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死に戻る王子を、記録官だけが覚えている 〜本人も忘れた失敗を、僕だけは知っている〜  作者: セルヴォア


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明日の日付の処刑命令書

朝鐘が鳴る前の記録局は、まだ人の声より紙の音のほうが多い。


王宮西棟の奥、記録棟三階。イツキは裏口から入り、夜番が置いていった文書箱を一つずつ持ち上げた。箱の底に湿りがないか、封蝋に傷がないか、台帳の数と重さが合っているか。上役は押印の意味を語るが、箱を運び、紙の異変に最初に気づくのはいつも下の人間だ。


今朝も机に着く前に、隣席の乱れた控え束を縒り直した。昨日の夕刻、上席の補佐官が机へ置き散らかしたまま帰ったものだ。このまま誰かが来れば、整えていないほうが悪いと叱られる。そういう仕事ほど、台帳には残らない。


ようやく自分の机の前に立ったとき、イツキは足を止めた。


封布を掛けたはずの机の上に、一通だけ、見覚えのない書状が載っていた。


夜番の受け取り箱にはなかった。台帳にもない。なのに紙質だけは、記録局で働く人間なら見誤りようがない。


厚手の灰白紙だった。繊維が細かく、上等な公文書にしか使われない紙だ。封蝋は黒に近い深い青。王家の緊急文書でしか使われない印色だった。


イツキは椅子を引くことも忘れ、その場で呼吸を浅くした。


触れること自体が責任になる。


だからまず見る。表書きの有無。封緘紐の結び。印章の位置。宛名の格。私文書にしては重すぎる。公文書にしては来歴がなさすぎる。どちらに転んでも、机の上に勝手に現れていい紙ではない。


窓の外では掃除役が渡り廊下を拭いていた。まだ誰も上がってこない。この時間なら、見なかったことにして棚の奥へ滑り込ませることもできる。


そう思った瞬間、イツキは自分に腹が立った。


見なかったことにされた紙を、これまでどれだけ自分が棚へ戻してきた。


イツキは封布を脇へ払い、小刀を取った。下級記録官に許されているのは、紙を傷つけない切り方だけだ。封蝋を割らず、紐の張った繊維だけを切る。手順を守るうちに、指先だけが勝手に冷えていく。


中の一枚を抜いた途端、喉が閉まった。


見慣れた正式書式だった。上段の発行欄。中央の件名。右肩の王家印。余白の幅まで規定どおりで、一文字の乱れもない。


件名には、こうある。


第三王子アルト・レヴェイン処刑命令書。


理解より先に、身体が拒んだ。紙が急に重くなったように思えて、イツキは机へ片手をついた。


王族を処刑する文書は、王宮にいる者なら誰でも一生に一度見るかどうかだ。裁定棟の記録、聖務局の承認、法務局の執行番号。王権が自分の血を切るための手順は、嫌になるほど多い。そんなものが、朝いちばんの下級記録官の机にひとりで置かれているはずがない。


それでも紙だけは、本物の顔をしていた。


イツキは震える指先で発行欄を追った。


記されていた日付は、今日ではない。


明日だった。


ちょうどそのとき、朝鐘が鳴った。ひとつ、ふたつ。王都の朝を告げる乾いた音が、ひどく遠い。


明日の日付で発行された処刑命令書が、なぜ今日ここにある。


偽造。牽制。悪質ないたずら。言い方はいくらでもある。だが、この紙はどれにも見えなかった。明日の日付なのに、すでに一度しっかり扱われた硬さがある。書かれ、封じられ、誰かの手を渡ってきた紙の手触りだった。


足音が廊下を横切り、イツキは反射的に文書を伏せた。通り過ぎた気配が遠ざかってから、ようやく息を継ぐ。


まだ最後まで見ていない。


見たくないと思ったまま、彼は下段の欄へ視線を落とした。発行責任欄。その下の署名欄。


そこで、背中の冷えがはっきり形になった。


署名欄にあったのは、見覚えのありすぎる名前だった。


イツキ・カナメ。

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