第一章 上洛?不死身の転校生よっしい!
教室は、騒々しかった。噂話で、持ちきりだった。
「東京から、怪物が来るんやて?」
「わしは化け物って聞いたで」
「何にしても、十月に転校してくるなんて、ただもんじゃないわな」
女生徒達も、興味津々だった。
「ねえねえ、転校生って、どんな男の子かしらねえ」
「やめとき。かなりヤバイちゅう噂やん」
「どんなふうに?」
「凶暴って話やん」
ガラリと、教室のドアが開いた。
担任の女教師が、入ってきた。そのあとから、一人の少年が入ってきた。
「なんや、普通そうやな」
「ちゅうより、弱そうやんけ」
「ねえねえ、意外と可愛いやん」
「やめときって。凶悪殺人犯の中には、イケメンがけっこういるっていうし」
女教師が、口を開いた。
「え~、本日、みなさんに新しいクラスメイトができました。それでは、自己紹介を」
「わたしは、新田義朝です。東京の士道館大学附属高校から来ました」
新田は、教室内を見回した。
「さっきから、怪物とか、化け物とかっていう話し声が聞こえるけど、わたしは、みなさんと同じ、ふつ~の十五歳の高校生です。だから、よっしいと呼んで……」
「十五歳? 十月なのに? ガキやんけ」
声の主は、髪を赤く染めた少年だった。教室の一番後ろの席だ。
「おまえだってガキだろ」
ジロリと、新田がにらみつけた。
「こらこら、新田君。転校初日から何やってるの。ここは東京の山奥じゃないんだから、きちんと人間らしくしなさい」
新田は、憮然とした表情で、女教師を見た。
「渋谷に、山なんてありませんよ」
「まったく、これだから東京の野蛮人はイヤなのよねえ。地理的なことを言ってるのではありません。都から遠く離れた文化果つる土地、という意味で言ってるの」
「みやこ? 日本の首都は、東京ですよ」
「またまた、これだから東京の山猿は。日本の都は、京都です」
「シーダ先生……」
「飯田!」
新田は、女教師の胸元を見た。
「せいぜいCだと思いますが」
「どこ見てるんです!」
一瞬、女教師が気色ばんだ。
「山猿のうえにエロガキとは。これだから東京のケダモノは……」
「飯田先生って、京女ですか?」
「そうです」
「やっぱり。京女は腹黒で性根が腐ってるって聞いていたもので」
女教師の表情が険しくなった。
「そんな憎まれ口聞いてると、みんなから、いじめられちゃうわよ」
「だいじょ~ぶです。実はわたし、学校では一度もいじめられたことがないんです。たぶん、憎めない性格だからでしょう」
「あらそう。たわごとはもういいから、席に着きなさい。君の席は……」
新田は女教師の言葉を途中で遮り、教室の奥を指差した。
「あそこが空いてますね」
指差した先は、赤髪少年の席だった。
「いきなりケンカ売るなんて、上等やんけ」
赤髪少年は、腕組みをしたまま吐き捨てた。
一気に、教室中がざわついた。
「いきなり一年三組頂上対決か?」
「元空手部の赤城にケンカ売るなんて」
「赤城って、空手部の先輩四名を病院送りにして、退部になったんやろ」
「わしは五名って聞いたで」
新田は、赤城をにらみつけながら、ツカツカと向かった。
と、足を伸ばした少年がいた。赤城の二つ前の席の金髪少年だ。
新田は、引っかかる直前で歩を止めた。金髪少年を、にらみつけた。
「チッ。おもろないなあ。ひっかかれや、このボケ!」
「ボケはてめえだ!」
新田は、左膝を高く上げた。
次の瞬間、新田の左かかとが、金髪少年の膝を砕いた。
絶叫が、響いた。
金髪少年の膝は、九十度逆方向に曲がっていた。
「なにすんじゃ、われ!」
赤城が、思わず立ち上がった。
