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第1話 最終話の執筆の日

 跨線橋を駆け降りると、まもなく発車するSL大樹6号の客車に向かって小走りする。


 下今市から、ここ鬼怒川温泉駅まで乗って来たSL大樹7号から、SL大樹6号への乗り換え時間は僅か5分。あまりのんびり出来ない。しかし、私と同じように、下今市から鬼怒川温泉までSL大樹7号に乗ってきた後、直ぐに下今市へ戻るSL大樹6号に乗り換える旅客も何人かいる。


 乗車口で旅客を出迎えるSL観光アテンダントのお姉さんに「後5人から6人程来ます!」と伝えると、2号車に飛び込み、「ふぅっ」と息を吐きながら、ボックスシートに座る。


 テーブルの上にノートパソコンを広げ、小脇に水の入ったタンク貨車の形をした水筒を置く。


 ドタバタと私と同じように、SL大樹7号からSL大樹6号に乗り換える旅客が乗って来るのを横目に、窓を少しだけ空けながら、ノートパソコンに向き合う。


「ボォッ!」と、列車の先頭に立つ蒸気機関車C11‐207号機が汽笛を鳴らし、列車は鬼怒川温泉駅を発車した。


(オナラかよ景気悪い。)と思いながら、ノートパソコンのキーボードを叩き始める。


 マシンガンの大乱射と言うべきか、或いは、最近流行りのテンポの速いPopの曲をピアノで演奏しているかのように、一気に打ち込んでいく。


「ディッ!」と、一息吐きながら水を口に含むと、列車は東武ワールドスクウェア駅に停車。そして、また汽笛を鳴らして列車はゆっくりと動き出す。


「ガタゴトガタゴト」と、列車のジョイント音。「ボォーッ!」と言う汽笛の音色が窓から入って来る。窓の外の車窓の流れを見ながら、それを、目の前のパソコンの画面に落としていく。


 ―――


 2号車の展望デッキに行くエレナについて、ルナも展望デッキに出る。


「よかった。」


 エレナが微笑んだ。


「アイルと一緒に楽しく暮らせているようで。」

「私一人ではありません。みなさんのおかげです。エレナさんだけではありません。」

「アイルと一緒に生きる時間はどうだ?」


 ガタンゴトンというジョイント音に続いてルナは、


「まさに、里緒菜さんの言う通りです。蒸気機関車とディーゼル機関車。私とアイルさんと。二人三脚で、楽しく、幸せに過ごさせていただいております。」


 と言う。


「ルナとアイルは二人のペースでいい。幸せに生きられるならば、それでいい。」


 と、エレナは言った後、客室の方を見て、

「あまり君を占拠してはいかんな。」と言って、客室へ戻るので、ルナも後を追おうとしたが、エレナに止められた。


「ちゃんと、明里さん達の許可は得ておりますよ。」


 アイルは微笑みながら言った。


 ―――


 ここまで書いた時、列車は新高徳駅の場内信号機を通過した。


 私はそれを確認する。

 まもなく、アテンダントのお姉さんが検札に来るはずだ。


 横目に通路を見ると、顔見知りになったと言える程、会うとそれなりに話す、小柄のアテンダントのお姉さんが1号車の方からやって来た。


 私はスマホの画面に乗車券を表示する。


「さっそくやってるね。小説。」

「ええ。今日一日の体験、そして、今、この瞬間。列車に乗っているこの時間を、小説に活かしていきたいと思います。」


 それ以上、それ以下でもない会話をする。

 私はそれ以上を求めないし、相手方にそれ以上を求めるのは違う。

 それが、私のスタンスだ。

 だが、今日は一歩踏み込む。今のこの会話でさえも―。


 ―――


「ちゃんと、明里さん達の許可は得ておりますよ。」


 アイルは微笑みながら言った。

 列車は新高徳駅に対向列車との行き違いのため停車する。


「この世界に来て、皆さんの微笑みが温かいと感じております。」


 ルナは本心から言った。


「えへへ。私も、同じです。特に―。」


 アイルは上目遣いでルナを見る。


「特に、ルナと出会い、ルナと一緒に歩き始めた時から、私の世界に彩が生まれました。ルナ。あなたと出会えたことに感謝です。ありがとうございます。」


 アイルがルナに感謝を伝えるので、ルナは少し狼狽する。 

 対向列車のデハ10系の特急列車が警笛を鳴らしながら通過した。


 ―――


 窓の外を、特急「スペーシアX9号」が通過した。


 あの列車の折り返しとなる、「スペーシアX10号」は、今、目の前にあるノートパソコンの中で書いている小説の要所要所に登場する列車だ。


 特に、第54話では―。


 その話は後にして、今は目の前の小説に集中。

 列車は、長い汽笛を鳴らしながら鬼怒川鉄橋を渡る。

 その瞬間、小説の世界の列車も、鬼怒川鉄橋を渡っていた。


(後は、ここでハグして終わり―。)


 と思った。だが、それは違うとも思った。


「-。」


 ここで一瞬、手が止まる。

 列車は砥川橋梁を渡っていく。


 今日は全てが完璧だった。


 午前中のSL大樹の追いかけ回しで、自分の気分を高め、午後のSL大樹7号でアテンダントと車掌のやり取りに「自分の小説の世界が現実になった」と気分を最高潮にまで押し上げられ、それに背中を押されるように、最後の場面を描くべく、SL大樹6号に乗り、最後の場面に差し掛かった。


 最後の場面は、まさにこの列車、SL大樹6号がモデルの列車の車内の場面だ。

 そして、本当のラスト一文。

 ここで一瞬止まった。

 車窓には遠く、日光連山が見える。


「-。一緒に、この物語を歩んできたルナとアイルに、最後に日光連山を見せてあげよう。」


 急遽のラスト変更である。

 また、水を飲む。

 一瞬、目を瞑って、何をどう描くか再構築。


(行ける!でも、最後の場面は一緒に!)


 列車が汽笛を鳴らしながら、倉ケ崎SL花畑を通過する。それが合図だ。

 汽笛の音と共に、最後の場面の一気に書いて行く。


 ―――


 ルナの世界ではSL大樹と呼ばれていた列車は、森の中を進むと、大谷向駅に差し掛かる。対向列車の5700系の特急列車と行き違いながら大谷向駅を通過すると、大谷川を渡る長い鉄橋に差し掛かる。


「下今市駅場内進行!」


 先頭のC11の三奈美機関士の視差歓呼の声が聞こえた気がする。


「では―。」


 ルナは客室に戻る。


「まもなく、この列車の終点、下今市駅に到着いたします!」


 アイルも続いて、


「皆様、車内にお忘れ物、落とし物なさいませんよう、御手回り品もう一度ご確認ください。」


 そして、二人並んで―。


「本日は、観光準急「大樹6号」ご乗車いただきましてありがとうございました!」


 車内へお辞儀をすると、

「ボォーッ!」と長い汽笛が聞こえてきた。

 汽笛の音は、夕陽暮れなずむ日光鬼怒川地区の空へ、町へ、そして、ルナとアイルの心の中へ溶けていった。


 夕陽に照らされた空の下、二人の影は線路の先へと伸びて行った。

 そして、線路は続いて行く。

 ルナとアイルの未来へ―。


 ―――



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