レオナルド
失うと分かっているものなど、欲しくはなかった。
手に入れたところで諦めなければいけないなら、欲しくはなかった。
いつだってそうだ。
最初からそうだ。
手に入る。手に残る。
ただそれだけのものを求めて生きてきた。
つまらない男。
だけど、矜持だけは無駄にあって。
いつの間にか、笑顔で興味が無いと言い切れる。
そんな、くだらない嘘つきになっていた。
拐われたイレーヌとリーリアを取り戻す為。魔王の復活を阻止する為。
理由はいくつもあるが、なすべきことは一つだ。
リーリアと遺跡の関連を調べていた学者たちから示された場所は、古代の神殿跡。
だれもが忘れた神の遺跡。
今は崩れ、地に埋もれ、誰も内部を知らぬ場所。
アンジェリカは休む間もなく、そこへと向かう。
俺も彼女の仲間も共に向かう。
休むことなど出来なかった。
遺跡に残された碑文から、魔族の狙いである儀式が行われる時が判明したからだ。
「女神の星が3つ空へと並ぶ季節。満ちる月。輝きたたえし月が神殿の上へと至る時。」
学者が長い口上を述べようとしたのをヴィクトール王子が遮り、結論を急かした。
口上を遮られた学者は不満そうな顔をしたが、一同の急かす視線に、しぶしぶ結論だけを口にした。
二日後の夜だった。
移動だけでも時間が掛かる場所なのに、随分と猶予のない日数に一同の顔は蒼白となった。
島からこちらへと戻ってきたような魔法は、使い手が一度も訪れたことのない場所では使えない。
それでもぎりぎりまで近くまで一行は魔法で移動し、距離を稼いだ。
モンスターが大量にいるであろう場所へと攻めこむのに、大きな威力をもつ魔法の使い手を潰す形になったが、それよりも時間を優先した。
誰もが無駄口を叩く余裕もなく、辿り着いた先には懸念していた光景があった。
一段高い位置から、モンスターの群れを従えたイレーヌ。
拐われた時のままなのだろう汚れ破れた寝間着姿。
いつもきちんと結いあげている髪は解け、奇妙な飾りのついた輪を冠る。
手には黒い刀身の剣。
感情のない顔をこちらにむけて、剣を指揮棒がわりにアンジェリカの進路を塞ぐ指示を出す。
決してここより先へと進ませないかのような布陣。
いや、一箇所目立たない位置に穴があるモンスターの壁が出来上がった。
果たしてその穴が罠なのか。慎重になろうにも、時間はなく、外は既に日が落ち始めていた。
襲い掛かってくる気配はない。
イレーヌの命がくだされるのを唸りながら待っている。
イレーヌは感情のない目をこちらに向けるだけで、それ以上布陣を動かさない。
「……仕方ない。進むぞ」
「でも!」
「アンジェリカ、時間がない。レオナルド、何人かでアイツを引きつけておけ。」
進退の決断を下すヴィクトール王子にアンジェリカが声を上げる。が、彼はそれを軽く諌め、俺へと命令を下す。
優しい彼女には、見捨てることに近い決断など下せない。そんな彼女だからこそ女神が選んだのだ。
だから、彼女が下せない決断を傍らに立つ王子が下す。
例え、それが彼の意に沿わぬものでも必要となれば決断する。でなければアンジェリカは支えられない。
俺は、黙って頷く。
が、ヨハンは王子の言葉が不満なのか、苛立たしげに口を挟む。
ドミニクはヨハンの後ろで、姉を見捨てる発言をする王子を射殺さんばかりに睨んでいる。
「彼女は、イレーヌは、操られてるだけだ!なのに!!あんなわかりやすいもの頭につけてんの、見えないのか!」
「見える。洗脳は魔族の常套手段だ。」
そうだろう。
