閑話125:ラトラス
アズがいない、午前の教室。
授業の合間の雑談で、俺たちはイルメの故郷について話していた。
「あなたたち大陸中央部の人は、どうして私たちの文化圏をエルフの国とひとまとめにしてしまうのかしら」
そう言って、不満そうにイルメは俺をじっと見据えてくる。
俺のひと言が発端とは言え、そんな責めるように言われても困るんだけど。
言い返せもせずにいたら、同じ大陸中央部出身のエフィがフォローしてくれた。
「大抵の者がラトラスが言うとおり、エルフという種族の国がある程度の認識しかないんだ。実際関係は薄い。知っていて主要十二ヵ国に連なるホスティリア程度だろう。それともイルメは、こちらに来る前に俺の故国を知っていたか?」
俺もエフィの故郷、レクサンデル大公国なら知ってるし、噂も聞く。
大々的に競技大会もしてるし、商人ギルドで名前が挙がることもあったから、けっこう名のある国だと思う。
さらに言えば、俺はエルフの国のホスティリアも知ってる。
帝国の西で大陸を遮る大山脈、そのさらに西の森と平野に広がる国だとか。
数年に一度、帝都に大使が来て行列作るから、名前を聞くんだ。
けど他のエルフの国となると名前も出てこないから、結局ひとまとめにするしかない。
「何より、イルメの故郷はホスティリアなんだろう? だったら問題はないはずだ」
責める様子に呆れるウー・ヤーは、海人の国がチトス連邦として一つにまとまってるから、海人の国と呼ばれても、ただの事実なんだろう。
そして帝国所属にはなってても、ロムルーシの領地だった村出身のネヴロフは、そもそもの国の形態に首を傾げた。
「獣人はロムルーシ一つなのに、エルフはバラバラなんだな」
「一つ? ロムルーシは国と言いつつ、各地域や獣人の種別でバラバラに生活を営んでいるじゃない」
イルメは獣人と信仰の違いがあって、ロムルーシへの当たりは強いけど、今は呆れが強い。
その辺りは船の届かなかった内陸よりも、歴史的に関わりがある分理解も深いと思う。
逆にロムルーシに所属する村の生まれとは言え、帝国に近かったネヴロフは初めて聞いたというような反応だな。
イルメとネヴロフの噛み合いの悪さを見たウー・ヤーは、一つ手を打った。
「話を戻そう。それで、そのホスティリアは授業で習う以外に知っておくべきことは?」
俺たちは何故かイルメの故郷に行くことになってて、この話を始めたんだ。
正直興味はあるし、できるなら行ってみたい。
アズは一年で留学してロムルーシに向かった。
その時に色々あったとか聞いてるけど、どれも随分な冒険話に聞こえる。
俺も旅暮らしでいろいろ経験はしたと思うけど、範囲は帝国内だけ。
それでも十分広い範囲を移動してるけど、レクサンデル大公国の競技大会は、エフィに誘われて初めて行った。
正直楽しかったし、初めての経験と冒険染みた体験は、この学園に入学しなかったらなかったことだと思う。
だからこそ、今年で最後なら、最後の冒険をしてみたい。
「我が国は、精霊信仰重んじているの」
「それは知ってるよ。散々聞かされたしね」
俺が笑うとイルメは心持ち耳を下げる。
「けれど最近は法衣貴族の専横がひどいわ。不信心な者が増えている。信仰による清廉さよりも、名目はなんでも実益を求めるような状況よ」
「法衣貴族?」
ネヴロフが知らない言葉をそのまま繰り返すけど、それは俺も習ってないから知らない。
「エルフの文化圏特有の身分か? どういうものなんだ?」
エフィの言葉にイルメ一度首を傾げて考えた。
「そう言われてみればそうね。こちらでそのような身分の人を見たことがないわ」
イルメは法衣貴族が生まれた歴史から話し始める。
法衣貴族と呼ばれる人たちは、元はただのエルフの帝国貴族だったらしい。
けどその帝国は倒れた。
そして新たに国々がバラバラになって、今のエルフたちの国々になってる。
そんな風にバラバラになって、帝国が保証してた身分や爵位が曖昧になった時期があるんだそうだ。
その過渡期に生まれたのが、法衣貴族。
「法衣は今では裁判なんてものに関わる人が着る服のことで、そんな仕事をする人を指すけど、イルメが言うのはつまり、公的な仕事に関わっていた元貴族? で、貴族じゃなくなったけど、貴族扱いで働き続けた人?」
俺が確認すれば、イルメは頷いて説明を続けた。
「貴族として爵位や領地を安堵されることはなかったけれど、帝国時代においては行政を担い、その後の国々でも同じく努めるよう望まれた人々のことよ。こちら風に言えば、準貴族かしら? 倒れた新帝国を否定する思想を元に国々が建ったから、新帝国時代の身分を保証する国はなかったの」
