初開店
散々騒いで二日酔いになりながら目を覚ました朝、俺は重い体をゆっくり起こした。今日が休みで本当に良かったと思う。頭を押さえながらダイニングへ向かうと、フィオナも珍しく二日酔いらしく、少し気だるそうな様子で朝食の準備をしていた。
「フィオナ、大丈夫? 俺も手伝うよ」
「おはよう凪、助かるわ」
二人で並んで朝食を作っていると、フィオナがふっと嬉しそうに微笑んだ。こうして並んで作業していると、なんだか夫婦みたいだなと思ってしまい、俺まで少し照れくさくなる。
「ルッカを起こしてくるね」
出来上がった朝食をテーブルへ並べ、俺はルッカの部屋へ向かった。コンコンとノックをしてみるが、返事はない。
「ルッカ、朝ごはんだよ」
呼びかけても反応は無し。流石に少し心配になってきた。
「ルッカ、開けるよ?」
一応断ってから扉を開ける。すると目の前に広がっていたのは、下着姿のままうつ伏せで倒れている、まるで死体みたいなルッカの姿だった。
「ダメだ、これは手に負えん」
即座にそう判断した俺は、フィオナに助けを求めた。
「フィオナ、ヘルプー!」
駆けつけたフィオナによってルッカは叩き起こされ、半ば強制的に服を着せられた。しばらくして、げっそりした顔のルッカがフィオナに支えられながらフラフラとダイニングへやって来る。
「大丈夫? ドワーフってお酒に強いんじゃなかったっけ?」
異世界スゴロクの時、ドワーフは酒豪だというお約束を目の当たりにしたはずなのだが。
「酒に強いドワーフが多いだけで、全員じゃないんだぞ……ちょっと飲み過ぎたんだぞ……」
そう言いながら椅子に座り、フィオナが注いだ水を一気に飲み干している。まぁ個人差くらいあるかと納得すると同時に、昨夜浴びるように酒を飲んでいた姿を思い出した。あれだけ飲めば当然か。
「まぁ今日は各自ゆっくり過ごそう。昨日の今日だし、たまにはこういう日もいいよね」
三人で頷き合いながら朝食を囲む。食べ終わる頃には少しだけ体調もマシになっていたので、俺は「洗い物はやるからいいよ」とフィオナに告げて片付けを引き受けた。
フィオナもルッカも食後は早々に自室へ戻っていく。去り際、フィオナが耳元で「ありがとう、凪」と囁いたのだが、耳に吐息がかかってしまい、しばらく悶える羽目になった。
その後、俺も自室でゴロゴロしていたのだが、不意にスマホへ着信が入った。誰だろうと思って出てみると、相手は警察署だった。
どうやら古物商の許可が下りたらしく、許可証を取りに来て欲しいとの事だった。
まだ少し体は重いが、早めに済ませてしまおうと支度を整えて玄関へ向かう。
「どこか行くんだぞ?」
物音に気付いたのか、ルッカがフラフラしながらやって来た。
「古物商の許可証が受け取れるらしいから、取りに行ってくるよ。これで明日からでも店を始められる」
「ほんとだぞ!? やったー! なんだぞ!」
その場でぴょんぴょん跳ねて喜ぶルッカ。しかし数回飛び跳ねたところで顔色が真っ青になった。
「まだ体調悪いんでしょ? 無理しちゃダメだよ。明日から始めたいなら尚更ね」
「大人しくするぞ……」
そう言い残し、ルッカはそのままトイレへ駆け込んでいった。
俺は苦笑しながら家を出て、警察署へ向かった。
警察署では簡単な説明と注意事項を受け、無事に古物商許可証を受け取る事が出来た。
これで本当に店を始められる。
その帰り道、寄り道せず帰ろうと思っていたのだが、途中でドーナツチェーンの出張屋台を見つけた。せっかくだしとお土産に幾つか購入する。やっぱりドーナツといえばオールドファッションだよな。
家へ戻ると、ダイニングでルッカが椅子に座って待っていた。
「許可証、貰えたんだぞ?」
「うん、これ」
許可証を見せると、ルッカは嬉しそうに受け取り、何度も眺めている。
「お土産にドーナツもあるから、フィオナ呼んできてくれる?」
「ドーナツ!? 呼んでくるぞ!」
満面の笑みでフィオナの部屋へ駆けていった。
その後は三人でドーナツを食べながら、明日からの営業について話し合う。
開店は午前十時、閉店は十七時。最初から大勢来る訳でもないだろうし、休憩は適当に取りながらのんびり営業していこうという事になった。
翌日。
俺は朝食を食べ終えると、店はフィオナとルッカに任せて仕事へ向かった。
「さて、初めての営業ね。気合を入れていきましょう!」
「やるんだぞ!」
二人は拳を合わせ、気合十分といった様子だ。
そして迎えた十時。開店時間。
特に宣伝をしている訳でもないので、最初は誰も来ないかもしれないと思っていたのだが――フィオナが店の扉を開けた瞬間、そこには既に二人の客が立っていた。
