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死に戻る王子を、記録官だけが覚えている 〜本人も忘れた失敗を、僕だけは知っている〜  作者: セルヴォア


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処刑官の護衛

「下がっていろ」


扉の前で、ソナは短く言った。


さっきまで照合室の中で話していたときより、声が硬い。王宮騎士としての顔に戻っているのが分かった。


イツキは壁際へ半歩下がった。だが控え帳は胸から離さない。離した瞬間に、全部取り上げられる気がした。


ソナはそれを見ても何も言わなかった。ただ扉の前に立つ位置を、わずかにずらした。


殿下が中から出てきたとき、最初に見えるのがイツキではなく自分になる位置だった。


護衛として自然な動きだ。


それなのに、イツキは息苦しさを覚えた。


守るための立ち方に見える。

同時に、誰かを逃がさないための立ち方にも見えた。


扉が開き、アルトが出てきた。


目録を確認しに来た王子の顔に戻っている。先ほど執行庭の名を聞いたときの乱れは、もう表にはなかった。


「ソナ」


「はい」


ソナはすぐに一歩前へ出た。返事は短く、姿勢に無駄がない。


アルトの視線は一度だけイツキに触れ、それからすぐに外れた。


「あの記録官は、まだ預かっているのか」


「はい。文書の所持経路が不明です」


「危険か」


ソナは即答しなかった。


その短い間だけ、イツキの喉が強く鳴った。


「まだ判断できません」


ようやく出た答えは、切り捨てるでも、庇うでもなかった。


アルトはわずかに眉を寄せる。


「判断できない相手を、私の近くへ置くな」


「承知しています」


ソナはそう答えながら、さりげなく体をずらした。イツキとアルトのあいだへ、さらに深く入る。


その動きは丁寧だった。だが丁寧すぎて、かえって冷たく見えた。


イツキはその背中を見た。


王子を守る騎士の背中だ。

けれど、命令があればそのまま誰かを拘束し、どこかへ引いていけそうな背中でもある。


アルトはしばらく黙っていたが、やがて低く言った。


「その文書は、裁定棟へ回すな」


ソナの目が初めてわずかに動いた。


「理由を伺っても」


「理由が必要か」


空気が細く張る。


アルトの声は大きくない。だが、王子として命じるときの重さがそこにあった。


ソナは一度だけ頭を下げた。


「必要です。殿下に関わる正式文書なら、行き先を誤れば記録が増えます」


その言い方に、イツキは違和感を覚えた。


記録が増える。


ふつうなら、騒ぎが広がるとか、面倒が増えるとか言うはずだ。ソナはもっと冷たい言い方をした。まるで、文書が回った先で何が起きるかをよく知っている人間みたいに。


アルトも同じことを感じたのか、わずかに目を細めた。


「おまえは、そういう言い方をするな」


「失礼しました」


謝罪は早い。だが声に揺れはない。


ソナは護衛としてそこに立っている。なのに今の一言だけ、まるで執行の手順を知る側の口ぶりだった。


イツキの腕の内側がじわりと冷えた。


アルトはそれ以上は追及しなかった。代わりにイツキへ視線を向ける。


「記録官」


呼ばれて、イツキは反射的に背筋を伸ばした。


「はい」


「おまえは、その文書をどこで手に入れた」


答えようとした瞬間、ソナの手が軽く上がった。止まれという合図だった。


アルトはその手を見る。


「ソナ」


「出所の確認は、私が先にやります」


「なぜだ」


「殿下に直接触れさせる前に、嘘の形を見たいからです」


その言葉に、イツキは息を止めた。


嘘の形。


記録官なら使う。だが騎士が自然に使う言葉ではない。


アルトの表情は変わらない。けれど視線だけが、ソナの横顔を静かに測っていた。


「……分かった」


短くそう言って、アルトは踵を返した。


去り際、もう一度だけイツキを見る。その目には警戒もある。だが、それだけではない気がした。


さっき執行庭の名を出されたときに乱れた何かを、自分でも持て余しているような目だった。


近衛たちの足音が遠ざかる。


廊下に残った途端、ソナの空気が変わった。


王子に向けていた硬く整った顔が、そのままイツキへ向く。


「歩け」


今度は照合室ではなく、その隣の空き閲覧机まで連れていかれた。窓のない小部屋で、机と椅子だけがある。逃げ道も隠れ場所もない。


ソナは扉を閉めると、今度は閂をかけなかった。


その代わり、出入口の前に立った。


「さっきの返答を続けろ」


「どれをです」


「とぼけるな」


ソナの声は低いままだった。


「その命令書を、どこで手に入れた」


イツキは控え帳を抱え直した。


「僕の机の上にありました」


「誰が置いた」


「分かりません」


「見ていないのか」


「朝来たときには、もうありました」


ソナは黙ったまま、イツキの顔を見ている。


疑っている。だが、ただ怒っているわけではない。

嘘ならすぐに切る、そういう目だった。


「夜番の台帳には」


「載っていません」


「受け取り箱は」


「空でした」


「机の封布は」


「外されていました」


そこで初めて、ソナの眉がわずかに寄った。


「鍵は」


「僕が持っています」


「合鍵は」


「局長室に一本。非常時用です」


質問が速い。ひとつも無駄がない。まるで最初から、侵入経路を洗う順番が頭に入っているみたいだった。


イツキはそこで気づいた。


この人は、ただの護衛ではない。


文書が人を殺すまでの道筋を知っている。

あるいは、知っていなければならない場所にいたことがある。


ソナは一歩だけ近づいた。


「イツキ・カナメ」


名を呼ぶ声が、さっきまでより冷えていた。


「その命令書の出所を隠すなら、おまえを偽造犯として拘束する」


脅しではない。

手順を告げる声だった。


「隠していません」


「なら証明しろ」


イツキは言葉に詰まる。


机の上にあった、と言うだけでは証明にならない。自分でも分かっている。だから苦しい。


ソナはその沈黙を見逃さなかった。


「証明できないなら、次を答えろ」


彼女の指が、控え帳の中の紙を指した。


「なぜ、おまえはあの命令書を見て、真っ先に殿下を追った」

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