リーリア
これが夢ならば早く覚めて。
目の前に映る光景は、あってはいけないものだった。
僕には、お兄ちゃんに拾われる前の記憶が無い。
何もわからない僕を人間として育ててくれたのは、お父さんとお兄ちゃんだ。
お父さんが死んだ後、僕は死が怖くて怖くて仕方なかった。
お兄ちゃんの姿が見えないと、僕が僕で無くなりそうで不安だった。
だから、お兄ちゃんが困るのを分かっていて、僕はずっとお兄ちゃんの後をついてまわった。
本当は、お兄ちゃんのためにも村の女の人に色々教わるべきだったのだろうけど。
でも、男の人がお父さんみたいにいなくなった村では、女の人はうんと大変で。
僕みたいな何も出来ない大きな子供の面倒なんて、見ている暇なんかなかった。
だから、誰も積極的に止めないのをいいことに僕はお兄ちゃんと一緒に過ごしていた。
あの日。
首都から、調査団がきた日。
お兄ちゃんが、山の中の遺跡まで道案内をすることになった。
本当なら僕がついていくのは邪魔になるだけ。リーダーだという女の人がそう言っていた。
でも、僕はやっぱりお兄ちゃんから離れたくなくて、ぎゅってお兄ちゃんの手を握っていた。
結局、他に案内できる人がいないからと、僕はお兄ちゃんについていける条件で、山へ向かうことになった。
リーダーの女の人、イレーヌは不機嫌そうに口を尖らせていた。
怒らせてしまった。嫌われた。
そう思ったから、そのあと魔族に襲われて閉じ込められた時も僕はイレーヌに近づかないようにした。
なのに。
それなのに。
旅の間。 いつの間にか、僕とイレーヌは一緒に過ごすことが多くなった。
偽りの身分のせいかもしれない。
お兄ちゃんと違って、ただただ守られる側だったからかもしれない。
いつの間にか、僕の手はお兄ちゃんの服の裾から、イレーヌの袖へと掴むものが変わった。
「僕じゃなくて、私よ。私」
女の子なんだし僕っていうのをやめなさい、と困ったような顔で注意された。
「二つしか無いから、ね」
他の人には内緒と言って、こっそりとお菓子を食べた。
「これじゃ、食べるとこなくなっちゃうわ」
手伝いの皮むきに苦戦する僕に、手を止め、コツを教えてくれた。
「せっかく綺麗な髪なんだから。ちゃんとしなさい」
口を尖らせながらも、寝癖を直した僕の頭に自分の髪飾りを付けてくれた。
なんだろう。
その、山仕事などしたことがない綺麗な指で触れられる度、むず痒いものが胸にあふれる。
隊長を旦那様って呼ぶ時の、ちょっと困った顔が好き。
眠れない夜に子守唄を歌ってくれる声が好き。
些細なイタズラをしては、こっそり笑ってる顔が好き。
お兄ちゃんへとは違う好き。
本当はいけないことだけど、このままずっと旅が続けばいいと。
いつの間にか願っていた。
その願いは、ちょっとだけかなった。
けど、それはすごく悲しい気持ちにもさせた。
僕は人間ではない。
ずっと昔の人が作った兵器だったんだ。
それも魔王を蘇らせる鍵だっていう。
お兄ちゃんは、ただ泣くしかなかった僕をぎゅっと抱きしめ、僕を人間だと言ってくれた。
違うって、世界中が言ってもずっと傍にいてくれるって。
イレーヌは、僕が武器だってことを否定してはくれなかった。
けど、それでも僕を嫌いにはならないって、手を握り返してくれた。
勇者という女の人と一緒に居なくちゃいけなくなって。でも、イレーヌは困った顔をしながらも僕の手を解きはしなかった。
僕ね、知っているんだよ。
イレーヌが本当に困ったとき、そんな顔をしないって。
だって、イレーヌがいつもの困った顔をする時、耳がね、ちょっと赤く染まっているんだ。本当にちょっとだけ。
髪に隠れて気づきにくいけど、ずっと側に居たから見えた。
僕の我儘を聞く時も。
勇者にほめられた時も。
皆がお菓子を美味しいって食べてる時も。
隊長の名前を呼ぶ時も。
仕方ないわねって、わざとらしく息を吐きながらごまかす。
イレーヌは、お兄ちゃんとは違う形の優しい人。
「ごめんね……」
本当は、もっと早く自分から手を離すべきだったんだ。
イレーヌは優しいから、解けなかったんだ。
僕と一緒にいたら、イレーヌだって危険だって。
分かっていた。
分かっていたのに。
「ごめん、なさい……」
今、こうして捉えられ磔された僕の眼下。
頭に変な飾りをのせられた彼女がモンスターを指揮し、勇者たちを傷つける。
拐われた時のままの服は、泥に汚れ、晒された素足は傷つき、朱に染まっている。
「イレーヌ……」
戦っている彼女を見たことはなかった。
手に黒い刀身の剣を持ち、指揮棒がわりに振り下ろす。
そんな彼女の下へ、モンスターを切り払いながら隊長が、騎士様が、お兄ちゃんが近づく。
「……お兄ちゃん、お兄ちゃん!」
僕の声は届かない。
イレーヌを迂回した勇者たちが、僕達を拐った魔族へと迫る。
眼下にいる誰もが傷ついていた。
彼らが何かを叫ぶ。僕には聞こえない。
苦しい。
誰か。
誰か、皆を助けて下さい。
皆、こんな事望んでいない。
僕のせいですか?
僕が兵器だからですか?
僕が兵器だと言うのなら、どうして僕は無力なんだろう?
力があれば、こんな事今すぐにでも止めるのに。
力があれば、お兄ちゃんもイレーヌも傷つけさせはしないのに。
女神様、僕の正体を告げた神様。
どうしてですか?
「女神様」
僕に何をさせたいのですか?
囚われのリーリア。
●魔族
「ゲーム」ボス
序盤からずっとリーリアを付け狙う。
古代の魔王を復活させ、その力を自分のものにせんとしている。
実は、リーリアの対として作られた人型戦闘兵器。
かなり前から起動しており、その身体には不具合が生じている。
「本編」
対としての機能を生かし、常にリーリアを捕捉していた。
実際には魔族ではないので、神殿の加護は意味なかった。




