最強の刺客
飛行機に乗ること二時間弱。到着した。空港にだけど。ここから、またかなりの時間をかけて電車で移動。一年ぶりにこの地を眺める。懐かしいことはない。もう毎年のことだ。
ただ、いつもと違うのことは……。
「金がない……」
飛行機代と電車の往復代で大半が吹っ飛んでる。あっ、そっちじゃない?
いつも一緒に来ていた二人もいない。向日葵に愛花。向日葵の指令により、幼き頃の思い出の地へ。あまり、いい思い出ではないが。
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泊まる予定の旅館へ到着。さすがにこれぐらいは向こうが出してくれた。向こうが、親父なのか姉さんなのかは分からんけど。
「いらっしゃいませ。ようこそ、おいでなさりました」
「予約していた旭ですが」
「旭様ですね。こちらになります」
慣れたもんだ。一年に一回こういう機会があれば、対応も出来る。ホテルじゃなくてこういう旅館の方が風情があるよね。
問題は………。
「どうみても二人部屋だよな……」
案内された部屋は、家族で寝るにはかなり狭い。もしかして、姉と二人なんて事態にはならないよな……。
「殺気!」
ビュオ!
徒手空拳で、ぼくの頭の上をかすめた。
「あら~。いい反応じゃない。腑抜けかと思ったけど」
「ごあいにくケーキ屋のオッさんと一線交えてきたところでね」
「おじさんと?でも、おじさん弱いしな~」
オッさんを弱い扱いするのは、うちの家族だけだろう。向日葵以外。向日葵はそもそもバトったりしません。
だが、親父の能力は未知数。ぼくたちの親だし、かなり強いのではないかともっぱらの噂。ぼくと姉の間だけで。
「ん~。アメリカからここまで疲れたわ~。ひな。マッサージ」
「来て早々人使いが荒いだろ」
ここまで引っ張っといてなんだが、ネタばらし。うちの一番上であり、姉の美空。うちの高校を首席で卒業し、何を考えたか知らないけど、うちを離れて、アメリカのハーバード大学へ単身留学。現在二年生。ぼく以上のアホみたいな頭脳を持ち、そして
「まったく。なんで、ひなしかいないのに、私も行かなきゃならないのよ。ひまの頼みじゃなきゃもう少し後に来たのに」
ぼくより向日葵。向日葵至上主義。うちの家族はみんな向日葵大好き。向日葵最優先。基本的に自分のことは向日葵の二の次。
「なんでこんなことに……」
「なんだひな~。お姉ちゃんに久しぶりに会えたのに、その反応は冷たいな~。新しく、ロシア語をマスターしてきたから、ロシア語で対話しよう」
「いや、喋れないし、なんでアメリカにいてロシア語をマスターしてくる」
「他にも、ドイツやらイタリアやらフランスっていこうと思ったけど、まあ東から攻めて行こうと思ってね」
この人、いつか全世界の言語をマスターしてそう。ホントにどこで使ってんだっていうレベルの言語まで。
「英語は?」
「喋るのめんどくさいから、日本語でいいだろ。なぜわざわざ、日本にいるのに日本以外の言語で話さねばならん」
「私に合わせろ」
「嫌だよ」
とことん、横暴な姉である。姉は四つ上。割と離れている。そのおかげで高等教育までの勉強はすでにぼくは済ませることができたのだが。
「で、なんであんたここにいるわけ?」
「いや、こっちのセリフなんだけど」
「……………」
「……………」
どうやら、向日葵の差し金のようだ。お互いにお互いがここにいる理由を知らない。
「まあひまのやったことだし許そう」
「甘々だな、姉さん」
「あんただってそうでしょ」
「いや、最近はそうでもない。こんな話を知ってる?」
「何?」
「向日葵に彼氏ができた」
側頭部にローリングソバットが飛んできた。かわすことができず、直撃。
「ぐおお……」
首がへし折れるかと思った。
「どういうことよ!ひなに向日葵の世話全部任せて私はアメリカに行ったってのに!!去年までそんな話なかったじゃん!向こうにいる間は明くる日も明くる日も向日葵、向日葵、月一ぐらいで日向。って考えてたのに!」
ぼくの比率少なすぎやしませんかね。あなた、ぼくのほうが一年ぐらい長く一緒にいるでしょ。
「甘いわね日向。そんなんだから、彼女の一人もできないのよ」
「姉さんだって、彼氏の一人でもいた試しがないじゃないか。今年で二十歳だろ?そんなんで貰い手あるのかよ」
首絞められた。あ~三途の川が見えてきそう……。
「私はいずれ、どこぞかの石油王と一緒になるわ。それで、向日葵を一生何不自由ないようにするわ。向日葵が高校卒業するまでにしてやるわ。あと四年よね?まだまだ行けるわ」
現実見てください。石油王に気に入られる可能性って、どんだけ確率低いんだよ。
でも、姉は姉で学生時代……今も学生だけど、割りかしモテていたと思う。弟のぼくから贔屓目に見ても、美人だし。まったく。なんで、姉妹そろってモテているのに、ぼくにはそんな話がないんだ?
