第24話 さようならの汽笛
「泣いてる。」
アイルが私を見て言った。
「だって―。もう、会えないと―。」
涙をぬぐいながら、私は途切れ途切れに言う。
「ははっ!優れた科学者ってのは神出鬼没なのだよ!昨日、ぶっきらぼうに見送っちまったのが引っかかってね。仕事、さっさと片付けて来たんだ。ぶっきらぼうな別れや、寂しい別れじゃ、こちらも嫌なんでね。」
エレナは言いながら「こっち来て」と、機関区の駐車場に向かう。
そこには、エレナの車の姿がない。
「あの?」
「これこれ!」
「えっ―。」
「NSX‐type R !今日、納車だったんだ。その試運転も兼ねてね。」
エレナは白いボディーを身に纏う、HONDA NSX‐type Rに乗っていた。
「凄い!どこにそんなお金あったの?」
アイルも驚いている。
「論文大会で優勝して、賞金せしめたのさ!」
エレナはオリオン座の一等星ベテルギウスについての論文を書いてそれが優勝したという。
「あの―。」
落ち着いた私は、エレナに向き合う。
その時、横目に、東武日光へ向かう特急「スペーシアX11号」が下今市駅に到着したのが見えた。
「私が元の世界へ帰った後もまた、お会いできるでしょうか?」
ルナとアイルが答えられないと言った問題だ。
エレナなら答えられるかもしれない。
「エレナさん。どうでしょうか?」
ルナも加わった。
「さっきも言っただろう?」
エレナは「ふっ」と笑った。
「さっき、私は何と言った?」
ルナが答えようとした。だが、アイルがそれを止めた。
アイルも答えが分かっている。ルナも、分かっている。
「優れた科学者は神出鬼没。」
答えた時、後ろから誰かに抱かれた。
「そう。神出鬼没よ。そして、もう一つエレナは抜けてる。「会えるかな?」ではなくて、「また会える」って思うこと。これが大切。疑問形ではなく、確信として考えなければ、願いは叶わないわ。」
振り返る。
私よりも長身で、Gカップくらいの大きさの胸と包容力を持つ眼鏡を掛けた女性。
「里緒菜さん―。」
「ふふっ。エレナが勝手にここへ行くから、今来た特急列車で追い掛けてきましたの。あぁ、アイルから情報を聞いたうえでね。」
里緒菜はニヤリと笑いながら、エレナの方を見る。
「なっ!アイル!お前―。」
「あら?電報には、ヤマトには伝えるなとしか書いておりませんでした!お母様に伝えるなとは、書いてませんわ!だから、お母様から電報があった時、直ぐにお知らせしました!ええ。私たちの行動も。」
アイルはニヤリと笑いながら、エレナにスマホの画面を見せ付ける。
エレナは「畜生!」と頭を抱える。
「今夜は、エレナをどこから食べて差し上げましょうか。」
「ふふふっ」と里緒菜は舌なめずりをしながら言う。
私はすっかり泣き止んだ。
そして、改めて聞きたい事をエレナにぶつける。
「エレナ。帰り際に教えてください!私の未来は、どうなるのですか?」
エレナは前と違い、微笑みを浮かべている。
そして、里緒菜もエレナが何を伝えているのか分かって微笑んでいる。
ルナとアイルも考えていたがすぐに「あっ―」とルナが答えに気付いたようだ。
「そうだなぁ。私はどこの誰かな?」
エレナが夕暮れの空を見上げながら言う。
私は改めて、「スペーシアクロスロード」のエレナの設定を思い出す。
「あっ―」
私は気付いた。
エレナは2035年のルナの世界。つまり、私の住む現実世界から、2005年の「スペーシアクロスロード」の世界へ転移した存在だ。
という事は―。
「ならばその時代。2035年の世界は存在しているのですね!」
「そう。どんな形かは私には分からないが、2035年から来た私という存在が、2035年の世界が存在している事を証明している。」
「どんな形になっても、2035年は存在するのですね!」
私はそこに小さな希望を見た。