「ちょっと待って。また知らない単語が出て来たよ」
俺が止めると、ネヴロフは笑って素直に聞いた。
「帝国に新しいとか古いとかあるのか?」
「あぁ、それも内陸だとそうよね。こちらでは帝国と言えばイスカリオン帝国だけだもの」
イルメが言葉を選んで一度口を閉じると、ウー・ヤーが声を上げる。
「自分は聞いたことがあるぞ。エルフの国にはかつて栄華を極め、爛熟した古の帝国があったと。そしてその帝国の後継者を名乗って新たな帝国が建ち、そちらは随分宗教に厳しかったとか」
ウー・ヤーの説明に、イルメは否定しないものの溜め息を吐いた。
「宗教に厳しかったというよりも、宗教を基盤に建国し、同じ信仰の下に自身の利益しか考えない権力者を押さえつけて、皇帝にも身を正しくあり続けることを求めたのよ」
結果的に、上にも下にも締め付けが強すぎて、もはや皇帝になりたい人がいなくなり、空中分解したのが新帝国なんだとか。
「国って、そんなことでなくなるの?」
「都市国家などは身売りをして、より大きな国に吸収されて消えることもある。大きな国は継承問題で弱体化もある。たぶんそういう話の変わり種なんだろう」
俺が苦笑いを浮かべると、エフィが真面目に答えてくれた。
「知らなくてもしょうがないわ。古帝国は、一番エルフが海洋の派遣を握り、北は獣人、南は竜人と土地の覇権を争うほどだった二千年以上昔の国だもの」
俺は想像もつかないけど、ウー・ヤーが知ってたのは海洋進出してたかららしい。
海運を昔からやってたチトス連邦の国々では、歴史的にその古帝国と関わることがあったんだそうだ。
「へー、色んな歴史があるんだね。俺は帝国生まれ、帝国育ちで、このルキウサリアが初めての国外なくらいだし」
あんまり反応がない俺の言葉に、イルメはまた溜め息を吐いて力説をやめる。
「ともかく、私たちエルフとしては、自国には建国に至る理由と正義があるの。だから一緒くたにする行いは、かつての新帝国を肯定すると取られて睨まれれるわよ」
「おう、言っちゃ駄目なんだな。わかった!」
ネヴロフが元気に答えるんだけど、いまいち理解してるかは怪しい気がした。
けどそこで区切りと見たのか、エフィが仕切り直すように言う。
「それじゃ、真面目にやろう。アズが言ったように、ホスティリアへ渡る確実な手としてスティフ先輩を頼るのはありだと思う」
「なんだかんだと国主の血縁者だしな。そうなると、話を持っていくのは誰が? 今ゴーレムに関して情報を出さないようにされているのだろう?」
ウー・ヤーが水を向けたから、俺が手を挙げた。
「スティフ先輩なら、トリエラ先輩を尋ねてやって来るからその時に声かけるよ」
尋ねると言うか、ご飯をもらいに来ると言うか。
ともかく三日とおかずに来るから話をしやすいのは俺だ。
どう頷かせるか、なんて話してると、新入生のシレンが俺たちの教室に顔をだした。
「あれ、アズ先輩来てないっすか?」
「午後からだよ、どうしたの?」
俺が聞くと首を傾げるシレンは、アズと同じ寮だったはずだけど。
「や、寮で別の学舎の先輩から、アズ先輩と連絡取りたいって言われたんすよ。で、俺も午後からって言ったんすけど、寮管に聞いたらもう寮は出たって言われたっていうんで」
シレンは寮の誰かから、アズとの取り持ちをお願いされたらしい。
けどアズとは入れ違いになったようだ。
一応アズに伝えるために聞けば、その寮の先輩の名前はリオルコノメというらしい。
アズに伝えると言って、授業もあるからシレンは返し、俺たちは誰ともなく目を見交わす。
「アズ、午前は何処で何してるんだろう?」
思えば三年間午前は不在で、それが当たり前だった。
家のこととはいえ、何してるとか、何処に行ってるなんて聞いたことがない。
アズも家のことだからと漏らさないし、誰も知らなさそうだ。
そんなアズの秘密に、クラスメイトは興味を持ったらしい。
けど俺はいまいち乗れない。
「まぁ、アズも家は複雑みたいだし、あんまり突かないほうがいいよ、きっと」
そう言って抑制をかける。
だって、アズってディンカーなんだ。
みんなに黙って何かしてるのは確かだろうけど、今までも家に黙って動いてることさえ知ってたから、邪魔しないほうが良さそう。
けどそうして動いてる間に、きっとディンク酒のようなすごいことしてるんだろうな。
なんて、俺も結局興味を持ってはいた。
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