「あ、小日向さん!」
「今日から開店だと聞いていたので、休みを取って待ってました」
えへへと笑う小日向の隣には、内見の時にも会った祖母の千代が立っている。
「ご開店おめでとう。孫が初めてのお客になるんだって、朝から張り切っていたのよ」
そう笑いながら店内へ入った千代は、綺麗にリフォームされた店内を見回した。
「内装は変わっても、暖かい雰囲気はそのままね。いいお店だわ」
喫茶店だった頃を思い出しているのか、千代は懐かしそうに目を細める。そこまで長い年月が経った訳ではないが、それだけ思い入れが強かったのだろう。
「本当に素敵なお店です。小日向さんには感謝してもしきれません」
「こうして綺麗に使ってもらえて、この店も喜んでいると思うわ」
「ほら、おばあちゃん。せっかくだし中を見て回ろう」
小日向は、いつまでも入口で話し込んでいる千代の手を引きながら店内を見て回り始めた。ルッカはレジで待機している。
「このお店、宣伝とかはしないんですか?」
「したいとは思っているのだけれど、どうすればいいのか悩んでいて……」
困ったように頬へ手を添えるフィオナへ、小日向が提案する。
「簡単なホームページくらいなら、私作れますよ。良かったら手伝いましょうか?」
「いいのかしら。そこまでお世話になってしまって」
「大丈夫ですよ。一ノ瀬さんにはお世話になってますし。任せてください!」
胸を軽く叩きながら笑う小日向に、フィオナも「お願いしようかしら」と頭を下げた。
「頼ってばかりでは申し訳ないのだけれど、他にも何か出来る事はあるかしら」
「簡単な事なら、お店のSNSを始めるとかですかね」
「SNS……あの青い鳥の?」
「そうそう。目玉商品入荷しました!とか、お買い得です!とか、そういうのを載せるだけでも宣伝になりますよ」
フィオナは一応アカウントだけは持っている。だが基本的には見る専門で、投稿などほとんどした事がない。
「なるほど……参考にさせてもらうわ」
そんな話をしながら店内を回った後、小日向はドライヤーを手にレジへやって来た。
「これください」
「ありがとうなんだぞ!」
会計を終えると、小日向は嬉しそうにドライヤーを掲げる。
「丁度使ってたドライヤーの調子が悪かったんです。家の近くにこういうお店があると助かります」
「家電の調子が悪くなったら、いつでも呼んでいいんだぞ! 小日向なら修理してあげるんだぞ!」
「ほんと? 嬉しい!」
そうして小日向と千代は笑顔で帰っていった。
「良かったわね、ルッカ」
「ほんとに、良かったんだぞ……」
自分の店を持つなんて、ルッカはきっと想像もしていなかっただろう。
けれどこうして、本当に営業出来ている。
みんなのおかげで掴めたこの場所を、ルッカは心の底から嬉しく思っていた。
「なるほど、SNSね……」
仕事を終えて帰宅した俺は、今日の営業結果をフィオナとルッカから聞かされていた。
休みを取った小日向が、宣言通り第一号のお客として来てくれたらしい。本当に律儀でいい奴だ。
そしてその流れで、宣伝用にSNSを使ってはどうかという話になったと。
「ええ、見る専門だったから上手く出来るか不安で……」
「ルッカも見るだけなんだぞ」
フィオナもルッカも、俺や小日向のような知り合い相手なら普通に話せるのだが、それ以外となるとどうしても尻込みしてしまう部分があるようだ。まぁ異文化交流みたいなものだし、仕方ないのかもしれない。
「話は聞かせてもらった!」
聞き慣れた声と共に、黒いモヤからカルミラが現れた。
「はいはい、カルミラさんね」
「つまらんのう。SNSなら得意な奴を知っておるぞ。紹介してやろうか」
「得意な奴?」
全く予想がつかない。バイト先で知り合った人間だったりするのだろうか。
「じゃーん! それもあーしだよ!」
ひょこっと顔を出したのはセレフィアだった。手にはスマホを持っている。
「SNSが得意って、カルミラと再会するまでスマホなんて持ってなかったよね?」
「ふっふっふ、これを見るのだ!」
見せられたスマホ画面には、セレフィアのアカウントが表示されていた。
「フォロワー十二万!?」
この短期間で一体何があったんだ。
「バズった投稿見る? ほら、エッチな大根とかエッチな人参とか」
「どんな投稿なんだよ……」
表示されているのは、妙に艶めかしい形をした野菜の写真ばかりだった。
「要はインパクトだよ! 印象に残る投稿が大事なの! あーしに任せて!」
こうして、新たにSNS担当セレフィアが誕生したのだった。




