619話:天才の後継4
贖罪を掲げた旅は果たした。
そのことを伝えたけど、やっぱり直接関係ない獣人の、ウィーリャとツィーチャはついて行けないようだ。
「正直、なんの話やら。けれどそれを聞かせた理由がおありだと思っても?」
「そうなのですか? アズ先輩のお話はとても難しいです」
僕を窺うウィーリャにツィーチャが首を傾げる。
さすがに一年付き合ってると、僕に意図があるとわかるようだ。
そして年の功かネクロン先生のほうが察し良く口を開いた。
「ロムルーシに、錬金術師の旅について知ってる奴がいるんだな?」
僕の情報源は、ロムルーシ留学からと見ての問いだ。
「えぇ、でもその人は錬金術師ではなく、ただ旅を助けただけの現地の人から、過去の話を言い伝えていただけでした」
ヨトシペのことなんだけど、念のため誰かは明かさない。
「聞いた話では、最初に北を目指した錬金術師に、南を断念して中央に戻った者が合流したと。そして北を目指した錬金術師から託され、さらなる旅の先を目指したそうです」
「南…………」
「まぁ」
イー・ソンとイー・スーが目を見開くのは、そっちの仙人も、南で困って逃げて来たから。
それでも諦めずに東を目指して船を出したという伝説があるという。
仙人は果たせなかったかもしれないけど、仲間が果たしたとなれば感慨もあるだろう。
そして南に取り残された錬金術師から、竜人へと伝わっただろう錬金術を知るネクロン先生は、深く溜め息を吐いた。
「なんだ、役目はもう終わっていたのか」
その声には疲れとも安堵とも取れる響きがある。
もう竜人の錬金術師はいない。
そう言った声に感傷なんてものは感じられなかった。
けど、師事した相手の竜人がネクロン先生に伝えたなら、一縷の望みでもかけられていたのかもしれない。
そして旅を知っていながら東を目指さなかったことに、一抹の思いがネクロン先生にもあったのかも。
ネクロン先生は錬金術科に入って、その後北へ行き、そこで私塾を作って錬金術を教えた。
南から北に逃れた錬金術師の存在を知らなかったなら、北まで行った理由は成り行きかもしれない。
それでも錬金術を教えたのは師に対して思うところがあったんじゃないかな。
「ネクロン先生が錬金術科の講師の話を受けたのは、ここが始まりの地だと知っていたからですね」
ネクロン先生は無言で肯定する。
わからないウィーリャとツィーチャには、イー・ソンとイー・スーが教えた。
古い時代の錬金術師が、とある理由でルキウサリアから散り散りになったようなのだと。
イー・ソンとイー・スーのほうも、ルキウサリアが発端だとは知らなかったから、どうしてそうなったのかまでは言えない。
「僕としては本で知って、長年伝え続けてる人たちがいることも知りました。なので、旅の終結を本の形に残そうと思っています」
「写本にしていただくことは?」
すぐさま興味を示すウィーリャに、僕は笑って見せる。
「僕が見つけた錬金術師の本は隠されていた。そして暗号化されていた。だったら、古式に則って、僕も学園に隠そうかと思ってるんだ」
「まぁ、宝探しですのね」
イー・スーが目を輝かせて、声を弾ませた。
子供らしいはしゃぎ具合に、ネクロン先生は呆れて見せる。
「まとめてヴィーに出せば、普通に卒業制作として評価出すと思うぞ?」
「いえ、ヴラディル先生は見てきた限り違うようなので。ただ、アダマンタイトの出所は気になるんですよね」
アダマンタイトは錬金術で作れるという石。
そうヴラディル先生に教えて、アダマンタイトを渡した誰かがいるらしい。
ウェアレルに聞いたけど、別行動をしていた幼少期に、ふらりと持ち帰ったという。
そしてアダマンタイトを欠片とは言え、くれた人は、確かにそれがアダマンタイトだとわかっていて渡したそうだ。
「それは俺も気になって聞いたが、本人の記憶が曖昧過ぎるな」
ネクロン先生も気になってたらしい。
まぁ、伝説の実物があればそうだよね。
イー・ソンは、僕とネクロン先生の横道の話から本題に戻す。
「つまり、まだ本は構想段階。その上情報も足りない?」
「そう、だから知ってることがあれば知りたいけど、やっぱりこれだけ揃ってると、西にどう伝播して途絶えたのかは気になるな」
言ったらツィーチャがふさふさの尻尾を振った。
「目指す東はニノホト。帝都は書物だけ。我が国には実物だけなのですね?」
「うん、帝都から東に行っていたとしても、辿り着いたのは北回りだった。それに帝都に残ってる錬金術って、この国で育ったものとはまた別系統があるから、帝都のもので参考にできるのは、明確にここで生じた錬金術について語る本一冊だけなんだよ」
