才能の前で、人は何を捨てるのか
カーソルが点滅していた。
ノートパソコンの画面の一番下。
書きかけの文章の末尾で、規則正しく、無機質に。
それはまるで、この未来の榊恒一が今もまだ“続き”の途中にいることを示していた。
終わっていない。
まだ完成していない。
まだ評価も、答えも、決着も出ていない。
なのに、ここまで来ている。
諦めなかっただけで、人はこんな場所まで来られるのか。
そう思った直後、恒一は自分でそれを打ち消した。
違う。
“諦めなかっただけ”じゃない。
落ちても、削られても、数字に怯えても、家族との距離に痛んでも、それでも机へ戻ってきた結果だ。
その積み重ねを、ただの根性論みたいに軽く言ってはいけない。
恒一は、開きっぱなしの文書を少しスクロールした。
文章を読む。
頭の中に、まだ若かった頃の自分の憧れと、今この未来で机に向かっている自分の息苦しさが、同時に流れ込んでくる。
正直、全部が上手いわけじゃない。
言い回しがくどいところもある。
説明が長い箇所もある。
でも、刺さる一文がある。
ああ、と思う。
これはたぶん、“上手くなりたい人間”の文章だ。
完成された天才のものではない。
届かない何かへ何度も腕を伸ばして、失敗して、でもたまにほんの少しだけ届く、その繰り返しをしている人間の文章だ。
その時、画面端に小さく開いていた別のウィンドウが目に入った。
検索結果。
そこには、いくつもの名前が並んでいる。
同世代の人気作家。
新人賞を取った同期。
ランキング上位常連の書き手。
レビュー数、発行部数、コミカライズ決定、ドラマ化、受賞歴――そんな文字が並んでいた。
「……ああ」
声にならない納得が落ちる。
比べているのだ。
読者だけではない。
編集者だけでもない。
この未来の自分は、他人の成功を自分に突き立てながら書いている。
たぶんそれは、創作に限らない。
夢を続ける人間は、いつか必ず“自分より先に行く誰か”を見てしまう。
そして、続ければ続けるほど問いが鋭くなる。
努力しても届かないなら、それは才能の差なのではないか。
その問いから逃げずにいられる人間が、どれだけいるだろう。
◇
机の横に、小さなゴミ箱がある。
その中に、丸めた紙がいくつも捨てられていた。
何気なく一つ拾って広げる。
殴り書きのように、短い文章だけが並んでいた。
この展開、どこかで見た。
言葉が弱い。
また同じことを言ってる。
本当に自分にしか書けないものって何だ。
自分で自分を刺している。
そうとしか思えなかった。
編集者や読者の言葉よりも、ずっと容赦がない。
創作を続ける中でいちばん厄介なのは、案外こういう“自分の中の批評家”なのかもしれない。
期待してくる他人より先に、自分が自分を見限りそうになる。
白い文字が浮かぶ。
『補足:継続者は、しばしば外部評価より先に自己否定を内面化します』
「……難しい言い方しやがって」
思わず苦笑が漏れる。
でも意味は痛いほど分かった。
誰かに否定される前から、自分で自分を疑う。
それは防衛でもあるのだろう。
先に傷ついておけば、本当に刺された時に少しは耐えられるから。
けれどその防衛は、同時に人を削る。
まだ届いていないのに、自分で自分を少しずつ削りながら前へ進むことになる。
この未来の恒一は、きっとずっとそうやって書いてきたのだ。
◇
スマホを手に取る。
さっきまでの通知の中に、もう一つだけ気になるメッセージがあった。
差出人は、吉岡。
高校時代の友人だろうか。
文面を開く。
『この前の飲み会、また来なかったな』
『お前さ、売れ始めてから付き合い悪くなったって言われてるぞ』
『まあ半分冗談だけど、たまには顔出せよ』
冗談めかしている。
でも、そこにもまた距離がにじんでいた。
家族だけじゃない。
友人とも、少しずつずれてきているのかもしれない。
忙しいから。
締切があるから。
書かなければいけないから。
どれも正しい理由だ。
けれど、理由が正しいことと、関係が無傷で済むことは別だ。
「……全部は持てないのか」
ぽつりと漏れた声は、思った以上に重かった。
夢。
家族。
友人。
恋愛。
健康。
時間。
全部を同じ強さで抱えることは、たぶんできない。
何かに本気になるというのは、きっと少しずつ偏っていくことだ。
配分が崩れて、後回しになるものが生まれて、それでもなお手放せない何かを選ぶことだ。
現実の自分は、逆に何も選びきれなかった。
だから大きく失わなかった代わりに、大きく掴みもしなかった。
それが悪いとまでは言えない。
でも、この未来の重みを見てしまうと、何も選ばなかったこと自体もまた一つの選択だったのだと分かる。
◇
ノートパソコンの横に、さらにもう一冊、薄いファイルが挟まっていた。
表紙には印刷された文字。
企画会議用メモ
開く。
そこには、自作の売り方や展開案が箇条書きで並んでいた。
•一話目の引きを強く
•主人公の弱さを序盤で明確に