だからこそアンジェリカは討伐の旅で、親友をその手で討つことになった。
「だったら!」
「時間が無いと言った。大体、外したところで洗脳が解けるとも限らんだろうが」
そこまで聞いて、ヨハンも王子が何を言いたいのか分かったのだろう。大人しく引き下がった。
どのような手段で心を操られているのか分からない以上、彼女を救うには元を叩くしか無い。
もしかしたら、見たままあの飾りを落とせば済むかもしれない。試す価値はあるかも知れない。
だが、それを成す為に人数を割くことは出来ない。
こう言い争いをしている間にも、刻々と時間は過ぎていく。
「なら、俺は隊長の方に加わろう。」
リオネルが口を開く。
「私も。」
オリヴィアも続いて口を開く。
「もちろん、僕とヨハンも居残り組です!!」
「勝手に決めるな!……まあ、そうだけど。」
ドミニクとヨハンも残ると言い出す。
「そうか。俺達が無事に進めるようにきちんと引きつけろよ。」
「レオ兄……皆、無理はしないで。」
勇者らしからぬ不安げな顔をのぞかせて、アンジェリカは俺に、残るといった皆に、そう言った。
「アンジェこそ、無理はするな。難しいことはお前の王子様に任せとけ」
村にいた時の呼び方をする妹分に、俺も久しぶりにその呼び名を口にした。
一定の距離を近づいてしまえば、イレーヌは相変わらずの無表情ながらも布陣を動かし始めた。
陣の穴を付く形で先に進む為に、後方に待機するアンジェリカたち。彼女たちの為、穴をより広げる形へ誘うように俺たちは攻め入った。
そんな俺達の意図通りとも言える形で、イレーヌは陣形を変える。
一匹。また一匹。
モンスターを打ち倒すうちに、穴は完全に隙となって、アンジェリカたちを容易に中へと進ませた。
イレーヌはさすがにその動きに無関心ともいかず、陣を動かす。
が、その頃には、満足に壁となれるほどの数はなかった。
何人かはこちらに残ってはしまったが、アンジェリカは無事に向こうへと進んだ。
イレーヌと俺たちを隔てるモンスターの密度も減り、じわじわと距離を詰めていく。
押しては引き。引いては押す。
すでにヨハンが作り出した光源がなければ、視界が危ういほど夜も更け始める。
何を考えてか物量で押してこないイレーヌ。
かと言って、こちらが有利というわけでもなく。力量は上でも人数の圧倒的な差を埋められる程ではない。
決め手にかける戦いに、徐々に疲労がたまる。
だが、諦めるわけにはいかなかった。
諦められなかった。
すでにモンスターの体液で切れ味などない剣。そんなものでも無いよりはましと、膂力に任せ叩き倒す。
「イレーヌ!!」
名前を叫んで。
何度も。何度も。
俺も。仲間も。
彼女の名前を、まるで祈りの言葉のように。
あと数歩。
モンスターに阻まれながらも、ようやく近づけた。
うつろな眼差しを俺に向ける。
下ろしていた黒剣の切っ先が、ゆっくりとこちらに向かう。
「……ぇ」
何の感情もない。
口がわずかに動いただけ。
だが、それは。
「イレーヌ、待ってろ!!」
俺を見た。
俺を求めた。
この俺を。
「イレーヌ!!」
立ちふさがるモンスターを叩く。
彼女まで続く道が開ける。
イレーヌは再度指揮棒がわりに剣を振り上げる。
否。
「イレーヌ!!」
己が胸を貫かんと。
その切っ先を自身へと向けた。
「イレーヌ!!止せぇっ!!」
自分の叫びか。
仲間の叫びか。
彼女の行動を止めようと、名を叫ぶ。
だが、彼女の動きは止まらず。
俺は剣を振りあげる。
届くか?
否。
届かせる!