つまり、水底図書館と書かれた物だけ。
他にそう言う記述はない。
いや、噂でルキウサリアの方角に錬金術の天才がいるみたいなことを書いてる人がいたらしいとセフィラからは聞いた。
ただそれだけで大した情報もない話だけど。
八百年前の天才は、当時噂になって帝都に聞こえるくらいの人だったことは伺える。
「そんなに気になるなら探ればいいだろう」
ネクロン先生の投げやりな指示に僕が苦笑すると、とんでもない情報を放った。
「少なくとも、ドワーフには錬金術が伝わっているぞ」
「え!?」
「アズにも手伝わせただろう。錬金炉で造れる金属。あれだ。というか、錬金炉が前提の精製方法だったはずのものを、ドワーフが独自に生成していたんだと、あの時に気づいた」
言われて思い浮かぶのは、一つ上の先輩たちに授業と称して作らせていた魔法に反応する金属。
そのきっかけは、僕とクラスメイトに課題として出されて、僕たちが錬金炉に放り込んだこと。
ネクロン先生もあまりに容易にできることに驚いてた。
その時になって初めて、あの金属の作り方が錬金術に由来すると知ったらしい。
そしてその技術の出所はドワーフだという。
「今までの話からして、北の極寒の地を獣人でもない人間が踏破するなんてのは無謀だ。だったら、西回りで東を目指し、南の竜人たちを船の中で避けるほうが現実的だろう」
「そうですね。イルメも錬金術は禁術で、文献も残っていないと。つまり禁止されるだけの何かがあった。その時までは錬金術がエルフの間にも伝わっていたって証左にはなります」
そういう推測は、以前から立ってた。
そこに、エルフと隣り合って暮らすドワーフのほうには現存してるという新情報。
ドワーフ嫌いのイルメからすると、知りたくもない話で、調べなかったんだろう。
「うーん、でもドワーフの知り合いなんていないんですよね」
僕が言うと、ドワーフの国と比較的近い出身のウィーリャが頷く。
「ドワーフは地中に暮らすとか。真偽は存じませんが、ともかく外へは出たがらない種族だと聞いていますわね」
「でも個人だとロムルーシにも暮らしてますよ。だいたい国に帰らない人ですけど」
ツィーチャも、この人間の国よりは、ロムルーシでドワーフを見るという。
「うん、帝都は色んな人種がいたけど、ドワーフはハーフの人しか知らないなぁ」
獣人たちからしても、ドワーフはあまり外に出ないイメージらしい。
出てるのは個人単位で目立たないようだ。
そんな僕たちの中で、比較的ドワーフと交流があるらしいネクロン先生が教えてくれた。
「ドワーフは、物は出すが人は出さない。物は出すが技術は出さない。それが鉄則で頭が固い上に陰湿でしつこい奴らだ」
だいぶ私怨が入ってそうなのは、そのドワーフの技術手に入れてることと関係あるのかな?
「だが、奴らも海賊紛いのギルドには手出しができない。そもそもあそこを使っての交易品がドワーフどもの国を支える流通だ」
「あー、廻船ギルドのことですか? …………で、あの人使えってことですか」
不服そうにネクロン先生は鼻を鳴らす。
言外に言ってるのは、船乗りエルフの伝手を使えってことだろう。
ネクロン先生の仲が悪い父親で、たぶんエルフの中ではちょっと身分がある血筋。
けど海賊紛いの職業をしてるから、表に出せないご落胤疑惑もある。
さらに言えば廻船ギルドの中でも部下がいるような地位の人。
「奴ならドワーフも探れる。エルフの内情もいくらか知っている。命の恩人だとか言ってるんだ。使い倒せ」
「そんな、腹痛治しただけですよ。それに、一応お使いは一つ頼んだんですよね。まだ音沙汰ないですけど」
ロムルーシ留学で縁ができた時に、思いついてディオラの兄王子、アデルについて調べてくれるようお願いした。
留学で往復半年かかったから、エルフの国との行き来にはもっとかかるんだろう。
そもそも、海の犯罪者ギルドと言われるようなところに所属する船乗りエルフが、王子に近づけるのかっていう疑問もある。
だからあまり期待はしてなかった。
けど、ネクロン先生からすれば禁術と呼ばれる錬金術への探りもどうにかできるのが、あの船乗りエルフらしい。
「完成品を見せろとは言わないが、結果が出たなら評価は出してやる」
別に八百年前の天才の後継についての記録を、評価してもらおうとは思ってない。
けどこのままやることが増えると、それも一つ考慮に入れないといけない気はした。
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