↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
宛先のない手紙 ~私と旧都の紅大尉に託されたもの~  作者: 井ノ上 杏
第一章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
1/39

第1話 旧都の夜道

 私とカタリナは急ぎ足で夜の旧市街を歩いていた。

私たちは進学のため、それぞれの田舎から旧都へ出てきたばかりだった。カタリナとは、初めての授業で隣同士の席になったのがきっかけで話すようになったのだった。

二人には共通点があった。ファッションが好きで、新生活に期待している十七歳で、そして少しばかり軽はずみだった。


――最初から、なんだか嫌な予感はしたのだ。

 

 その日の夕刻、初めての懇親パーティーに私たちは参加したものの、会場に来てみるとなんと下町の小さな通りに面したパブだった。もっと華やかで上品なお店を想像していた私たちは「本当にこ(・)こ(・)なの?」と視線を交わした。

恐る恐る入った半地下の店内は薄汚くて、”パーティー”の参加者はやたら声の大きい男性ばかりだった。女性がいても、そういう雰囲気に慣れていそうなノリのいい人しかいなかった。全然学校で見かけたことがない人までいた。


 私とカタリナは身を寄せ合って座り、「失礼のない程度に早めに引き上げよう」と小声でささやきあった。

今思えば店内に入らずにすぐ帰ればよかったのだが、会場に来ているのにそのまま帰るなんて失礼ではないかとつい躊躇してしまったのだ。一刻かそこらしたら突然急用を思い出したことにして帰れば大丈夫だろう、と。

なのに、薄暗い店内には驚いたことに時計がなくて時間が分からない。さらには、パブには窓もなくて、外の様子を窺うことも出来なかった。すぐに出られるように端に座っていたのに、遅れてやってきた人が詰めてくれと言ったので、私たちは参加者たちの間に挟まれてしまった。


――出るに出られなくなっちゃったじゃない。


 私たちはちびちびと美味しくないエールに口をつけた。店内ではしょっちゅう突発的に大きな笑い声が起きては、その度に何事かとぎょっとした。


 永遠とも思える苦行が続き、ついに端に座っていた人が手洗いに席を立った。私はカタリナに目配せした。

「あ、いけない。もうこんな時間、私帰らないと」

「私も寮の門限があるんだったわ」

口々にそう言いながら、私たちは手持ちの銀貨を一枚置いて引き止められぬ内にいそいそと出口へ向かった。


 外へ出ると、辺りはすっかり暗くなっていた。小道には古びた街灯に小さな火がちらちらと揺れていた。私たちは大通りの方へ向かったつもりだったが、夜の街は普段と様相を変えていて、どこにいるのかさえも皆目見当がつかなかった。


「ねえ、本当にこっちで合っているのかしら? なんだか変な雰囲気の所に来ちゃったみたい」

ふらつきながら歩く酔っ払いからなるべく距離を取ろうと、カタリナに寄り添って私は言った。

「どうしよう、でも今更あの店に戻るのも……」

ただでさえ旧都に慣れていない上に、はじめて来た下町の薄暗い通りで私たちは道に迷っていた。

路端に座り込んだボサボサの髪をした浮浪者が突然唸り声を立てたので、私たちは文字通り飛び上がってしまった。


「今の何? 私たちに怒ったの?」

「違うわよ……だって、何もしてないもの」

「でも私たちが一番近くにいたわよ」

カタリナは泣き出さんばかりだった。


 私は最終手段に出ることにした。

「大通りに出れば、お城にはたどり着けるわよね?」

「お城には一番高い塔があるし、それを目指せば多分……」

「とりあえず、そっちの方に行きましょ。私に考えがあるの」

「マルゴ、お城に行って一体どうするの? そこからそれぞれの家を目指すの? だったら学校へ行ったほうが……」

「カタリナはここから学校へ行く道が分かるの?」

カタリナは首を振った。

「……そうね、お城に行けば衛兵がいるだろうから、道を聞けるわよね」


 私の目的は道を聞くことではなかった。だが、カタリナに期待外れをさせてはいけないので、私が取ろうとしている手段はまだ明かさずにいた。


 一番高い塔を目指して進んだ私たちはやっと城の門にたどり着いた。最新式のガスによる灯りがいくつも点いていた。その煌々とした眩しさにほっとしながら、私たちは門の脇にある石造りの衛兵の詰め所へそろそろと近づいた。


「あの、すみません……騎兵隊第三連隊のエルストナー・カエリム大尉はいませんか? 私、カエリム大尉の従妹のマルガレーテ・ハルマンです。大尉に緊急の用があるんです」

門番の兵士の一人がちらりと私達を見やると、表情ひとつ変えずに冷たく言い放った。

「私用で取り次ぐことは禁止されております。そもそも今は対応時間外なので、私用以外の重要なご要件でしたら翌朝以降にお越しください」

彼らが私の言葉を嘘と思ったのかどうか分からないが、まともに取り扱うつもりがないのは明らかだった。


――緊急だと言っているのに、明日来なさいって?


「そんな……緊急の用事なんです!」

「そう言われましても」


 カタリナは衛兵に必死で訴える私を、両手を胸の前で握って心配そうに見ていた。

そうやって揉めていると詰め所を通りかかった長身の若い将校がこちらを見て軽く眉を上げた。


「どうした」

「こちらの女性が、カエリム大尉に会いたいと」

将校は私たちに視線を向けると、小声で独り言のように言った。

「こんな時間に? 新手の技だな……」

そして、私に笑顔を向けると愛想よく言った。

「ああ……お嬢さん、申し訳ありませんが、大尉は本日の任務を終えて宿舎に戻ってしまっているんですよ」

彼が私を追い払おうと適当な嘘を言っているのだと思った。


「エルストナーは私邸があるから宿舎には住んでませんわ。私、従妹のマルガレーテ・ハルマンです。彼にマルガレーテと言ってもらえれば分かってもらえます。あなたはエルストナーと同じ騎兵隊なんじゃないですか? 制服が同じだもの」


 将校の笑顔がすっとかき消えた。私は必死になって説得を試みた。

「本当です。彼は新市街にあるカエリム商会の三人兄弟の真ん中で、兄の名前はヴィリバルト、弟はレイフォードです。年齢は二十七歳。好物だって知ってるわ。チーズケーキよ。嫌いなものは二枚貝」

将校は二、三度瞬きした。


「私たち、とても困っているんです。どうかエルストナーに聞いてみて下さい。万が一彼が知らないって言ったら、大人しく帰りますから」

「マルゴ……」カタリナが制止しようと私の腕に触れた。

「大丈夫よ、本当のことなんだから」


 将校は私の頭、恐らく髪を見つめて、ちょっと考えている様子だった。

「……本当に、カエリム大尉があなたを知らないと言ったら諦めてお帰りになるんですね?」

「ええ……でも、絶対に知ってますけど」私は挑戦するかのように顎をわずかに彼に向かって突き出した。

将校が衛兵の一人に何事か囁いて指示した。衛兵が出ていった。


 背の高い将校は腕を組んで私とカタリナを交互に見た。視線を向けられたカタリナは私の腕を掴んで肩をすくめた。私は負けじと見つめ返した。その様子を見て将校は口元を引いたが、その表情は笑いを噛み殺しているように見えた。


 しばらくすると聞き慣れた足音がして、燃えるような赤毛のさらに長身の将校が現れた。

「マルガレーテ! 一体どうしたんだ!?」

その瞳は闇夜に灯る明かりのように金色に輝いていた。


 私は彼の姿を見ると駆け寄って言った。

「エルストナー、助けて! 私たち帰れなくなっちゃったの!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。