新田が、足早に近づき距離を詰めた。
赤城が、右の正拳突きを、新田の顔面に飛ばした。
ゴキッ、という音がした。
赤城の顔が、苦痛で歪んだ。右の拳を、思わず抱え込んだ。
新田は、左肘で赤城の拳を受け止めたのだ。
赤城が、口を開いた。
だが、言葉を発する前に、新田の右の拳が、赤城のあごを砕いた。
赤城は、白目をむいて、その場に崩れ落ちた。
「このダボ!」
右斜め後方の少年が、立ち上がった。百キロはありそうな巨漢だ。
新田が、振り返った。
巨漢少年が、新田の胸ぐらをつかもうと、右手を伸ばした。
新田は、左手でその手を払いのけた。
次の瞬間、新田の右の拳が、巨漢少年のみぞおちに突き刺さった。
ぐふっ、と呻いた巨漢少年の上体は、ゆっくりと前傾し始めた。
新田が、左手で巨漢少年の右袖をつかんだ。
その右袖を引きながら、左腕を巨漢少年の右脇に入れた。
その直後、巨漢少年の体が、宙に浮いた。
一本背負いだ。
巨漢少年は、別の少年の机に背中を強かに打ち、悶絶した。
「柔道部の山本を投げ飛ばすなんて!」
少年達が、驚愕の声をあげた。
少女達は、悲鳴をあげた。
「次はわしが相手や!」
一人の少年が、立ち上がった。ゆうに一八〇センチを超えそうな長身だ。その手には、木刀が握られていた。
「やった! 一年生最強剣士、斎藤!」
一部の少年達が、歓声をあげた。
「そんなもん、教室で振り回すんじゃねえ」
新田が、吐き捨てた。
斎藤は、木刀を頭上高く掲げ、机と椅子をかき分けて、新田の前に現れた。
「素手の相手やからといって、容赦しねえで」
斎藤は木刀を構えながら、新田をにらみつけた。
「ゴタクはいいから、さっさとかかってこいよ」
新田も、斎藤をにらみつけた。
斎藤が、一歩踏み込んだ。
新田も、一歩踏み込んだ。
斎藤が、木刀を振り下ろした。
新田は、左の拳を、上に突き上げた。
ボキリ、という音がした。斎藤の右肘が、逆方向に曲がっていた。
木刀が、床に落ちた。
斎藤が、絶叫した。
「うるせえだろ。女みたいに叫んでんじゃねえ」
新田は斎藤の両耳をつかんで引き寄せながら、右膝を高く蹴り上げた。
グシャッ、という音と共に、絶叫が止んだ。
あごを砕かれた斎藤は、白目をむいて失神した。
教室中が、絶叫の渦に巻き込まれた。
「怪物だ! 怪物が来た!」
少年達は次々と席を立ち、教室から逃げ出した。
「こ、殺される!」
少女達も、悲鳴を上げながら、次々に教室から逃げ出した。
あっという間に、教室には、誰もいなくなった。いるのは、新田と、失神している少年達だけだ。
「だれが怪物だ。十五歳の美少年をつかまえて」
ぼやきながら新田は、ゆっくりと教室の外に出た。
一年二組と四組の教室の前には、既に男子生徒の壁ができていた。少年達は、手に手に木刀を持っていた。
「それで、包囲したつもりなのか」
新田がそうつぶやいた時、四組の少年達の後方から、怒声が聞こえた。
「どけ、一年坊!」
一年生達の壁をかき分け、上級生達が現れた。彼らはみな、日本刀を持っていた。
上級生達は、いっせいに刀を抜いた。
「おいおい、そんなもん振り回したら、危ねえだろ」
その新田の言葉を無視して、一人の上級生が、ツカツカと前に進み出た。
真剣を上段に構えながら、後方に声をかけた。
「主将、自分に行かせてください」
一年生達から、歓声があがった。
「二年生一の剣豪、佐々木先輩だ!」
主将らしき上級生が、口を開いた。
「よし、分かった。あとの始末は私がとる。思いっきり行ってこい!」
主将の言葉が終わった瞬間、佐々木は、新田に向かって走った。
新田は、両手を軽く前に伸ばして構えた。
