620話:天才の後継5
僕の弟たちへの本は、卒業の評価項目にされそうだ。
出来の良し悪しの評価には興味があるし、一応頭の隅にはおいておこう。
ただウィーリャ、ツィーチャ、イー・ソン、イー・スーの後輩四人が、何やらソワソワしてた。
「どうしたの?」
「とても込み入った話をなさっているのはわかりますが、もう少しわかりやすく」
素直なツィーチャが、被毛の手で拳を握って説明を求める。
続いてイー・スーが、海人特有の青白い手を頬に当てた。
「ドワーフにも残っていたなんて、世界中に散ってなお残る。歴史探求に胸が高鳴ります」
こっちは話の広がりにドキドキしてるらしい。
その上でイー・ソンも考える様子だ。
「どうも、我々には聞かせられない何かがまだある。とても興味深いことだ」
チトス連邦にいた仙人は、ルキウサリアの封印図書館のことは伝えてなかったようだしね。
だから言ってないけど、そこを察して知りたいと匂わせてくる。
虎の尻尾を揺らして考えてたウィーリャは、もっと具体的な範囲だった。
「わたくしとしましては、こちらで学んだ錬金術と、帝都に残る錬金術に違いがあるのかを知りたいところですわね」
僕の話しぶりから、錬金術科で学ぶ内容とは違うと見ての質問。
そこだったら話せるかな。
と言っても、すでに学んでるんだけど。
「ウィーリャたちも良く知るのは、エッセンスだよ。あれ、僕とラトラスが入学して初めて、ヴラディル先生もまともに効果を発揮するものを見たらしいから」
「それと小雷ランプだな。あれはヴィーも帝都から送られてきた壊れた小雷ランプを修復したって話だ」
ネクロン先生も、封印図書館に関係ないことは答えるらしい。
錬金術科になくて、帝都には残っていた錬金術。
実はゴーレムもだけど、そこはまだ言えない。
その内知ることにはなるだろうし、さらに先のオートマタまで知るかは別だ。
「その錬金術は、いったい誰が考えたのですか?」
まだ錬金術をし始めたばかりのツィーチャが、そんなことを聞いてきた。
それにはネクロン先生も反応する。
「そう言われてみれば、エッセンスも小雷ランプも発明者は知らないな」
「あれ、知りませんか? 帝都の錬金術の流れ」
思わず聞き返すと、ネクロン先生はエルフ特有の耳を揺らした。
「有名なのはエメラルド板の製作者と言われるトリスメギストス」
「それは神話の類で実在は確認されていない。というか、もうそいつ自身が錬金術の神扱いまであるから、偶像だ」
「そうですね、だからここでは教えられてない。次に、大図書館のマリア」
「それも伝説だな。伝説にある世界の知を集めた大図書館に、自らの錬金術の書籍を収めた女だ」
「最初に錬金術師という名で呼ばれた人、アクミムのアダム」
「伝説だが、そいつの書籍は写本として現存してるな。一説には、伝説の大図書館にも関わっているとある」
すらすら答えられて、ちょっと感動した。
正直伝説級で、錬金術の書籍にそういう人がいる程度しか触れられないし、もしくは慣用句的に使われてるだけで詳しくはない。
それに、まさか写本現存してるってはっきり言われるとは思わなかった。
帝室図書館にも、写本あったんだけど、忘れ去られてたんだよね。
そしてアダムが、確実に千百年から千二百年は前の人なんだ。
そこから百年ほど後に、帝都の錬金術の始祖と思われる、著名な錬金術が生まれる。
「錬金術師レーベッグ」
「一番有名な偽書の著者だな」
ネクロン先生の言い方がひどいせいで、後輩たちの反応が悪い。
「正確には、偽書に付されることの多い人ですね」
後輩にもわかりやすく誤解はといておく。
「錬金術師として高名だったレーベッグの名を騙って、自分が作った本に権威を与えようとした人たちがいたんだ。そのためにレーベッグ文献と呼ばれる偽書群ができてる」
「偽書なのに、群。相当数があると思っても?」
イー・ソンの確認に頷くと、イー・スーも質問してきた。
「ですがその名はこちらにも伝わっていますね」
どうやらレーベッグは、仙人関係で聞いた名前だったようだ。
やっぱり今では考えられないくらい、名の知れた錬金術師というものが存在してたんだなぁ。
うーん、錬金術師と名乗れば笑われる今が世知辛い。
この錬金術科でも、教えるのは実在があやふやな人物は除外してる。
だから、レーベッグ以降の、確かに名前と功績が紐づいてる錬金術師に限ってた。
それが古くても八百年前の人物で、それ以降は錬金術が衰退していくから、錬金術の歴史の授業の内容は薄い。
いや、一人一人の錬金術師が何をして、その時代と今の時代にどんな影響をするのかって詳細な学習内容にはなるんだけどね。
「そちらは実在するのですか? それとも本が残るだけでしょうか?」
授業でもやってないからウィーリャが確認してくるけど、アクミムのアダムとして本と名前が残る最初の錬金術師と違って、こっちは実在だ。
その名前は、帝国の歴史書にも小さく、けど連綿と残っているんだから。
「帝国にはね、錬金術を収めていなければ継承できないと決められた領地があるんだ。そのクーファーメル領で活動して、そういう規定の元になったのが、レーベッグなんだよ」
錬金術師レーベッグが業績を残し、のちの皇帝となる人物に錬金術を教えたとされるのがクーファーメル領。
レーベッグはその地で亡くなったとも言われるけど、墓なんかはないそうだ。
だから扱いとしては言い伝えの類。
けど皇帝という地位の権威付けでの上では、それだけ古い時代に領有して、何がしかを成したという名声は有用。
そのために帝位継承のための用件に、クーファーメル領の継承が含まれるようになったという。
「懐かしいな。あそこはもう錬金術師を取ってないと聞いたが、まだ錬金術師がいるのか?」
ネクロン先生、懐かしいってなんだろう?