「あと、石油王と結婚してもひなには投資しないわよ」
「差別しすぎだろ!」
ちくしょう。この夢見がちな姉より、絶対に堅実に稼いでやるからな。
「で、なんでひなはここにいるの。学校は?」
「……夏休み」
「ひまがいないじゃない。愛花ちゃんは?」
「……学年で満点でトップを二回樹立したので、特別旅行です」
まさか、向日葵の嘘をここで使うとは思わなかった。
「へぇ。私の時はそんなのなかったのにな~。いつから、そんな高待遇が取られるようになったのかしらね~?なに?旅行は自分の行きたいところを指定できるのかしら」
「すいません。全部、向日葵の差し金です。向日葵たちがこっちに来る前に、ぼくだけここに行けと指令されました」
白状しました。指令って言っても二つしかないんだけどね。これで最後だし。
「なんでわざわざここに一人で早い時期に来る必要があるの。一緒に来ればいいじゃない」
「それがですね……」
愛花とぼくが付き合うようになったこと。それに伴って同棲を始めたこと。向日葵はそれで彼氏を作ったこと。今月の頭に愛花と別れたこと。自分の心に整理をつけるために、向日葵にここに先に行くように言われたこと。
全部説明した。
「待って。そもそもなんで、向日葵と別々に住む話になってるわけ」
「まあ……男と女だからいつまでも一緒にいられるわけじゃないし、過保護過ぎたから、一度離れて生活したらどうだという進言からですね……向日葵が自分からぼくから離れるって言ったからさ。その意思を尊重してあげたかったんだ」
「その間、向日葵は?」
「愛花の家に置いてもらってた。でも、ぼくが愛花と別れたから、また今は元通りに生活してる」
「要するに日向が根本的にダメダメだったせいで、愛花ちゃん傷つけたと」
「うっ……まあ、そうだけどさ……手は出してないぞ」
「当たり前よ。15歳の子よ?法的にも手出して、あんたは責任なんて取れやしないんだから、キスまでよ。もしかして、キスもしてないなんて言わないわよね」
「…………別れる直前に一度だけ」
「よくこんな根性なしに愛花ちゃん付き合ってくれたわね……。あの子も大概物好きか。うちの出来損ないを好いてくれてんだから。で、別れた原因は?」
「ぼくが愛花を一人の女の子として見てなかったことかな……」
「逆にあんたはどういう目で見てたのよ」
「なんか……女の子というより、娘みたい感じだったと思う……。向日葵に接する感じと同じだったんだ。いつまでも守ってなきゃ、手を引っ張らなきゃ、一人で歩くこともできない存在だって考えてたから、ぼくのほうが恋人として見てられなくなったんだ」
「愛花ちゃんも災難ね~。分かった。向日葵が私とひなだけをここに呼んだ理由」
「いや、そもそも本当はぼく一人だけでよかったんだけど、保護者がいないといけないから、融通が利く姉さんを呼んだだけだと思う」
「な、なんだと!向日葵がそう言ったのか!?」
「いや、姉さんが来ることぼくも発つ前に聞いたぐらいだし、推測でしかないけど」
でも、姉さんをここに送ったってことは向日葵的に何か意図してのことなのか?
「全ては私が鍵を握っている」
「ああ、はい。そういうことにしておきます」
付き合ってると面倒なので、流しておく。この人、会う度に思うけど、なんかラスボスみたいなんだよな。しかも攻略不可。なんてクソゲーだ。
「今日は暗いし、目的地は明日行くよ。風呂に行ってくる」
「混浴あるよ?」
「向日葵とならともかく、姉さんと入りたくない」
「姉のグラマラスボディより、妹のスレンダーボディを選ぶとは……貧乳好きだったのか?」
「妹を指して貧乳言うな!向日葵気にしてんだから!」
「いや、一年経ってるし、少しは成長してるんじゃないか?」
「AからBにランクアップしたそうです」
「私にはまだまだ敵わんな」
妹に胸の大きさで張り合うな。絶対に姉より妹の方が可愛い。どう贔屓目に見ても。
「姉さんも風呂に行くなら扉閉めてくよ」
「そうだ。私も長旅で疲れたからね。入ってくることとしよう。して、ひな。私とひま、どっちが可愛い?」
「向日葵」
「即答……。お姉ちゃん寂しい……」
周知の事実です。
「だって、姉さんは完璧超人だけど、向日葵は抜けてるところあるから世話したくなるんだよ。そういうところが姉さんよりも可愛い要素」
「わ、わー。服落としちゃったー」
「棒読みでわざとらしく服散らばすな。姉さんの部屋はいつも綺麗だったろ」
「こんなところで裏目に出たか……」
いそいそと散らかした服をかき集めて、必要な分だけ手元に持った。計算で色んなことやろうとしてるから、この人の場合はそれが全部裏目に出てるんだと思う。
残念そうにしてたかと思えば、陽気にステップ踏みながら、浴場へ足を運んで行った。
今日は温泉で疲れを取ろう……。
あっ、胸に関しては人それぞれだと思います。まる。