佐々木が、真剣を振り下ろした。
新田が、頭上で両手を合わせた。
佐々木の剣は、新田の左右の手のひらに挟まれた。
真剣白羽取りだ。
新田は刀を両手で挟んだまま左にひねりながら引き寄せつつ、腰を入れて右の横蹴りを飛ばした。佐々木は三メートルも後方に吹っ飛び、尻もちをついた。そして、胃液を吐きながら、のたうちまわった。
新田は、日本刀を脇へ放り投げた。
「主将、次は自分が行くで!」
再び一年生達から、歓声が上がった。
「我が校一の豪腕剣士、三年の宮本先輩だ!」
「よし、宮本、行ってこいや!」
宮本は、ゆっくりと新田に近づいてきた。あと五歩ほどの距離まで近づくと、新田をにらみつけながら、ゆっくりと真剣を上段に構えた。
「覚悟せいや」
「おまえがな」
宮本が、真剣を振り下ろした。
新田が、頭上で両手を合わせた。
真剣白羽取りが、決まった。
宮本が、怪力で刀を押し込んできた。刀を挟んでいる新田の両手が、徐々に下がってきた。
宮本が咆吼をあげた。さらなる怪力で、刀を押し込んできた。
新田も、咆吼をあげた。
その直後、宮本の右肘が、ボキリと折れた。新田の左上段前蹴りが、宮本の右肘に決まったのだ。
宮本の咆吼が、絶叫へと転じた。その場に力なく、両膝を着いた。
次の瞬間、新田の右膝蹴りが、宮本のあごを砕いた。
絶叫が、止んだ。
「主将、次は自分に任せてください」
一人の少年が、前に進み出た。
一年生達が、ため息をもらした。
「木下先輩か……。後輩相手には強いけど、先輩相手になるとからっきし。典型的な中間管理職型剣士。技のデパートを自称するものの、実際には、後輩相手にしか使えない汚い技ばかり……」
木下は、にやつきながら啖呵を切った。
「おい。怪物だか化け物だか知らないが、お前の真剣白羽取りは、既に見切った。覚悟せい!」
木下は、上段に構えたまま、小走りで近づいた。
真剣を、新田めがけて振り下ろした。
新田が、頭上で両手を合わせた。
真剣白羽取りが、決まった。
ニヤリと、木下が笑った。
「バカめ、化け物」
ヌルリと、剣が滑った。
「油を塗ってるのか……」
両手をすり抜けた木下の剣が、新田の額を切り裂いた。
血飛沫が、飛んだ。
「痛てえだろ! この野郎!」
新田の目つきが、変わった。
左手で佐々木の右手首をつかんで引き寄せながら、左の回し蹴りを、佐々木の脇腹に見舞った。
グフッと呻き、佐々木は上体をくの字に折った。刀を床に落とし、血反吐を吐いた。
少年達が、驚愕の声をあげた。
「か、刀が、効かない……」
「血、血が止まった。一瞬で」
たしかに、新田の額の流血は、既に止まっていた。傷口は、血糊で固まっていた。
「顔に傷が残ったらどうする! せっかくの美少年が台無しだろうが!」
そう吐き捨てながら、新田は、額の血糊を、指でぬぐった。
傷口は、既にふさがっていた。
額の皮膚には、刀傷の跡が残っていたが、それも二、三秒で消えてしまった。
「ば、化け物だ! ホンモノの化け物だ!」
少年達が騒然となった。
「誰が化け物だ! こんな美少年をつかまえて!」
「みんな落ち着け! しょせん相手は一人だ! 陣形を組め! 第一陣、前へ!」
主将が怒鳴った。
五人の上級生が、前へ出た。全員、真剣を構えていた。
「全員で同時に面を打ち込むんだ! かかれ!」
五人の上級生が、同時に面を打ち込んできた。
新田は左腕で、五本の刀を受け止めた。
五すじの鮮血が、ほとばしった。
「痛てえだろ!」
怒鳴りながら、新田は左横蹴りを飛ばした。わずか二秒間のうちに、五発も。
