聖夜
腕時計は分解され、細かな部品を隅々までチェックし、破損した部位を修復していく。かなり細かい作業になり、ルッカは腕時計を直すだけに数日を要した。
「なんとか直せたんだぞ」
ゲッソリとした顔のルッカだが、やりきったという思いが自然とルッカを笑顔にした。
「良かったわ、これであの男の子も安心するわね」
フィオナもルッカの隣でニコニコとその様子を見ていた。修復された腕時計は、宣言通り新品同様にまで回復した。破損したパーツもしっかり直したので、別物と入れ替えた訳でもない為、時計の価値が下がることもないだろう。
「流石に疲れたから、今日は休むんだぞ……」
ルッカは腕時計修復の為に睡眠時間も削り、延々と作業をこなしていた。作業が完了した今、糸が切れたかのように倒れ込み、そのまま眠ってしまう。
「今は、おやすみなさいね」
フィオナはタオルケットをルッカに掛けると、庭に出た。まだ開店前の朝だ。凪は仕事に出かけて行ったが、開店前に水やりなどは済ませてしまおうとフィオナはじょうろを手に持つ。
庭では何故かイーリンが薬草畑の周りで踊っていた。屈伸運動をしながら、何かを引っ張るような動作。それは以前にセレフィアもしていた、どこぞの映画のキャラクターのような動きだった。違うのはその薬草の成長速度くらいであろうか。一生懸命にやっているのは伝わってくるのだが、映画みたいに動きに合わせてニョキッ!と生えてきたりはしない。というより、見た目には変化がない。
「イーリン?何をしているのかしら」
『薬草を育てるの、手伝うの』
それだけホワイトボードに書き込むと、再び同じ動きを繰り返す。フィオナは突然のイーリンの行動を訝しんだが、その動きを見ているうちにピンと来た。
「ははーん、さてはイーリン。セレフィアに対抗しているのね?」
ピタッとイーリンの動きが止まる。
『別に、ソンナコトナイヨ?』
書き殴ったかのような、見事なまでの片仮名だった。文字で焦りまで表現しなくてもいいのにとフィオナは思ったが、そういうお茶目な所もイーリンの魅力なのだ。
「別にイーリンが役に立たないと言っている訳ではないのよ。直接何かをしてもらうことは少ないけれど、イーリンのおかげで温かい空気になったりもするし、ムードメーカー……そう、ムードメーカーよ。イーリンは」
イーリンがトテトテと歩いてフィオナの足元までやってくると、ぎゅっと抱きついた。
「私が考え足らずだったせいで、前の家のベランダには魔素が溜まってしまった。その結果、生まれたのがイーリンよ。私はね、イーリンを大事に育て上げる責任があるの。幸せになってもらいたいのよ」
優しく語り掛けながら、フィオナはイーリンの頭を撫でる。それに対し、嬉しそうに頭の葉を左右にブンブン振り回すイーリン。その目からは涙が……
「あら、そんなに泣くような事かしら。当然のことなのだけれど……本当に泣いてるわね。一体なんの液体なのかしら」
大根のエキスだろうかと気になったので、少し指で拭って……と思ったが流石にやめておいた。
「イーリンはイーリンらしく、無邪気にしていればいいのよ」
『分かった!』
てとてと元気に走り去っていく。そして仲間の野菜たちと大縄跳びを始めるのだった。庭が広いのでできる遊びが増えて、イーリンも野菜たちも嬉しそうだ。
フィオナは手に持ったじょうろを見つめる。開店前に水やりをする為に庭に出てきたのだ。あまり悠長にしていると開店時間になってしまう。
「おっと、いけないわ」
薬草畑に水をやり、イーリンと野菜たちに声を掛けながら水をあげる。ぷはっと気持ちよさそうな声をあげる野菜たちに満足したフィオナは、じょうろを片付けて店の方へと戻っていった。イーリンが映画ばりの発破をかけた薬草畑は、気付かない程度にほんのりと光っていた。
開店準備を終えて、店先の扉に付けた看板をclosedからopenに裏返す。店の前では緊張した面持ちの男の子が、今か今かと待ちわびていた。
「いらっしゃいませ」
すぐさまレジカウンターまでやってきた男の子は、立っていたセレフィアに声を掛ける。
「すいません、お願いしていた腕時計が直ったって聞いたんですけど」
「はいはい、直ってるよー。完璧だよー!」
カウンターの下から腕時計をトレーに入れて差し出す。
「うわぁ、本当に新品みたい!本当にありがとうございます!」
目を輝かせる男の子に、セレフィアは笑いながら会計をする。
「修理費用は500円ね」
とても労力に見合った額ではないが、初回で料金についても何も決めておらず、この男の子に高額な費用を払わせるのもなとルッカが決めた値段だ。勿論今回だけである。
「もう壊しちゃダメだよ」
男の子は綺麗にお辞儀をすると、走って店から出ていった。
「初めての修理依頼は無事完了ね」
「いやぁ、あーし感動しちゃったなぁ。目から涙が止まらないよぅ」
別に泣いていないセレフィアだが、目元を擦りながら泣いたフリをしている。
「そう思うなら素直に涙を流せばいいと思うのだけれど」