「くっ!」
下から上へとすくい上げるような軌道の切っ先が、彼女の剣にあたり、さらには額のかざりにぶつかる。
不自然な体勢で行った為、俺の手から剣ははなれ、モンスターの死骸の方へ転がり落ちた。
イレーヌは空振った一度目と同じく、再び胸へとその剣を突き刺そうと動く。
させない。
腕を掴む。
振りほどこうとする彼女の抵抗は激しく、切っ先が俺の身体を何度も掠める。
一縷の望みをかけて飾りを取り払っても、抵抗は止まない。
洗脳の効果は解けていない。
なのに、彼女は無表情のまま涙を流して。
疲労で上手く動かない手で、なんとか剣を手放させる。
無手になった途端、彼女の全身から力が抜け、その場に崩れ落ちそうになる。
俺はそんな彼女を抱きしめる。だが、支えるほどの余力もなく、結局はそのままその場に腰を下ろした。
「……イレーヌ」
腕の中の彼女は、先程までと違い大人しかった。
俺の呼びかけに、目を向けたがそれだけ。
そこにいつもの意志ある光はなく、ただ涙だけがあふれていた。
手袋を外し、指の腹で涙を拭う。
温かい。
俺の手の中で、確かに彼女は生きている。
仲間たちがイレーヌの指揮を失い、迷走をはじめたモンスターを掃討しながら近寄ってくる。
「姉さん!!」
「……無事か?」
飛びつくような勢いでイレーヌの手をとるドミニクと、周囲を油断なく伺いながら歩いてくるリオネル。
二人の視線を受けても、イレーヌはぼんやりとしたまま俺の腕の中で大人しかった。
分断され残っていたジャックたちは、そんな俺達の姿を確認した後、再び奥へと向かった。
最後に、最も体力ないヨハンがオリヴィアに抱え上げられ、連れてこられる。
今、この場にいる仲間の中で回復手段を持っているのはヨハンだけだ。
オリヴィアに乱雑に放り捨てられ文句をいいつつも彼は、俺の腕の中、大人しいイレーヌの様子をみた。
「……強制的に洗脳を解いた後遺症だと思う。頭に負担がかかりすぎたせいだろ。魔法で回復するより安静にしてるのが一番さ」
それでも何もしないよりかはましと、足の怪我だけはさっさと魔法で治してみせた。
傷一つない素足が眼下に晒される。
「ところで隊長」
オリヴィアが自身のマントを外し、こちらへと差し出す。
何だ?
「彼女、そのままというのは少しまずいと思うのですが」
……確かに。
もともと薄手の服は、さきほどのもみ合いで更に破けはだけている。
俺は自身の上着を彼女に着せた上、オリヴィアのマントに包み寝かせた。
戦いは、最終的に女神の降臨という奇跡によって幕を閉じた。
戦いの場となった神殿跡は完全に崩壊し、魔族やモンスターの遺骸を飲み込んだ。
無事に首都に戻った俺達の報告を受け、連合軍は解散。
皆、世界の危機を回避したことを喜んだ。
後に、勇者アンジェリカと聖女リーリアの名が残った戦いの終わりだ。
聖女リーリア。
女神降臨という奇跡をその身を代償として成し遂げた悲劇の聖女。
あの旅を共にした少女は、歴史にそう記されることとなった。
イレーヌ連呼袋なレオナルド視点。
イメージを壊された方ごめんなさい。
●レオナルド
「ゲーム」難易度:易しい
アンジェリカと同郷の騎士。兄的存在で慕われていた。
学園で剣術指南役として再開。
文武両道。質実剛健。頼りになる大人の男性だが、肝心な部分で諦め癖がでる厄介な人。
好意を全面に出した選択肢を選ぶだけでほぼ攻略できる。が、旅の同行を断られると以後攻略不可。
「本編」
騎士になりたいとか剣術が好きとかではないのに、受講し続けるイレーヌに興味があった。
が、身分、年齢など様々な要因から無意識に一線を引いていた。
その線を超えた今、彼が止まることはない。




