゃ」

 「なるほど、なるほど。勉強になりました。それ以降、十三条家には青鬼の血が流れている、と」

 「その通りじゃ。と言うわけで、そなたには、その青鬼の血が混じっておるのじゃ!」

 「なに、勝ち誇ったような言い方してるんです? 別に私は気にしませんよ。それにその話、うちの一族の話によく似ていますね」

 「んっ? 源氏新田家の話でごじゃるか?」

 「いえ、違います。うちの分家のほうの話です」

 「むむっ。話すでごじゃる」

 「そうですよね。嫁になるなら、知っておいたほうが良いですよね」

 「いや、嫁にはならぬが、知っておきたいでごじゃる」

 「今から九〇〇年前ほどのことです。初代源氏新田家の義重(よししげ)公が、上州に入植した時のことです。地元の豪族は皆、義重公に服従したのですが、山奥にいたある一族だけは、かたくなに抵抗し、服従しなかったのです。しかも、その一族は、刀で切っても、弓矢で射っても、死なない一族だったのです」

 「むむっ」

 「手を焼いた義重公は、一計を案じました。自分の娘を、その一族の首長に嫁入りさせて、身内に取り込むことにしたのです。そして、その一族に新田の苗字を与えて、分家扱いにしたのです」

 「げげげっ!」

 「どうしたのです、あやめ様? 何かがのどに詰まりましたか?」

 「いや、そなたの話がのどに詰まったと言おうか、あるいは胸やけをしたと言おうか……」

 「そんなに驚くような話ですか? 十三条家と似たような話ではないですか」

 「い、いや……。似ているようでいて、根本的な部分が違うでごじゃるぞ」

 「どこがですか?」

 「そなたは、性染色体のXとYのことは知っているでごじゃるか?」

 「えっ? 性生活のABCですか?」

 「違うっ! 手短に説明してあげるでごじゃる。男の性染色体はXとYで、女はXが二つあるのじゃ。息子は父からY染色体を受け継ぎ、母からX染色体を一つ受け継ぐのじゃ。一方、娘は、父のX染色体と母のX染色体を受け継ぐ」

 「それで?」

 「つまり、義重公の娘は、父である義重公のX染色体と、母のX染色体をもっておるのじゃ。よって、その娘が産んだ息子が受け継ぐX染色体は、義重公のものではない可能性が二分の一もある。それにもし受け継いでいたとしても、三代目の息子が父から受け継ぐのはY染色体だけじゃ。つまり、三代目になると、義重公の遺伝子はゼロになるのじゃ!」

 「ということは……」

 「そうじゃ」

 「わたしには、腐りきった京女の血が混じっていないと言うことですね」

 「そっちかい!」

 「十三条家のご令嬢は祖父の母なのですから、私の父上は十三条家のX染色体は受け継いでいない、ということですね」

 「それもそうじゃが、そなたには名門源氏新田本家の血は、これっぽっちも流れていないということじゃ」

 「はっはっはっ。別にぜんぜん気にしませんよ。武士の世界は、実力主義ですから」

 「ほんとに、ぜんぜんこたえていないようじゃな」

 「はい、ぜんぜん。それより、良い勉強になりました。これであやめ様とも、心置きなく子作りに励めます。腐りきった京女の血は、孫の代になれば消えてしまうのですから」

 「京女が嫌いなら、結婚なんぞするな、でごじゃる!」

 「まあまあ、落ち着いて」

 「あっ! 何をするでごじゃるか?」

 「善は急げです。さっそく子作りに励みましょう」

 新田は、あやめをテーブルの上に押し倒した。

 「ま、待つのじゃ!」

 「ダメです。また、ちょっと興奮してきましたので」

 「興奮なんてするな、でごじゃる!」

 「まだ十五歳ですから。すぐにたってきてしまうんです」

 「鬼退治は明日じゃぞ!」

 「それでは、明日の朝まで子作りに励みましょう」

 「待て待て! わらわはこれから鬼退治の準備をしなければならぬのじゃ」

 「そうですか。ご苦労様です」

 「鬼退治の準備を妨げるとは、何事じゃ! 今すぐ、わらわから離れるのじゃ! これは、鬼退治に関わる命令じゃ!」

 「ううっ。そう言われると、やむを得ません」

 新田は、あやめのセーラー服の中に入れていた自分の手を、外に出した。

 あやめは体を起こし、立ち上がった。

 「それでは、これからわらわは、明日の準備をするでごじゃる。新田殿も、明日に備えて、今夜はゆっくりと休むでごじゃる」

 「あの~。まだ一時間目ですけど」

 「いいから、今日はもう帰るのじゃ。明日は朝九時に、そなたの家まで迎えに行くでごじゃる」

 「分かりました」

 あやめは、生徒会室から新田を追い出した。

 

  第二章・終

  

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