「嫌だ、あーしは植物だよ?乾燥は敵なの!」
はいはいそうですかとフィオナは軽く流した。
それからは通常営業となり、ぼちぼち客がやって来ては帰っていく。あくせく働いていると、あっという間に閉店時間だ。
閉店作業を済ませると、セレフィアは迎えに来たカルミラに連れられて帰っていった。最近少しカルミラの体がふくよかになっているのは気のせいだろうか。
フィオナはルッカの作業部屋へ向かい、ルッカと修理依頼について話をした。料金を種類毎に大まかに定め、細かい部分は客と相談して決める事になった。
「ただいまー」
俺が帰ると、ドタドタとルッカが走って出迎えに来てくれた。
「おかえりなんだぞ!」
「珍しいね、フィオナは?」
「晩ご飯を作ってるんだぞ」
どうやらもう作り始めているらしい。帰るの遅かったかな?と時計を見るが、時間はいつも通りだった。
「今日は何か手の込んだ料理でも作っているのかな」
「凪、もしかして忘れてるぞ?」
「ん?なんかあったっけ」
俺の言葉に、ルッカはガックリと肩を落とした。
「今日はクリスマスイブなんだぞ」
「あれ、そうだっけ」
「フィオナがケーキを作ってくれてるんだぞ」
「本当にフィオナはなんでも出来るんだね」
きっとフィオナなら、見た目も綺麗で美味しいケーキを作るのだろう。一度部屋に戻って身支度を整えると、ダイニングへ向かった。キッチンではフィオナが鼻歌混じりに料理を作っていた。
「フィオナ、凪がクリスマス忘れてたぞ〜」
「もうルッカってば。クリスマスプレゼントは子供が貰う物なのよ。覚えていても貰えないわよ」
どうやらルッカはクリスマスプレゼントを期待していたらしい。
「はは、そうなんだ。ちなみに何が欲しかったの?」
「お?」
それは考えてなかったと言いたげな顔に、俺は吹き出しそうになる。
「別に特別欲しいものがあった訳じゃないんだね。それに、クリスマスプレゼントはサンタさんがくれるんだよ」
「それは知ってるぞ。その正体が父親なのも知ってるぞ」
「夢も希望もないなぁ」
「馬鹿な事言ってないで、料理運ぶの手伝ってちょうだい」
俺とルッカは「はーい」と返事をして料理を運ぶ。食器も並べ、みんなで席に着いた。
「今日は豪華だね」
チキンにポテトサラダ、ローストビーフと豪華なラインナップが並んでいる。
「全部美味しそうだぞ」
涎を垂らしそうなルッカが料理を見ながら指をくわえている。
「じゃあ、頂こうか」
チキンを一口齧る。有名チェーンのチキンより味が染みていて美味しい気がした。
「このチキンもフィオナが?」
フィオナは自信満々に胸を張る。
「昨日から私のオリジナルブレンドの調味液に漬け込んでいたのよ」
「流石はフィオナ、美味しいよ」
料理はどれも絶品だった。こっちの世界に来てから料理がどんどん上達して、今ではプロ顔負けの腕前になっているのではないかと俺は思っている。
「ずっとこうして一緒に居られたらいいのにな」
口に出すつもりではなかったのに、つい言葉が漏れた。
二人を見ると、ルッカは気にした様子もなくチキンに齧りついている。フィオナはというと――
「ちょっとごめんなさい」
席を立ち、ダイニングを出ていってしまった。トイレという訳ではないのだろう。失言だった。
「追いかけなくていいぞ?」
「え?」
夢中で食べていたと思っていたルッカが、真顔で俺を見ていた。
「失言だって思ってるぞ?ちゃんとケアするんだぞ」
「ごめん、ありがとう」
俺も席を立ち、フィオナの後を追った。
フィオナを探してあちこち見て回ると、庭で薬草畑の前に立っていた。静かに横へ並び、一緒に畑を眺める。
「この薬草たちはね、植えてから育つまで半年は掛かるの。実際に収穫して調合出来るようになるのは春頃かしら」
「そうなんだ」
来年の春までは少なくとも一緒にいられるのだろうか。いや、それはただの希望だ。例え収穫が春だとしても、帰る目処が立てば帰るだろう。
「私はダメね。すごく我儘で、脆くて弱い」
泣いているのだろうか。少し声が震えていた。
「元の世界に帰るのかどうかも決められず、思わせぶりな録音をして凪にも迷惑を掛けて、自分の都合で振り回してる。私は最低ね」
「そんな事ないよ。悩みながら必死に考えてくれているんだって分かるよ。それに、あのメッセージは凄く嬉しかった。どんな答えをフィオナが出すにしろ、その答えは尊重するし、自分のこれからを大事にして欲しいんだ」
フィオナがこちらを振り向いた。その顔はやはり涙で濡れていた。
「私は、凪の事が好き。大好きなの。それでも、私は元の世界をきっと捨てられない。それでも、凪はそんな私を受け入れてくれるかしら」
俺はフィオナをそっと抱きしめた。
「勿論だよ。例え帰ってしまうとしても、俺もフィオナの事が好きだ。どれくらい先の事かは分からないけど、その時が来るまでは、せめてこうして一緒にいたい」
二人して抱き合いながら泣いていた。遠巻きに見ていたイーリンは、寝てますよと言わんばかりに庭に植わって項垂れていた。