•タイトル再考
•読者層の導線意識
•感情の山をもっと早く
•書きたいものと読まれるものの接続
恒一は、その紙を見つめたまましばらく動けなかった。
現実の自分が昔ぼんやり憧れていた“物書き”のイメージには、こんな単語はあまりなかった。
もっと孤独で、もっと純粋で、もっと芸術寄りの何か。
そういう幻想があった。
でもこの未来は違う。
書きたいだけでは足りない。
届くように設計しなければいけない。
自分の衝動と、読者の期待の接続点を探し続けなければいけない。
それはもう、夢というより仕事だ。
でも仕事だからといって、簡単になるわけでも、冷めるわけでもない。
むしろ好きだったものが市場へ出ることで、苦しさの種類が増えている。
書きたい。
でも、読まれたい。
読まれるために変える。
変えるほど、最初に好きだったものから少し離れる。
そのたびに、これでいいのかと揺れる。
「……きついな」
思わず本音が漏れる。
好きなことを仕事にするのは羨ましい、という言葉を軽々しく言えなくなる。
好きなことが仕事になるとは、好きなものに逃げ場がなくなることでもあるのだ。
◇
机の上のメモ帳に、ひどく強い筆圧で書かれた一文を見つける。
誰にもなれないなら、自分になるしかない。
その文字を見た瞬間、胸の奥が熱くなった。
それは、諦めにも似ている。
でも同時に、開き直りにも見えた。
同期の人気作家にはなれない。
受賞者にも、天才にも、ランキングの王にもなれない。
じゃあどうするのか。
そこで終わるのではなく、自分にしか書けないものを探すしかない。
たぶん創作を続ける人間は、どこかでそこへ辿り着くのだろう。
“あの人みたいに”ではなく、
“自分であることを引き受けるしかない”場所へ。
だが、その覚悟に至るまでに何を捨てるのか。
それがこの話の核心なのかもしれない。
他人との比較で消耗する時間。
家族や友人にすぐ返せない連絡。
健康。
安定。
あるいは、“普通の幸せ”と呼ばれるものの一部。
夢を続けるとは、たぶん何かを積み上げるだけじゃない。
何かを捨て続けることでもある。
視界の端の文字がまた変わる。
『観測時間:残り 01:21:16』
まだ一時間以上ある。
でも、もう十分に見てしまっている気がした。
夢を諦めなかった未来。
そこには確かに“進んだ自分”がいた。
だが同時に、擦り減り、削れ、比べ、迷い、それでも立ち止まれない自分もいた。
その時、スマホが震えた。
今度の通知は見慣れた名前だった。
雨宮 澪
胸が、ぎくりとする。
この未来にも、澪はいるのか。
メッセージを開く。
『この前おすすめされたやつ読んだよ』
『相変わらず、榊っぽい文章だった』
『ちゃんと寝てる?』
数秒、息が止まる。
恋人ではない。
家族でもない。
でも、完全に切れてもいない距離感。
その文面だけで、この未来の二人がどういう位置にいるのか分からなくなる。
ただ一つ分かるのは、彼女がこの未来でも“榊っぽさ”を知っているということだった。
それが妙に嬉しくて、妙に苦しい。
第一観測では、告白した未来の澪がいた。
ここでは、夢を追った未来の自分に対して、別の距離にいる澪がいる。
つまりどの分岐でも、彼女は完全には消えていないのかもしれない。
形を変えながら、自分の人生のどこかに残り続けている。
「……やめろよ」
そんなことまで見せるな、と思った。
これ以上、“こうなれたかもしれない自分”を増やされると、本当に今の自分が分からなくなる。
でも、観測はまだ終わらない。
◇
恒一は椅子にもたれ、目を閉じた。
頭の中が重い。
情報も感情も多すぎる。
けれど一つだけ、はっきり輪郭を持ち始めたことがある。
現実の自分は、“才能がないかもしれない”という痛みに触れる前に逃げた。
だから、安全ではあった。
だが同時に、“本当にないのかどうか”も永遠に分からないままだった。
この未来の自分は違う。
才能の有無が怖くても、続けた。
続けた結果、なお分からないまま苦しんでいる。
結局、人は最後まで確信なんて持てないのかもしれない。
才能があるから続けるのではなく、
分からないまま続けた人間だけが、ようやく自分なりの輪郭へ辿り着くのかもしれない。
その時、ノートパソコンの画面にカーソルがまた点滅する。
続きを書け。
この未来の自分は、今も途中だ。
才能の答えが出ていなくても、途中であることは止まらない。
途中であること。
未完成であること。
それを受け入れ続けるのが、創作なのだろう。
恒一はゆっくりと目を開けた。
この先まだ何かを見るはずだ。
きっともっと決定的な場面がある。
それでも、もう分かり始めている。
才能の前で人が捨てるのは、時間や安定だけではない。
“いつか自分は特別かもしれない”という幻想そのものを捨てて、それでも続けるしかないのだ。
そして、その先でなお書く理由を持てるかどうかが、分岐を分けるのかもしれなかった。