まぁ、卒業生だし就職先として調べたことでもあったのかもしれない。
「いいえ、今では皇帝の代官の雇った錬金術師の末裔がいるだけですね」
そこは自分でも調べて知ったこと。
在野の錬金術師がいる可能性もあって、けっこう期待してた。
ただ結果は残念なもの。
有名無実で、それで誰も困らないから、受け継いできた皇帝たちも放置って感じの扱いだったんだ。
だからそこに僕をって言った父は、皇帝として状況を是正しようとしたようにも取れる。
まぁ、帝位の正統性のための必要要件な土地だったから、手を入れるのを周りに反対されたけどね。
だいたいそんなところに嫡子じゃない第一皇子置くなんて、僕を帝位に押し上げる意気込みと見られてもしょうがない。
あれ、もしかして僕が帝位を狙ってるって誤解、そこから来てたりする?
「私はまだ習ってません。いつ頃そうしたことは学習しますか?」
ツィーチャに、ウィーリャが困った様子で答える。
「いえ、私もそのようなことは。伝説というのならば、実学としては学習しないのでしょう」
イー・ソンとイー・スーも、あえて教えない方向性に頷く。
「伝説の人物の歴史からとなると、あまり建設的でもないか」
「それに偽書に塗れた人物では、あまりに印象がよろしくもなく」
ネクロン先生は全く悪びれずに頷いた。
「ま、そうだな。偽書ではない現存してる写本も、片手で足りる数の希少な骨董品で、人間の間に残ってるかは謎だ」
「え、つまりエルフには残ってるんですか?」
びっくりして聞き返したけど、そう言えば違った。
考えてみればエルフだけど、ネクロン先生って名前からしても竜人の国の人だ。
つまり、残ってるのは竜人の国のヘリオガバール?
「師匠が語り継ぐ話の中に、竜人の王宮の宝物庫にあるってな。確かそれは、リビウス辺りの国と戦争した時の略奪品だったという話だ」
「あぁ、略奪品になる扱いなんですね」
ひどい話だけど、保管してくれてるならまだいいし、略奪する価値がある判定だったんだろう。
というか、リビウスって、卒業生のイア先輩、ステファノ先輩の故郷。
つまり、錬金術が残る素地があったわけか。
僕が考えてると、ネクロン先生が笑った。
「まるで宝探しだな」
それにイー・スーとツィーチャは声を弾ませる。
「まぁ、なんて楽しそうな響き。それに知識と技術は紛れもなく宝です」
「うんうん、思ったよりも古い技術と知って驚くくらい。ね、お姉さま」
ウィーリャも真面目に考える様子で応じる。
「宝、そうですわね。かつて価値のあった遺物を再発見するのですもの」
「そう考えればまぎれもない宝探し、それが今の錬金術か」
イー・ソンがまとめる。
思いの外、錬金術に対して好印象のようだ。
僕としては廃れてることにショック受けるかと思ってた。
けど、自分が見つける、価値を知ってると意識するなら、それは今後の錬金術科にプラスの思考になる。
ネクロン先生に小突かれて見れば、意味深に笑われた。
「つまりアズは、宝探しの地図を描いてるわけだ。しっかり知ること書き残せよ。死蔵なんぞつまらないことはするな」
「あの、もう一年もないのにそんなに文量増やせませんよ?」
封印図書館のことを書くつもりだったのに、気づけば、それ以前の錬金術の歴史も範囲に含まれてない?
無理って言いたいけど、僕は後輩たちの期待の目に押されて、伝説から書き始めることになっていたのだった。
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