五人の上級生達は、全員五メートルも後方に蹴り飛ばされた。全員、体をくの字に折ってもがき苦しみ、血反吐を吐いた。
「第二陣、前へ!」
主将が叫んだ。その顔は、恐怖で青ざめていた。
「何が第二陣だ!」
吐き捨てると同時に、新田は走った。
第二陣が整列する前に、新田が飛びかかった。
上級生達は、バラバラに斬りかかった。新田は次々と、上級生達の右肘を砕いた。
「後退! 後退!」
主将が叫んだ。
だが、もはやその命令は、上級生達の耳には入らなかった。恐怖と怒りで冷静さを失い、次々に新田に襲いかかってきた。統制を失った上級生達は、次々に新田の餌食となった。ある者は肘を、ある者は膝を、またある者は、あごを砕かれた。またたく間に二十数人が負傷者となり、床の上でのたうちまわることとなった。
「弓道部! 前へ!」
その主将の声で、新田は前方に目を向けた。
十メートルほど先に、弓道部が整列していた。
一斉に、弓に矢をつがえた。その矢には、本物の鉄製の矢じりが装着されていた。
「放て!」
主将の声と同時に、五本の矢が一斉に放たれた。
左半身となった新田は、顔の前に左腕を出して楯とした。
外れたのは、一本だけだった。
二本の矢が、新田の腕に刺さった。一本は左脇腹に刺さり、もう一本は、左太ももに刺さった。
うめきながら新田は、右手で左脇腹の矢を抜いた。
大量の鮮血が、噴出した。だがその流血は、三秒ほどで止まった。
「第二矢、用意!」
その主将の言葉が終わらぬうちに、新田は、右手の矢を投げた。
その矢は、主将の右目に命中した。
主将が、絶叫した。
「主将!」
弓道部員達が、叫んだ。
新田は、左太ももに刺さった矢を抜き、投げつけた。弓道部員の一人の太ももに、刺さった。新田は、左腕の二本の矢を抜くと、次々に投げつけた。二名の弓道部員の足に、刺さった。
残りの弓道部員達が、逃げ腰になった。すかさず、床に落ちていた日本刀を拾い、新田は、次々に投げつけた。
その刀は、上級生達の足に、肩に、突き刺さり、腕や脇腹を切り裂いた。
上級生達は、恐怖で泣き叫びながら、逃げ出し始めた。
「待て、こら!」
新田は、早足で追いかけた。
背中を見せて逃げ出す上級生の襟首を、つかんだ。そして、殴りつけようとした。
その時だった。
「そこまでじゃ!」
少女の声だった。
上級生達をかき分け、ツイン・テールの小柄な少女が、現れた。
「さすがじゃな、新田殿。見事な腕前じゃ」
「誰だ、てめえ」
ジロリと、新田がにらみつけた。
「わらわは、ここ、私立大江山高校の生徒会長じゃ」
「生徒会長? それがどうした! このチビブス! 握りつぶすぞ!」
足早に近づくと、新田は左手を伸ばした。
少女の顔が、恐怖で引きつった。
新田が、少女の額を、わしづかみにした。
少女が、とっさに叫んだ。
「わ、わらわは、四条彩愛じゃ!」
その途端、新田の動きが、止まった。
数秒間静止したのち、新田は、左手をゆっくりと下ろした。
「これはこれは、四条あやめ様。初めまして。わたしが、新田よしともです」
恐怖で顔面を引きつらせたまま、あやめは何とか口を開いた。
「うむ。話はここでは何じゃ。場所を変えるでごじゃる。ついてまいれ」
「ははっ」
あやめは、新田に背を向け、歩き始めた。新田は、そのあとに従った。
あやめと新田が階段を昇り、その姿が一階から見えなくなった。
生徒達から、歓声があがった。
「さすが、四条あやめ様だ」
「さすが、名門公卿のお方。あの野蛮人を服従させるとは」
「さすが、一二〇〇年前から天狗改役を勤める四条家。化け物を一瞬で手なずけた」
生徒達は、口々に、あやめを賞賛した。
第一章・終