「あぁ。どんな形でもね。そして、大事な事。私がこの世界に転移したことにより、元の世界では2035年までの間に私の知らぬことが起こって、世界そのものが崩壊する事も考えらるが、そもそも論として、人間は存外あっけなく死んじまう物だ。だから、今を大切に生きて、辛い日々を越え、遊ぶときはしっかり遊んで楽しむんだ!そうして、未来は切り開く物だ。未来は自らの手で切り開く物なのだよ。」
エレナは言いながら、NSXの助手席からA4サイズの封筒を引っ張り出すと、それを私に渡す。
中には5枚の写真があった。
庄屋の前に止まる私のS660。
白百合姉妹と私のS660。
霧積博士の母娘と私のS660。
鉾根を乗せて栃木市の日光例幣使街道を走るS660の姿。
そして、昨日、庄屋での別れ際、里緒菜に抱かれる私の姿。
「これは君の、ヤマトの道しるべだ。道に迷ったならこれを見たまえ。そして、この世界を思い出せ。そうしたら、また、この世界へと導かれるだろう。何しろ、私たちは君の世界の隣の世界に住んでいるのだから。思いは通じるさ。優れた科学者は神出鬼没だからね。」
エレナに続いて里緒菜も、
「私は、アイルだけではなくて、ルナも自分の息子のように思っているわ。そして、ヤマト。貴方もね。だって、貴方はこの世界を作ったから。貴方が居なければ、そもそも、この世界は存在せず、私たちは存在しなかった。貴方も、大切な家族よ。」
と、微笑む。
「では、私たちはこれで失敬するよ。里緒菜さんは助手席で。」
「仕事放り出したお仕置きに、NSXを私に運転させてください!」
里緒菜がNSXの運転席に飛びつく。
「取らないでくださいよ!」
「あっそうそう。」
里緒菜は携えていたエコバッグから2本の500㎖ペットボトルを出す。
「あぁっ!」
アイルが笑顔になる。
「アルカリイオン水で淹れたウーロン茶。大急ぎで淹れたから、これしかないけど―。」
「ありがとうお母様!あっそうだ。」
アイルは私にその内の1本を差し出す。
「帰りの車中で飲んでください。ここから道中長いでしょう?」
「あっ、ありがとう。」
「ヤマト。もう確信しましたから。私とルナは、またヤマトに会うって。根拠は無いですが、そんな気がします。」
アイルが微笑むと、ルナも、
「自分も。根拠不明ですけど、また会えると確信してます。エレナさんの「優れた科学者は神出鬼没」ってのが―。」
と、答える。
「へへっ。私も同じさ。ではな!また会おう!」
「またね!ルナ、アイル。そして、ヤマト!」
エレナと里緒菜は、NSXで下今市機関区を後にした。
私は「ありがとうございます。また会いに行きます。」と、一礼して見送った。
「では、私も帰ります。」
振り返ってルナとアイルに一礼する。
「楽しかった!また、今度会った時には、一晩中呑み明かしましょう!今度は宅呑み!或いは、栃木の実家で!」
「おっ、いいですね!私も、宅呑みしたいです!ヤマトさん。いいですね!」
ルナとアイルが言うのに、「今度はお邪魔するね!」と答えて、私はS660のエンジンを掛けた。
そして、窓から手を振って、下今市機関区を後に、日光東照宮へ向かって走ると、国道120号をいろは坂方面へ走るが、その時にはもう、すっかり見慣れた日光の街並みになっていた。だが、後ろから、2台のスポーツカーが追って来た。
ロータス・ヨーロッパとAE86。
アイルとルナだ。
日光宇都宮道路と合流し、国道120号と国道122号の交差点の長い左折レーンに入ると、ルナとアイルが直進レーンで横並びになる。後ろに他の車は居ない。
左ハンドルのアイルが手を振っている。
私もそれに応える。
そして、国道122号に入る時、ルナがクラクションを鳴らした。
私もクラクションを鳴らして答える。
国道122号の峠道を登って行き、日足トンネルに入った。
その時、あの手紙と不思議な切符は消えてしまい、スマホの中の、ルナとアイルの連絡先も消えてしまった。
だが、エレナと里緒菜から貰った物。
ルナとアイルと一緒に撮った写真はずっとそのまま残っていた。
そして、日足トンネルを抜ける。
私は未来へと進む。
また、ルナとアイル。そして、「スペーシアクロスロード」の物語の世界に生きる人達と会うために。




